第36話 後悔
彼女の首が落ちた。目の前で、愛おしい女の首が落ちた。その時の記憶を無理に想起させられて、頭が痛い。
「くび、が……首が……どうして。間に合わっ、間に合わなかった、ぼくの、ぼくの、」
声が、勝手に唇から漏れる。助けたかった。間に合わなかった。僕の愛おしい彼女。手を伸ばしたのに、駆け付けたのに、その目の前で彼女は――潔く、笑って、首を落とされたのだ。他の一族は足掻いていたから、そういう隙を突けば助けられるかもと思ったのに。あまりにもあっけなく、刃がその首を絶った。彼女の首を落とした死刑執行人が、一族を殺し続けたために腕を上げたことだけがいいことだった。彼女はきっと、あまり苦しむことはなかっただろう。今も、僕が呼び起こした彼女は驚くほど穏やかだ。
—―彼女のことが、好きだった。彼女のことが、欲しかった。だから、結婚したいと申し込んだ。愚かな僕は、字しか教えていなかった僕の名を、彼女が知らない人のように語るのを楽しく聞いていたのだ。いたずらを仕込んで、種明かしの時を待っている子供のように。その結果、彼女は僕に気付かず、僕の思いに気付かず、首を落とされた。
「あ、ああ、僕の――僕の、玉鈴」
彼女に会いたくて、邪術や外法にも手を染めて、ここまで来て。彼女は僕のことに気付いていないのをいいことに、初対面のフリをしてきた。そんな自分の姿を、僕は夢に引きずり出されて見せつけられていた。自分の愚かさが、痛い。彼女には穏やかに笑っていてほしいのに、困惑させたり、困らせてしまったりしている。
そんな僕の手を、暖かい手が包んだ。柔らかい手が、僕の手をそっと握ってくれている。このぬくもりが、術を破れる手掛かりにできそうだった。一気に、僕の意識を覚醒させていく。
「あなた様!」
僕に呼びかける彼女の顔に、血の気の色はない。それでも、僕が取り戻した愛おしいひとだ。怖がらせないように、つとめてなんでもないふりを装う。
「……
ただ悪い夢を見たふりをして話をすれば、彼女も「随分と夢見が悪かったようで」と言って笑ってくれた。かすかに焦げ臭いにおいがするのは、夢操りの術の痕跡だろうか。こんなところまでよくかけられたものだと感心してしまうし、彼女に危害を加えるようなものでなくてよかったとも安心した。
「ね、もうちょっとここにいていい? 僕、寝直したいというか……もう少し、きみといたくて」
彼女は許してくれた。申し訳なく思いつつ、僕は彼女の膝の上で目を閉じた。
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