第41話 皇后さまのこと
私は、私が死んだ時のことをよく覚えております。貧しい農民に生まれた私の家は、いつもひもじい思いをしていました。お腹いっぱいご飯を食べられた覚えはなく、弟や妹達といつも食べられるものを探していました。
『もうこうなったら、誰かに身売りでもさせないと全員飢え死にだ!』
『すまない、すまない
両親の言葉。何もわかってない幼いきょうだい達の、無邪気に『ねーちゃんいってらっしゃい』と手を振る姿。自分を連れていく男と、私の対価として払われた僅かばかりの金銭。
そして、私は死んだのでした。売り飛ばされて行く途中で、事故でした。地面が揺れたかと思うと、馬車の外からガラガラと音がして、そこで視界が真っ暗になって。気づいたらここにいたから、多分、地震の山崩れか何かで死んだのだろうと思います。都の尊い方が道を見失うことで、あの頃は災害が続いておりましたから。
『あなた、名前は?』
『杏杏。あれ、あの人がいない――私、売られて行く途中だったのに』
『その人ならきっとここにいないか、いても意味がありませんね。ここは、死人の国ですもの』
ふらふらと彷徨っていた私のことを見つけ、手を引いてくれたのは上品なご婦人でした。それが葉夫人との出会いで、「女手はいくらでもいります」という言葉で下働きをすることになったのでした。
この世界で家族を探すことを、考えたことはありました。けれど、いると思いたくなかったのです。私が売られたお金で、家族の暮らしがよくなったのだと――弟や妹達がお腹いっぱい食べられるようになったと、思いたかったのです。だからこそ、ここにはいないと。そう思いながら、お仕事をしていました。
「皇后さま、お綺麗ですよわよねぇ」
「皇帝陛下にあんなにも愛されて、お羨ましい限り」
皇后さまは寝台に長らく横になっておられて、人形のように皇帝陛下に愛されておられました。それは如何なる術によってか朽ちない死体で、いつか彼女が目を覚まされた時には皇后さまとして私たちの女主人になるのだと言われておられました。
血の気のない肌、絹糸のような黒々と美しい髪。首に継ぎ目があるのは、首を落とされて亡くなられたからなのだと言うお人。彼女が目を覚まされてから、静かでお互いに姿を現すことも少なかった私達の暮らしは変わりました。美しい皇后さまはお優しく、女官にも気安い人でした。
「杏杏、髪を整えてくださるかしら」
「かしこまりました」
他の国であれば後宮と呼ばれるここに、貴女が住む部屋はひとつきり。それを私たちは、誇らしく思っています。
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