08 新たなる未来に向かって その三

 支援妖精スティーリアに頼んで、入り口の様子を見せてもらう。

 外の兵士は殺害されていた。

 踏み込んできた者たちは明らかに不審者で、濡れた尾羽のメンバーだと思って間違いない。

 つまり、組織に命令している人物は、脅しでも何でもなく、確実に王女の命を奪おうとしているのだ。

 オベリアに走り寄って耳打ちする。


「私が戦うから、オベリアさんは、自分の身を全力で守って下さい」

「そんな……、ユキリアさんまで死なせてしまったら、私はもう……」


 剣技を失った状態で、どれだけ戦えるかは分からないが、オベリアを救うためにはとにかく相手を倒すしかない。

 助けが来るなら時間を稼げばいいが、そんなアテが無い以上、相手が油断している間に素早く確実に倒す必要がある。

 なのに武器は、この隠しナイフだけ。

 これでどこまで戦えるか……


「怯えたフリをして隙を突く……ます。だから、心配しないでください」


 相手がオベリアなので、ついつい口調が戻りそうになってしまう。

 自分のことを責めているのだろう。そんな彼女を元気付けようと手を握って言い聞かせ、私は部屋の入り口付近に座り込んで、精一杯の演技を始めた。


     ───◇◆◇───


 ペタンと床に座り込み、震えながら目を見開き、恐怖と絶望の表情を浮かべる。

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべた一人目が、その横を通り過ぎた。

 二人目も私には興味がないようで、まるで警戒する様子もなく、横を通り過ぎようとする。


『今っ!!』


 私は全力で飛び上がると、ナイフを閃かせて首の後ろに突き立てた。


「なに……が……」


 驚きの表情を浮かべて倒れる男。

 それに気付いた一人目にも、ナイフを突き立てる。が、腕で防がれてしまった。

 丸太のような腕を軽くひと振りされただけで、この軽い身体は景気よく吹っ飛び、上下左右も分からず抵抗もできないまま肩に衝撃が走って止まった。

 激しく壁に打ち付けられたのだろう。辛うじて頭は庇ったものの、全身が痺れたようになっている。

 いや、この程度で助かったと思ったほうがいい。


「貴様、よくもやってくれやがったな」


 静かに殺意を滾らせた男は、確実に私との距離を詰めてくる。

 矛先が私に向かったのはいいが、次の一撃で殺されるだろう。そうなれば、次はオベリアだ。


 くやしい……

 元の身体なら……

 たとえ死にぞこないの身体だったとしても、たった一分だけでも戦えれば、少しは希望が見えるのに。


 すぐ近くからミズネコの声がする。


「何を諦めてるにゃ? ここが頑張り時にゃ」


 そんなことを言われても、吹っ飛ばされた衝撃で持っていたナイフを失ってしまった。攻撃手段が無い以上、どうやって戦えば……

 その時、懐から布の塊が転がり落ちた。

 それを拾いながら伸びてきた男の腕をかいくぐり、真ん中辺りをしっかり握って相手の顔面を殴りつけた。


「ぐあぁ! くぉのガキィィィィ!!!!」


 練習で錬成した両翼ナイフだ。

 決死の攻撃だったが、その成果を確かめる余裕がない。それに、当たり所が悪かったのが、打ち付けた衝撃でせっかくの武器を手放してしまった。

 他に何かないかと探してみるが……

 せめてターゲットだけでもと思ったのか、最初に倒したと思っていた男が、手にした小剣を振り上げてオベリアに迫っているのが見えた。


「ミズネコ、頼む!」

「わかったにゃ」


 たぶんさっきも、壁に打ち付けられる寸前にミズネコがクッションになってくれたのだろう。だから骨折もなく、立ち上がることができた。

 ミズネコは私の味方だ。それはもう十分に分かった。となれば、今の私は猫の手にすがるしかない!


 非力で小さく、戦うのに不向きなこの身体。

 だが、たった一つだけ利点があるとすれば、この素早さだ。

 裸足の指でフローリングの床を掴みように踏みしめ、床に倒れ込むような前傾姿勢になって、一気に踏み込んで頭から男に突っ込んだ。

 襲撃者の凶刃はオベリアに届かず、私もろとも部屋の隅まで吹っ飛ぶ。

 下手をすれば頸椎骨折で大ケガだが、たぶんミズネコが上手くやってくれたんだろう。全くの平気ではないものの、酷い怪我はなさそうだ。


 まだ敵は残っている。だが、私の奮闘もここまでだった。

 慣れない身体を酷使し過ぎたせいだろう。

 かろうじて立ち上がったものの、まだ倒れるわけにはいかないという思いを引きずったまま、意識が暗闇に呑み込まれた。


     ───◇◆◇───


 目覚めたのは、この激痛のせいだろう。

 目を開けたら、すぐ目の前にオベリアの顔があった。

 涙を浮かべ、目の回りを赤く腫らして不安そうにしていた表情が、一瞬の間をおいて驚きに変わった。

 次の瞬間、涙が頬を伝い落ち、思いっきり抱き付かれた。

 どうやら天国……ではなさそうだ。

 更なる激痛が全身を襲い、声にならない悲鳴を上げた。


 ようやく激痛の波がほんの少し去り、オベリアの感情が落ち着くのを待っている間に状況を確認する。

 ……とはいえ、身体が動かせない。

 動かそうとすれば激痛が走る。

 それでも分かったことがあった。


「予備部屋……? なぜここに?」


 よかった。どうやら声は出るようだ。


「今、あの部屋には兵士がいるにゃ。騒ぎに巻き込まれたら面倒にゃ。だから、この部屋に避難してきたにゃ」

「ミズネコ、近くにいるのか?」

「どうしたにゃ? ここにいるにゃ」


 トン……と、身体に重みが加わる。


「うっ……!!」

「本当に、どうしたにゃ? 苦しそうにゃ」

「いや、痛みが……。全身の骨が砕けたようだ……」

 

 私の身体は、オベリアに抱きかかえられたままだ。そんな私の胸に乗り、顔を覗き込んでくる白猫に向かって、顔をしかめながら苦痛を訴える。

 だけど、その答えは別の方向から返ってきた。

 

「なあに、心配には及ばんよ。幼子の身体で、あんな無茶をしたのじゃ。全身の筋肉が悲鳴を上げておるだけじゃよ」

「これが……、筋肉痛?」


 久しく感じてなかった痛みだが、こんなにつらい物だっただろうか……


「当日のうちに出ておるのは、若い証拠じゃよ」

「くっ……。まあ、この身体だからな。……それはそうと、隠し扉をどうにかしないと。本気で調べられたら見つかってしまう」


 といっても、私にできるのは扉を固定することぐらいだ。

 動かない身体では、それもできないが……


「そちらも心配は要らぬよ。余が塞いでおいた。調べたところでただの壁、ただのクローゼットじゃよ」

「それならいいが……。それはそうと、身体が動かせないので姿が確認できないが、どちら様かな?」

「おほほ、それは失礼したのう」


 視界の中に入ってきたは、猫耳の獣人だった。

 白髪に黒と茶のメッシュが入った三毛髪で、瞳は綺麗なマリンブルーをしている。


猫人族ミャオウ……風猫人族フェルミアさんかな? すごい美人さんだけど、どうしてこんな場所に?」

「おほほ、余を美人と言うてくれるか」


 自分のことを「余」と呼ぶ人は、そういない。

 いるとすれば王様ぐらいのものだ。


「ユキリアさん。その……、こちらの方は、リリア様です」


 今度はオベリアが私の顔を覗き込む。

 こうしていると、まるで赤子にでもなったような気分だ。


「そのリリア様が、どうしてここに?」

「その……ごめんなさい。その前に、話さなければならないことがあります」


 私を抱きかかえながら、オベリアは意を決した表情を浮かべる。


「私の本当の名は、アップリーナ・グース・グーネリア。グーネリア王国の第一王女です」


 ……もちろん知っている。

 だけどユキリアとしては、ここは驚く場面だろう。

 そういえば、いつの間にか口調が元に戻っていた。

 自分は小さな女の子だと、改めて自分に言い聞かせながら、慎重に言葉を選ぶ。


「お、王女様に抱きかかえて頂けるだなんてー、とても光栄……ですわ?」


 こういう時、小さな女の子はどういう反応をするのだろうか……

 よく分からないまま答えた結果、かなり滑稽なことになったようだ。

 ミズネコには呆れられ、二人にも笑われてしまった。


「フフ……、ごめんなさい。まさかそんな反応をされるなんて思わなかったから。それで、こちらの方は……」

「余はリリア・ブランケット。見ての通り風猫人族フェルミアじゃよ。じゃが、お前さんにはこう言ったほうが分かりやすかろう……」


 身体が動かないので見上げることしかできないが……

 リリアと名乗った風猫人族フェルミアの女性は、居住まいを正して胸を張ると……


「余こそがグースの地の統べる者、貴猫姫である!」


 ババーンと、そう言い放った。

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