境界線のモノクローム
常葉㮈枯
始まりの町・リンデンベルグ
1.プロローグ -リンデンベルグ-
吹き抜けになった塔の中。長く続く螺旋の階段を、2つの影が上っていた。
「ヴェル、早く!」
「分かってるって」
一方は目を輝かせて段飛ばしに、もう一方は少し気だるげに一段ずつ。
似通った顔立ちながらも、遠目からすぐわかるほどその動きは相反している。
一段、また一段。
永遠に続きそうだと思われた階段は、数分で終わりを告げた。
「見てよヴェル、すっごい景色!!」
はるか上に広がる空は、澄み切った青さに染まっている。陽光は高く、双子の明るい金髪を煌めかせた。
遠くの視界には果てなく蒼い水平線。
雲ひとつない青空の広がりと時折白波を立たせ揺らめく海の蒼は、近い色合いにも関わらず決して交わらない。
キラキラと太陽光を反射する海原へ向かって、赤レンガの大通りが長く長く伸びていた。
そこから広がるようにして、ほのかにくすんだ白いレンガ造りの建物が一定の間隔をもって立ち並ぶ。その間には大通りと同じ色の小道が張り巡らされている。
複雑に入り組んでおり、地図がなければ迷いそうだ。
大通りには数多のヒト。
遠目からでも見える色とりどりの露店が、赤と白の2色に彩られた景色に鮮やかさを添えていた。1つ1つが目を惹きつける色彩の集客効果は、きっと抜群だろう。
大きな段差もないこの町は、大通りの始まりにある時計塔の高さからよく眺めることが出来た。
「シリス、はしゃぎ過ぎ。そんな走ったって数分も変わんないんだし」
「ごめんごめん」
屈託ない笑顔を向けられると、姉に弱いヴェルは何も言えなくなる。青年という年齢にしては幼さも残る中性的な顔立ちに苦笑が浮かんだ。
「でもほら、もう見所始まる時間だし」
にっ、と白い歯を見せて笑う顔は、笑顔を向けられた先のヴェルによく似ていた。細められた深い
初夏の訪れを思わせる少し熱を帯びた風が、ヴェルの短く切った金髪とシリスの一つに束ねた金髪をさらりと掠める。
「あと2秒だから……ほら、──!」
来た。の声を掻き消すかのように、2人のいる場所の真下から突き上げるような鐘の音が空気を震わせた。
予想していた以上に大きい音。
慌てて耳を覆う手のひらに遮られてもなお、留まることを知らない。十数秒も経たないうちに、金属のぶつかり合いの余韻を残しながら音は止んだ。
耳から手を離しても、まだ鼓膜の周辺で鐘がなっているほどの衝撃。
「あっはは!すごい音だったね!」
「あれはそんなレベルじゃないだろ!?あの爺さんが耳遠かったのって歳とかじゃなくてコレのせいじゃね?」
ヴェルは、この町に訪れて初めて言葉を交わした現地の人間を思い出す。町の見所を聞いた2人に対し、元時計守だと名乗った
さっきの音がかなり堪えたのだろう、耳の穴をしきりに掻いているヴェルの様子を見て、シリスはケタケタと笑う。
「かもね。でも実際に見所っていうのも頷けるっしょ?時計塔があることしか知らなかったし、こんな経験なかなかできないよ」
「こんなクソうるさい音を間近で聞く経験なんて、なくても良かっただろ」
「そこはまぁ、迫力を求めたってことで」
ぶつぶつと漏らされるヴェルのぼやきが聞こえていないかのように、シリスは町へ目を向ける。
眼下からは先ほどの大音量が嘘であったかのように、軽快でどこか気の抜けるようなテンポの音楽が徐々に流れ出していた。
「あ!次の見所が始まったみたいだよ、行こ!」
「ちょ……おい、待てよ!」
ヴェルの慌てた声にも振り向かず、シリスは嬉々とした表情で来た道を戻っていく。
引き留めようと伸ばした手も虚しく、シリスの姿はすぐに見えなくなった。興味あることに熱が入りやすいのは彼女の良いところでもあるが、たまに目先が見えなくなるのは逆に悪い部分でもある。
ヴェルは苦笑交じりに頬を引き攣らせて、姉の後を追った。
階段を降りる半ばに、大人が両手を広げたほど大きな鐘が吊るされていた。大音量で鳴り響いていたその鐘は、果たして音に見劣りしないほどに大きい。
それを横目で一瞥し、ヴェルは急いで彼女の姿を追った。
世界は、混じり合えない白と黒に二分されている。
各々が独立し、独自の文化と多様性を持つ数多の世界。
暖かく、光差し、重なることなく、しかし同時に存在する並行した世界を包括する、全ての総称【白の世界】。
対して、混沌とした荒廃と砕けた鏡の大地。
醜く、冷たく、
白の世界に生きるヒトが抱えた負の感情は、それぞれの世界に留めておくことができず、世界から放逐された。そんな破綻した感情の断片はやがて境界を越え、黒の世界に根付き形を得る。
ヒトは彼らを
ヒトの偽物───"鏡像"と。
鏡像はそんなヒトと白の世界そのものを
かくて、回帰した異形になす術もなく白の世界が侵されたかといえば、答えは否である。
ヒトはその全てを以て鏡像に抗った。
さまざまな種族が存在するヒトの中でも、とりわけ鏡像に対する絶対的な抵抗力をその身に宿す種族。
彼らはその血を以って並行する世界を
ヒトは彼らを畏敬の念を込めてこう呼んだ。
不屈の矛であり、盾───"守護者"と。
「すっ……げー」
螺旋階段を降りきった先の光景は、2人が訪れた直後から大きく様相を変えていた。
時計塔から流れ出す音楽をバックにして、大通りでは華やかなパレードが始まっていた。
人々は通りの左右に分かれ、微笑ましいものを見る視線を道の真ん中に向けている。
その視線を一斉に受けるパレードの参列者は、一見するとヒトと同じようなシルエットをしていた。
丸い球体型の頭部。左右対称にちょこんと2つ収まっている黒い瞳が、忙しなく民衆を眺めていた。スラリとした円柱の体の左右から体よりも細い円柱の手が生えている。あたかも指のようなさらに細かいパーツが、フラッグを振りまわしあるいは楽器を巧みに鳴らしていた。
音楽に合わせて、手と同じような細い足が踏む軽やかなステップ。
テンポ、楽器、乗せられた三角帽子に
彼らが行進するたびに背中から放たれる光の粒子が大通りにきらきらと降り注ぎ、地面に触れるとともに消える。さながら、雪のように。
露店看板にパレードの色彩、降り注ぐ光の雨。
幻想的とも言える光景から目を離せないヴェルと同じく、シリスもパレードの様子から目を逸らさずに口を開く。
「凄いよね、お祭りみたい」
この光景を作り出す彼らは魔導人形。
機械と魔術を融合させ、人の形を模した
12時の鐘と共に彼らが大通りを練り歩くパレードが日々行われる町、それがこの町───
シリスとヴェルが初めて訪れた外の世界の町"リンデンベルグ"だった。
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