第35話 夢の呪術
夢を見ていると、すぐにわかった。夢を見せられている、と。自分の意思で頭が制御できず、記憶やその頃の自分が引き摺り出される感覚に近かった。
「まって、いかないで、おいてかないで」
『では――、この子をよろしくお願いします』
涙を流した記憶。僕を置いて去るのは、僕の母だ。母の顔を最後に見たのはあまりにも前のことだから、もううまく思い描くことができない。それでも最後の日に、僕を引き渡して泣いていた姿を、振り返らなかったことを覚えている。今思い出すと、随分と若い人だった気がする。死んだという知らせを受けた時は、せめてもう一度会いたかったと思った。
パチン、母の死体が足元に転がっている光景に変わる。口元から血が垂れているのは、毒で死んだからだ。母様は探せばもちろん呼びかけに応えてくださるかもしれないけれど、もし恨みつらみで地下にいる魂だったらと思うと、呼びかけられていない。
『印の結びが甘い、文字が震えておる。もっと精進せよ』
「ここに、いて。さむいんです」
散々叱られたり拳骨を落とされたりしたけれど、でも優しかった声の記憶。しわがれていた声と、僕の髪をくしゃくしゃにした人。僕に術のすべてを叩き込んでくれた、師匠だった。
この人のおかげで、僕は何でもない存在から抜け出せた。旅をする人だったから、彼について沢山のことを学んだ。国のこと、人のこと、鬼のこと、恨みや呪いのこと。感情を扱う術を習い、肉や骨を動かす術を習い、心と魂に触れる方法を習った。僕がこんなところで死者と暮らせているのは、師匠の教えのおかげだ。
パチン、と場面が変わる。師匠はぐちゃぐちゃの血まみれになって倒れている。こんなことしなくても、もうじき死ぬような人だったのに。なのに、殺されてしまった。
『あのね、私ね、もうすぐお嫁に行くんですって。私を愛してくれる人なら、いいな』
師匠の死体を見下ろしていた僕に、声が降ってきた。よく知る声に、体が固まる。けれど、頭の中から僕の記憶を引き摺り出す夢が、止まらない。こういう術は夢を破れれば目が醒めるのだけれど、夢を破らせまいと僕の心を傷つけるための夢をいくつも見せてきていた。
けれど、これは酷い。彼女の柔らかい声が、明るく輝く目が、僕に突き刺さる。それが痛かった。花嫁になる夢を語る、一人の少女。彼女はニコニコと笑っていて、花嫁衣装を着ている。それを僕は、本当は見たことがなかったのに。
「……玉、鈴」
僕に微笑む、彼女の首が落ちた。
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