第三十一話 そのポーター、紆余曲折を経て脱獄する

 こめかみに血管を浮かばさせて告げる僕。


 ハルミは一瞬キョトンとした顔になると、すぐに僕の言っていることに気づいて「あっ!」と声を上げた。


「この状況だと勇者さまとボクはキスできないじゃないですか!」


「今頃になって気づくな。普通に考えればわかるだろ」


 ハルミは「ど、どうしましょう」と慌てふためく。


「どうしようもクソもない。こんな状況で君にできることはないんだ……っていうか、君がいることでますます状況が悪くなるような気がする」


 僕は犬でも追い払うようにシッシッと手を振る。


「だから君は早くここから立ち去って。あとは僕たちだけで何とかするから」


「いえ、そうはいきません。勇者さまとキスができずサポートスキルが発動できなくても、僕にはこれまで冒険者パーティーをクビになって追放された業務実績があります。それを生かして何とか勇者さまたちをここから脱獄させてあげますよ」


 うん、ハルミ。


 冒険者パーティーをクビになって追放されることは仕事の実績じゃないよ。


 間違いなく人生においても仕事においても汚点だよ。


 そしてそんな汚点を生かそうとするぐらいなら、何もしてもらわないほうがよっぽど僕たちのためになるんだけど。


「待っててください、勇者さま。このハルミ・マクハリ、さっそく動きます」


 そう言ってハルミはどこかへ行ってしまった。


 あの子、これから何をするつもりだ?


 などと考えることは2秒でやめた。


 おそらく、いや十中八九ろくなことじゃないだろう。


 まあ、ハルミのことは置いておくとして……やはり喫緊きっきんの課題としては処刑される前にどうやって脱獄するかだ。


 となると僕は1人で考えてもしょうがないと思い、他の3人にも何かいい案はないかとたずねた。


「申し訳ありません、カンサイさま。私が魔法を使えればこんな牢屋の壁なんて1発で吹き飛ばせるのですが」


 しゅんとするローラさん。


「いや、そんなに落ち込まないでよ。魔封じの鉱石で囲まれた部屋にいるんだ。こればかりは仕方がないよ」

 

 僕は嘘偽りない気持ちでローラさんに微笑む。


「クッ、私も自分が情けない。ここに没収された私の聖剣セクスカウパーがあれば、こんな鉄格子ぐらいチーズのように斬って脱獄できるものを……」


 クラリスさまは両手で鉄格子をつかみ、ビクともしない鉄格子を何度も揺らそうとする。


「クラリスさまも落ち着いてください。騒がしくしてるとまた見張りの人が来ちゃいますから」


 などと一見落ち着いた態度で言った僕だったが、正直なところ凄い卑猥な名前がついていたクラリスさまの長剣のことが気になった。


 そういえばつばのが左右に「〇」が1個づつ付いているような形をしていて、全体によく見てみると男性器のような形に見えなくなかったような……。


「ふむ……こうなったら仕方ないのう」


 僕が変な想像をしていたとき、今まで黙っていたカーミちゃんが柏手を打った。


「何が仕方ないの?」


 僕が訊くと、カーミちゃんが「キスじゃ」と言う。


「え? どういうこと?」


 本気でわからなかった。


 まさか、カーミちゃんはあのハルミの毒気に中てられてしまったのだろうか。


「おっと、話を端折りすぎたな。カンサイよ、こうなったらわしとキスをして一時的に【神のツッコミ】の力を取り戻せ。その力でこの牢屋から脱獄するのじゃ」


「はひゃ?」


 思わず僕はこれまで出したことのない声を出してしまった。


「【神のツッコミ】の力をキスで取り戻すとはどういうことですか?」


 これをたずねたのはローラさんだ。


「カーミ、詳しく聞かせてもらおうか」


 次にこうたずねたのはクラリスさまね。


「カーミちゃん、僕の【神のツッコミ】の力は夜には使えないんでしょう? それをキスで一時的に力を取り戻せってマジでどういうこと?」


 これは頭上に疑問符を浮かべた僕の質問である。


 カーミちゃんは堂々と両腕を組んだ。


「そのままの意味じゃよ。確かにお主の【神のツッコミ】の力は夜には使えなくなるが、それでも特定の相手とキスをすれば一時的――それも5分ほどの間じゃが力が使えるようになる。それでここから脱獄しようというわけじゃ」


「な、なるほど。カンサイさまとキスをすればいいんですね」


 直後、僕に近寄ってきたローラさんがディープキスをしてきた。


 顔全体に甘くてフローラルな匂いが充満する。


「よし、そうとなれば私も協力するぞ」


 すると今度はクラリスさまが近づいてきて、僕の頭を鉄格子よろしく掴んでディープキスをしてくる。


 ブチュウ、という音が聞こえそうなほど濃密なキスだった。


 あまりの気持ちよさに脳みそがとろけそうだった僕だが、2人にキスをされても【神のツッコミ】の力が使えるときのような感覚が沸き上がってこない。


「あのな、2人とも。わしはと言うたじゃろ? 残念じゃがそれはお主らのことではない」


 カーミちゃんは僕に歩み寄ってくると、僕の両頬を優しく掴んだ。


「もちろん、それはわしじゃ」


 と、カーミちゃんがそっと自分の唇を僕の唇に重ねる。


 次の瞬間、僕の全身が黄金色の光に包まれる。


 いや、包まれるという表現は適切じゃなかった。


 まるで僕の身体を中心に、黄金の竜巻が巻き起こったような感じになる。


 この感覚だ!


 僕は心中で叫ぶ。


 今なら【神のツッコミ】の力の一端――〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉が使えるだろう。


 そう確信したときだった。


 突如、通路に通じている鉄格子の向こうから喧騒が聞こえてきた。


 それだけじゃない。


 どこからか焚火をしたときのような煙臭い匂いが漂ってくる。


「か、火事だああああああああああ――――ッ!」


 他にも遠くから門番兵さんたちの怒号と悲鳴も聞こえてくる。


「くそっ、どこから火が出てきたんだ!」


「こりゃあ、普通の小火ぼやじゃねえぞ! 誰かが火をつけたんだ!」


 僕たちが驚いていると、背後の空気穴から「勇者さま」という声が降ってきた。


 まさか、と思って僕は振り返る。


 空気穴にはドヤ顔をしているハルミの顔があった。


「勇者さまたちが逃げやすいように火をつけてきました。さあ、これで門番さんたちは消火活動に手を取られて勇者さまたちの脱獄に気づきませんよ」


 僕は半ばキレた状態でハルミを睨みつける。


「それはありがとう、ハルミ……じゃあ肝心なことを訊くけど、僕たちが牢屋から出られる保証もない状況で火事に巻き込まれたら、脱獄どころか煙を吸って死ぬかもしれないという考えにはいたらなかった?」


「……………………」


 ようやく事の重要性に気づいたハルミ。


 そんなハルミはウインクをしながら小さく舌を出し、僕に「いたりませんでした、テヘペロ」と可愛く作った声で謝罪してくる。


「そうそうか、いたらなくてテヘペロか。それじゃあ、仕方ないね……ってナンデヤネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンッ!」


 僕はハルミのいる壁に向かってツッコミとともに右手を振う。


 右手から噴出した〈気力封魔きりょくふうま撃滅げきめつ金剛烈破こんごうれっぱ〉は、壁に大穴を開けたとともにハルミも吹き飛ばしていく。


 そうして僕たちは無事(?)に脱獄したのだった。

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