第1章 ティーパーティ(2)
あくる日。スノウが目を覚まし大きな窓辺から庭を見つめると、灰色の庭が少し雰囲気が変わっていた。灰色の雪の中からパステル色の花びらが数枚見えた。
「あ。ここペーパーフラワーがたくさんあったんだわ。なんでこんなことになったのかな。」
午後いつものように4人が集まった。今日は雨雲も出席しているので、いつものテーブルでおしゃべりを繰り広げていた。
「ねえねえ、あの庭にきれいな色の紙の花があったんだよ」とジャムが言った。
「そうなの。あそこね。前はきれいなペーパーフラワーがたくさん色とりどりにやさしく咲いてたのよ」とスノウが付け加えた。
「思い出しちゃったの?」とブランが驚きつつ不安で答えた。
「きれいなお花畑だったことも。花たちが風に揺られて美しいハーモニーを奏でていたことも。最後の最後まで私はお花を植え続けていたことも覚えてるけど、なんでこんな景色になったのかはちょっとわからない」と続けた。
「あーそうだったよ。私も大好きなお庭だった。何よりスノウちゃんが楽しそうにお花を愛でているのが印象的だった。」とブランが言った。
「何があったのかまで知ってるよね、ブランは。まあ、そこまで聞かないけど。」とデイジー。ジャムもここはセンシティヴな部分と感じ取って黙ってブランとデイジーを交互に見つめていた。
「記憶は戻らなくてもいいよ。過去より今が楽しければそれでいいじゃない」とジャムが無垢に話しかけた。
「私も小さなころの記憶はほとんどないの。ここに来てからのほうが楽しくて、どうやってここに来たのかさえも覚えていないけど、毎日楽しいよ。」とジャム。
「あんたは食べ物さえあればいいもんね」とブラン。
「そうだね。でも、一人で食べるのは嫌だよ。」とジャム。
「でもね、嫌な気持ちにはならないの。なんだかただ悲しくなるだけ。あの庭を見ていると」とスノウ。
「スノウちゃんはやさしいからね。」とブランは意味深につぶやく。長い白い毛が湿気でカールを描いてる。
「スノウちゃんは、思い出したい?嫌な気持ちにならないんならいいけど。」とデイジー。
「思い出しても何か生まれるとは思えないし。自然に必要な時が来たら思い出すんじゃないかな。必要じゃなかったら思い出さないと思うし。どっちでもいいの」とスノウ。
「ただ、ただ物悲しいのだけは感じる。」とスノウ。
「自然になるようになったほうが楽だもんね。だったら、悲しいって思い出せたのも何か意味があるのかもしれないね」とデイジー。
「うん。でも出来事が明確になることより、自分の気持ちを知れたことが嬉しい。複雑。」とスノウは言う。紅茶にシャンデリアが映りこんでいる。
ジャムは角砂糖をつまみ、スプーンにのっけてティーカップの中で角砂糖を躍らせている。
「私はスノウちゃんが幸せならそれでいいよ。一人で気持ち抱えるより私たちと分かち合うことで楽になるなら、ずっと聞いてるよ。このティーパーティが始まった日に約束したけど、私たちがいなくても大丈夫って言ってもらえるまで。ね。」とジャムが言った。
「私たちのティーパーティがなくなると寂しいけど、でもそのために始めたから。なんでも話してね。」とデイジー。
「ありがとう。いつも私に寄り添ってくれて」とスノウ。
「楽しいからいいのよ」とブランも添える。
突然、トントンと扉をノックする音が聞こえる。
「誰かしら」デイジーが席を立ち、扉を開いた。目の前には誰もいない。
「お邪魔してもいいですか」と下のほうから聞こえる。目をこらすと小さなネズミが立っていた。
「あ。こちらにいらしたのですね」とデイジー。
「すみませんね。僕、ここの庭から出てきたんだけど、持ち主はここであってるのかい?」と小さな声の主が話しだした。
「え?どういうこと?ずっとそこで暮らしていたの?」とデイジー。
「いえ。眠っていたのです。少し明るくなったので目が覚めたようです。いつからいたのかも、どうやってここにいるのかもわからないのですが。とりあえず、持ち主に聞けば何かわかるのではないかと思いお尋ねしました。持ち主はあなたさまでしょうか。」と小さな紳士はデイジーに語りかけた。
「いいえ。ここのお城は別の方のものです。その方と話しますので少しお待ちいただけますでしょうか」とデイジーは答えた。デイジーはスノウに駆け寄ると、事情を説明した。
「あれ。そうなの。私もわからないのよね。困ったなあ。とりあえず、話したほうがいいかな。デイジーちゃんもついてきてくれる?」とスノウ。
「もちろん」とデイジーはスノウの手を取り扉に戻ってきた。
「お待たせしてごめんなさいね」とデイジー。
「あの。えっと。」とまごつくスノウ。
少し待ってみたがスノウは何も言わないので思わず
「・・・・あ、こちら、子のお城の持ち主のスノウちゃんです。」とデイジーが先に申し出た。
「あ。」っと思わず声が出たスノウ。自分から言うつもりだったのに、先に言われてちょっと機嫌を損ねた。
「はい。スノウです。ここのお城の持ち主ですけれど、ごめんなさいね。あの庭のことは私自身よくわかっていないの。」とスノウが申し訳なさそうに言った。
遠くから眺めていたブランは気になり、デイジーの後ろまでやってきた。
「そうでしたか。僕も記憶がなくて、目が覚めたら庭にいたんです。」とネズミが言った。
「名前すら思い出せないんだ」とさらに付け加えた。
「あの」とデイジーの横からひょっこりブランが顔を出し言いかける。
「私この方の名前は知っているわ。」とブラン。
「そうですか!!!うわー、なにか思い出せるかもしれない」と興奮気味にネズミは小さく叫んだ。
「確かね。アランっていう名前じゃなかったかな」ブランが半信半疑ながら言った。
「アラン・・・アラン。・・・」ネズミは何度か唱えていた。
「なんだかしっくりこないけど、とりあえずそういうことにしておきましょうか。」と反応にこまるアラン。
「ところで、これからどうされるの?」とデイジー。
「いやー。もしここのお城の方が僕のことを知らなかったら、僕はこの道をたどっていこうと思ってたんです」とアラン。
「それは危険だよ!」とブランがめずらしく大声を出した。
「私もそう思う。何か手掛かりがあるかもしれないししばらくここにいる?」とスノウが言った。
「お部屋はたくさんあるんだけど使ってないのもあるし。ここにいるお友達もたまに泊っていくの。ブランちゃんとは一緒に暮らしてるんだけどね。」とスノウがブランに目配せをしつつ早口にまくしたてた。
「そんな。そんな。いいのですか。僕、当てもなくて、名前もなくて、、気持ちがわからずに話したみたいで。今不安がやってきて、ここにいられるならとっても安心です。」とアラン。
「だって、頼るところもないし、危険なところには行かせたくないし。まずまず安心のお城でくつろいでいってね」とスノウ。
「ありがとうございます。この恩は絶対忘れません」とアラン。
「忘れん坊さんにそれができるのかしら」とすかさず突っ込むブラン。
「ふふ」っとスノウが笑うと、この場が和んだ。
「じゃあ、話も済んだことだし中に入ろう。ちょうどティーパーティしてる最中だったんだ」とブランが言った。
「そうですね。みんなでお茶でも飲みましょう。お菓子はお好きかしら」とデイジー。
3人は席に戻ると、ジャムがお菓子をほとんど食べてしまっていた。あっけにとられている3人。
「だってー、長いんだもん」とジャムが言った。アランはちょこんとブランとデイジーの間に座った。椅子が遠いのでもちろんテーブルの上だが。
「大丈夫。持ち寄ったもの以外のものもあるから」とスノウが戸棚からチョコレートやビスケットを適当に取ってテーブルに並べ始めた。
「この子はジャムっていうの」とデイジーがジャムをアランに紹介した。スノウがお菓子を持ってくるとそれを見るなり
「うわーおなかすいてたんだ。」とアラン。
「大きなカップしかなくてごめんね。アランさん専用を用意しておくわ」とデイジー。
「それを言うのってスノウの役割じゃないの」とブランはいうが、なんだか嬉しそうだ。
アランの体ほどある大きさのティーカップから、紅茶をすすり、ビスケットを頬張るアラン。
「私は十分ですよ。お構いなく」とビスケットを夢中にほおばりながら、スノウの方を見つめる。
「こんなのが口に合うのかな」とスノウが心配そうにブランに囁いた。
「いいじゃん。食べてるから。私たちも食べましょう」とブランが返した。
「新しいメンバーが増えたわね。」とデイジーが言うと、
「私に紹介ないの?」とジャム。
「そうだった。ごめん。こちらアランさん。スノウちゃんのお庭にいたみたいで目が覚めたら、何も覚えてなかったみたい。ブランちゃんが彼の名前だけ憶えていて、それでアランという名前になったのよ」とデイジーはジャムに丁寧に話しかけた。
「じゃあ、アランの名前がついた誕生日ね」とジャム。
「そうだね」とデイジー。
「カレンダーにしるしをつけておくわ」とブランが白い手で赤い丸とアランという文字を書いた。
「なんだか。楽しい日だね。私、新しいこと好きかもしれない。」とスノウ。
「わー。スノウちゃんがこんなこと言うなんて。すごい!アランさんありがとう」とデイジー。
「僕なにかしましたかね」とあっけにとられておなかが膨れたアランはテーブルの上で座っていた。
そして、スノウの中で何かが芽生えた日でもあった。
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