第07話 引き籠り魔王とモヤモヤ勇者

 勇者はこの星の上を飛翔していた。それはまるで魔王が生存者の探索をしていたようにだ… だが、勇者と魔王ではその目的が異なる。魔王が生存者の探索をしていたのとは異なり、勇者はあの日を境に忽然と姿を消した魔王の探索をしていたのだ。



 そんな勇者の脳内に賢者の通信が入る。



(勇者よ…)


「どうされました? 賢者様」



 勇者は地表に魔王の姿はないかを捜索しながら答える。



(魔王は見つかったのか?)


「いいえ、賢者様、まだ魔王の姿は見つかっておりません…」


 

 勇者は少し申し訳なさそうな口調で答える。



(そうか…魔王は何処かに身を顰め、力を貯えておるやもしれぬ…そうなってはこちらが不利になる)


「魔王が更に強くなるのですか?」


(そうだ! だから魔王が更に力をつける前に見つけ出し、その息の根を止めねばならぬのだ!)


「分かりました賢者様、これより通信外の星の裏側を捜索致しますので、暫くの間、連絡がとれなくなります」


(分かった… 魔王の捜索を続けるように…)


 

 賢者との通信が切れる。



「ったく…魔王の奴はどこに姿を消したのだ…」



 そして、勇者は通信外の星の裏側へと向かう。


 姿を消した魔王にぼやいていた勇者であったが、同時に魔王に対して、罪悪感というか後ろめたさを感じていた。


 魔王というものは人族のみならず、生きとし生けるものの敵であり、底知れない悪意を持って自身以外の存在など、ゴミ屑の様にしか思っていない存在だと教えられてきた。


 だが、勇者の放った一言、『死ね』という言葉に、魔王は酷く衝撃を受けて消沈していた。強大な敵であるはずの魔王が、まるで捨てられた子犬の様に弱々しく落ち込んでいたのだ。



「…これでは…まるで私の方が悪者みたいではないか…」



 勇者はぽつりと愚痴をこぼす。



 勇者が魔王と初めて対峙した時、勇者は魔王の言動に惑わされぬように気を引きしめて対峙していた。人族のみならず全ての生物を滅ぼした魔王と対峙することにより、緊張のあまり勇者の耳には魔王の言葉は一切入っていなかった。


 そして、二回目の遭遇時、賢者が新たに付けてくれた人格クリスタルのお陰で、魔王との戦闘と観察を行う心の余裕が出来た。

 

 その余裕から魔王の言動を観察してみると、どうも本気で戦っておらず、また強者の余裕からか、自分をおちょくる様な言葉を幾つも掛けてくる。


(魔王が人族の勇者である、私の身を案じたり、能力を褒めたりするだと? 人を馬鹿にするのも甚だしい!)


 魔王のあまりにもふざけた態度に、勇者は思わず声を上げてしまう。


 だがすぐに、言動で人を騙し篭絡する魔王と会話をする事は危険だと思いかえした。


 それ以降の戦いで、ずっと魔王は私に意味の無い事を話しかけてきた。きっと、強者の余裕から、本気を出して戦えばすぐに決着がついてしまうので、言葉で惑わせてやろうと考えていたのだろう。魔王はずっとニヤニヤと喜びながら私に話しかけてきた。


 だから勇者はそんな言動には乗らないと宣言し、止めさせるつもりであったが…



「…あれが私に罪悪感や後ろめたさを感じさせる作戦だとすれば… 趣味が悪すぎるぞ! 魔王!」



 勇者は思わず感情を口にして露わにする。


 

 だが、勇者は心の奥底で考える。あれが本当に私を惑わす為の言動であったのであろうかと… あの時、私に『死ね』と言われた魔王は、叱られた子供の様に本当に泣き出しそうな悲しい目をしていた。


 あれほど…あれほどまで、人の心を理解し模倣できるのなら…どうして…どうして人族と争ったのだ… 互いに理解し、共存できる道もあったのではないのか?


 だが、結果は人族どころか、この星の全ての命が消え去った…

 きっと…きっと人族を根絶やしにする為に研究したに違いない… 

 あれは人族を惑わし、騙す為の手段なのだ…


 勇者は自分にそう言い聞かせた。



「本当に…性根が悪すぎるぞ! 魔王!」



 そんな悪態をつきながら魔王を捜索する勇者は、僅かな魔王の気配を感じ取る。



「ん? 今、微かに魔王の気配が…」



 勇者は空中に留まり、辺りをキョロキョロと見渡す。すると勇者の下にそびえる山のふもとに、洞窟の入り口を発見する。



「あんな所に洞窟の入り口が…もしかして、魔王は…」



 勇者は洞窟の入り口の側に着陸して、その入口を眺める。上から見た時はただの洞窟の一口の様に見えたが、こうしてまじかで見てみると、それは自然に形成されたものではなく、人の手…恐らく魔王だと思うが…人工的に作られたものであることが分かる。


 洞窟の入口は小柄な勇者どころか、魔王ですら余裕で入る事の出来る高さがあり、奥へと進む道は誰かが作った石畳が敷き詰められている。



「なるほど…魔王らしくダンジョンの奥底に潜んでいるという訳か…」



 勇者は念のため、カチャリと剣を掴むと警戒しながらダンジョンの奥へと進んでいく。


 ダンジョンの通路は最初こそ平坦な道であったが、奥に進むにつれて坂になり、どんどん地下へと続いていく。


 勇者は仄かに光る剣を明りにしながら30分ほど、その坂を下っていく。他には何も脇道や隠し扉など無かった。



「一体どこまでつづいているのだ?」



 勇者がそう思った時、急に道が開けて、剣の明りでは照らし切れないほどの広大な空間に出る。


 その漆黒の闇が無限に広がる様な広大さに、度肝を抜かれた勇者であったが、すぐに何者かの気配を感じて警戒する。



「魔王! そこにいるのか!?」



 勇者はすぐさま気配に明かりを向ける。すると、広大な空間を眺める位置に、こちらに背を向けて腰を降ろす人影を見付ける。



「魔王! こんな所に潜んでいたのか!!」


 

 勇者はカチャリと剣を構える。照らし出された人影は魔王の物だと分かる。



「ここで何をしている! 魔王!」



 再び魔王に声を掛けるが反応がない。しかも背中を見せる魔王の姿は、見失った時と同じで酷く落ち込んでいる様に見えた。


 その姿がチクリと勇者の良心を刺激する。



(やはり、前回、死ねと言ったのは言い過ぎただろうか…)



 勇者の頭にそんな思いがよぎった。だが、すぐに頭を振ってそんな思いを振り払う。



「どうした! 魔王! 何故、私を無視するのだ! 今まで私がお前の言葉に返答しなかった事への仕返しか!?」



 勇者が挑発気味に声を掛けるも、やはり魔王は何も答えず無言のままだ。


 ここまでくると、薄暗さに魔王と他の魔王の様に見える岩か何かと見間違えているのではないかと心配になってくる。


 そこで勇者は今まで魔王に見つかる事を恐れて最小限の剣の明りで過ごしてきたが、見間違いかそうでは無いかを確かめる為に、強力な照明魔法を使って辺りを照らし出す。



「!!!」



 照らし出された光景に、勇者は驚愕して息を呑む。



「何なんだ! ここは!」



 すると、先程まで微動だにせず座っていた魔王が立ち上がる。



「ここは…私の庭…箱庭だよ…」



 魔王は静かに振り向いてそう語った。

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