第二区 東京ダンジョン

 東京には六つの強力なパワースポットがある。そのスポットを線で結ぶと巨大な六芒星が浮かび上がり、その中心点にあるものこそが平将門の首塚であった。

 イチロー兄さんと俺がその場所に辿り着くと、巨大な穴が開いていた。そして、地下へと潜る階段がある。これが迷宮への入り口らしかった。


「さあ、行くぞ」


 イチロー兄さんは躊躇せずに地下へと進んでいく。俺はおずおずとイチロー兄さんの後ろに隠れるようにして、どうにかついていった。


 それにしても不気味な場所だ。東京のど真ん中にあって、土蔵のような壁が続いている。何か怪しげなものが現れても不思議ではない。

 そう思った矢先、周囲の空気が歪んだ。最初は空気のよどみのようなものだった。それが次第に可視化され、モヤの形状のまま、俺たちに敵意を剥き出しにした。

 これが東京霊とうきょうゴーストなのか。


「ひぃっ!」


 俺は逃げ腰になり、うずくまりそうになる。だが、イチロー兄さんはスーツの内側に手をかけると、拳銃を抜き、そのまま放つ。


 パァンっ


 その一撃により、東京霊は霧散した。


「幽霊は弾丸を受ければ死ぬ。当たり前のことだ」


 幽霊なのに死ぬのか。喉元まで出掛かった疑問をどうにか飲み込む。

 そんなことを突っ込んでも何もいいことがないように思えた。このまま死んでくれたほうが助かるのだ。


     ◇   ◇   ◇


 イチロー兄さんはGPSで自らの位置を把握し、ソナーで迷宮の構造を探り、サーモグラフィーでモモちゃんの居場所を掴む。瞬く間に迷宮は丸裸になり、確信を持って先へと進んでいった。


「はっはっはっ、さすがは私の秘書だ。迷宮の最奥まで辿り着いているではないか」


 モモちゃんを発見した。

 青いカーディガンを羽織り、膝下までを覆うグレーのタイトスカート。バリキャリスタイルであり、幼かった従姉妹が大人になったんだなと実感する。

 しかし、そんな感慨に浸っている場合ではなかった。


 そこは首塚の袋小路であり、なにやら祠のようなものが祭られていた。これこそが本当の平将門の首級が収められている場所なのだろうか。


「モモ、下がれ!」


 イチロー兄さんの怒声が響いた。モモちゃんはその言葉に気づくと、考える間もなく、言葉通りに後ろへと下がる。


 ザスンっ


 太刀が振り下ろされ、空気を切る音が鳴った。何かがいる。見えない何者かが。

 そう思った瞬間、落ち武者の霊が見えた。黒い冠を被り、金色の直垂ひたたれを纏うが、どこか傷つき、朽ちかけている印象がある。まさか、このものこそが将門公その人なのであろうか。


「霊魂は弾丸を受ければ死ぬ」


 イチロー兄さんは先ほどと同じように瞬時に拳銃を抜き、弾丸を撃つ。だが、その弾丸は将門公の太刀により斬り落とされた。


「やるな」


 その動きを見ると、拳銃をしまう。弾丸は通用しないと判断したのだろうか。

 そして、右腕に巻きつけた腕時計を外すと、リューズを回転させて、手から離した。ベルトから翼のようなものが出現し、空中を飛行する。その姿はまるでコウモリ型のロボットのようだ。

 さらに、首に締められたネクタイを緩めて解くと、左手で掴んで、鞭のようにしならせる。その鞭で将門公に迫った。


 イチロー兄さんの鞭とコウモリ型のロボット、その二方面攻撃により、平将門を追い詰められるかと思ったが、どうにも分が悪い。平将門の剣速は尋常ではなく、二者を相手にして、有利に立ち回っているのだ。


「さすがは東京の守護神。あるいは西国の祟り神です。

 でもですね、もう一面、攻撃が加われば!」


 モモちゃんはそう言うと、将門公の死角からにじり寄ろうとする。


「む、無理だよ。あのイチロー兄さんですら苦戦しているんだ。モモちゃんじゃ、やられちゃうだけだ」


 俺は声を震わせながら、制止しようとする。だが、モモちゃんは一瞬だけ俺のほうを振り返ると、冷めた目線を向けた。そして、意に介さないように将門公に向かって駆け出した。


 このままじゃ危ない。俺も駆け出そうとする。だが、足がすくむ。躊躇して、走ることができない。

 俺は女の子を守ることもできないのか。絶望的な気持ちで、三者の戦いの様子を見る。


 コウモリロボットが突撃すると、将門公が斬撃で叩き落し、返す刀でイチロー兄さんの鞭を弾く。そして、そこに突進するモモちゃんだったが、将門公は打ち上げた腕を振り下ろすことで、モモちゃんの頭部を叩き落とそうとしていた。

 まさに、隙を生まない怒涛の連続攻撃である。だが、三度目の攻撃に隙が見えた。太刀での斬撃でなく、拳と柄による打撃を選んだのだ。この瞬間、平将門は太刀を操ることを放棄していた。


「今だ!」


 俺は叫び声を上げ、平将門の元へと跳躍する。そして、腕を振り下ろさんとする平将門から、その太刀を奪った。そして、瞬時に逃げる。

 俺の腕には将門公の太刀が握られていた。へなへなと崩れ落ちる。恐怖が再び襲ってきた。将門公の怒涛の斬撃が思い出される。……こ、怖い。


「くっくっくっく、無刀取りか。まさか、この将門から太刀を奪うものがいようとはな。恐れ入ったわ。

 祠にあるものは持っていくがいい。我が佩刀はいとう童子どうじりの太刀もな」


 平将門は闘争の意思を失っていた。意味はわからないが、認められたということだろうか。


「はっはっはっ、今回はゴロー、君に助けられたようだな」


 イチロー兄さんが笑っている。


「やるじゃん、ゴロちゃん」


 モモちゃんも笑顔を俺に向けてきた。そのこと自体は嬉しい。ただ、言葉遣いと呼び方はいまいち不満だった。なんか、俺への扱い、雑じゃないか。

 だが、すぐに新たな興味が湧いてくる。


「ねえ、祠の中にあるものって何なの?」


 そう言うと、イチロー兄さんとモモちゃんが互いに目を合わす。そして、イチロー兄さんが口を開いた。


「この場所を見つけたのは、モモ、君の成果だ。君が手にするんだ」


 そう促されて、モモちゃんは祠へと進む。そして、その中から古ぼけた本を取り出した。古文書というやつだろうか。


「それ、なんなの?」


 俺が尋ねると、モモちゃんは古文書の表紙をたどたどしく読み上げた。


「全国観光ガイドブック。古い言葉でそう書いてありますね」


 そういうことか。イチロー兄さんはこれがあることを知っていて、47都道府県への旅を思いついたんだな。

 そう思って、イチロー兄さんに視線を向ける。だが、彼の表情は予想通りにことが進んだ男のものではなかった。驚きが前面に出ている。


「これは僥倖ぎょうこう。渡りに船。まさに、我らの行脚あんぎゃに光を差す天の采配ではないか」

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