第59話 ワレイザ砦攻撃①

 エイクは改めてワレイザ砦の方を向いた。

 ワレイザ砦は至って単純な作りをしていた。

 城壁は四面を概ね東西南北に向けた正方形になっており、西側に一か所だけ城門が設置されている。

 城門の上の部分には更に塔が建てられ、周辺を監視し城門を攻める敵を弓矢で攻撃できるようになっている。塔は城壁の四隅にも築かれていた。


 城壁の内側にはいくつかの建造物があったが、ほぼ中央に建つものが最も大きい。その建物が日頃から兵士が駐留する主城とも言うべきものだ。その1階には地下の元迷宮へ降りる階段がある。

 主城はやはり方形を基本にした3階建建ての建物で、粧飾を排した簡素な作りだった。3階は1階、2階の4分の1程度に狭くなっている。

 その3階の屋上には胸壁が張り巡らされて兵を配置できるようになっていた。ここからも周りの様子を確認したり弓矢を放ったりすることが出来る。

 これらの構造を、エイクは予めベアトリクスから聞いていた。


 砦全体の敷地面積はさほど広くはなく、その全てがエイクのオド探知の範囲内に含まれている。

 エイクは、ワレイザ砦とその周辺の人間大のオドが存在する場所を既に把握し、その配置についても推測していた。

 まず城門の前に2。城門の上の塔に2。城壁の上を動いているもの2。そして、主城の屋上に3。これらは見張りや巡回の兵だと思われる。

 加えて、主城内部のオドも感知している。3階部分に2。1階部分に28だ。1階のオドは比較的狭い範囲に固まっているが、その一部が時折動き回ってもいる。


(全部で39か。少ないな。この数だと、雑役夫の様な者はいないんだろう)

 ベアトリクスに聞いた限りだと、ヴェスヴィア辺境伯家の常備兵力は裏切った傭兵やラモーシャズ家の私兵すら含めても400程だったらしい。

 だとすれば、ワレイザ砦に駐留する兵が数十程度だったとしてもおかしくはない。

 だが、通常なら、砦には戦闘要員の他に諸々の雑用をこなす者達もいるはずだ。それも踏まえれば39は如何に言っても少なかった。これは、現在この砦が通常の状況ではない事を示唆していた。


(戦闘から逃れて砦の外に脱出したか、それとも巻き沿いで殺されてしまったか。どちらにしろ、砦内に非戦闘員はいないと思っておくべきだろう。

 まあ、女たちが捕虜にされている可能性はあるが……。

 いずれにしても、想定したより敵は少ない。だが、それなりに効果的に見張りを配置させているな)

 エイクはそう判断した。


 主城の屋上から城門の上の塔の間には障害物がなく、塔の上は周りに胸壁があるだけで囲われてはいない。そしてどちらも明るくなっているから、ある程度は互いに状況を確認できる。

 城壁の上を巡回している者達も灯りを手にしており、主城の屋上からその動きを見る事が出来た。

 城門の上の塔と城門の前も互いに視線が通るし声を掛け合って様子を知ることも出来る。

 つまり、見張りや巡回の兵たちは全て相互に状況を確認できるようになっているのである。

 誰にも気づかれずに見張り達を全滅させるのは難しい状況だ。

 そう、エイクは見張り達も全て殺すつもりだったのである。


 砦の攻略だけを考えるなら、城門や城壁にいる見張り達の隙をついて直接主城を攻めた方が効率が良い。エイクの隠密能力をもってすればそれは十分に可能なはずだ。

 だが、その場合本隊が攻撃を受けた事を察した見張り達が逃げてしまうかも知れない。逃げた見張り達が、付近で待機しているベアトリクスと遭遇する可能性もある。そのような懸念は排除しておくべきだった。


 それに、見張りをしているのは“雷獣の牙”に属する傭兵たちかも知れない。もしもそうだったなら確実に殺しておきたい。

 エイクは本気で、“雷獣の牙”を皆殺しにするつもりだった。

 それを踏まえてエイクは考察を続ける。


(本当は、四隅の塔にも兵を配置すればより完全な体制になるが、それは怠っているようだな)

 エイクはそう考えた。だが、直ぐに自分の考えを否定した。根拠が薄弱な予断に過ぎないと思ったからだ。


(いや、俺に分かるのは、四隅の塔からオドが感知できないという事だけだ。それは、そこに敵がいないという事と同義ではない。

 オドを持たないものや、オドを隠せるものがいるかも知れないし、何らかの仕掛けがあるかも知れない。これは、他の場所も同様だ。気を抜いてはならない)


 エイクはそう考え直して気を引き締めた。

 だが、即座に攻撃を仕掛けるという判断を覆すことはなかった。例え途中で見張りに見つかったとしても、それでも十分に対処できる公算が高かったからだ。


(確実に存在する相手は40に満たない。その程度の数なら、よほどの強者が混じっていない限り真正面から戦ったとしても勝てる。

 隠れた強者やオドを持たない存在、或いは全く未知の脅威が存在する可能性は常に考慮するべきだから、警戒は怠れない。しかし、いるかいないかも分からない存在は、逃げる理由にはならない。臆せず決行だ)

 エイクはそう心を決め砦へと向かった。




 ワレイザ砦の城壁近くに近づいたエイクは、錬生術の奥義を用いて気配を消した。

 そして、はっきりとは視認されない距離で城壁の周囲を一回りして、その構造がベアトリクスから聞いた通りであることを確認する。


(やはり、塔の上の見張りを最初に攻撃すべきだな)

 そして、そう判断した。


 外からの攻撃を想定した場合、普通なら最初に接敵するのは城門の前に居る者達だ。その者達をかわして先に城門の上の塔にいる見張りを攻撃すれば、多少なりとも奇襲効果が見込める。

 その次に城門の前の見張り、更に城壁の上を見回っている者達を倒す。

 その間に主城の屋上にいる見張りが異常に気付いてしまうだろうが、後は状況に則して行動するしかない。

 それがエイクの考えだった。


 その考えに基づいて、エイクは西側の城壁の出来るだけ明かりが届いていない場所に近づいた。

 気配を消す錬生術はその効果を十分に発揮し、見張りの者達はエイクの動きに気づいていない。対して、完全な暗視能力を持つエイクは何の支障もなく行動する事が可能だ。


 城壁の間際まで接近したエイクは、右足を上げ、つま先を城壁につける。そして、魔法のブーツ“大蜘蛛の足”の能力を発動した。その効果は、垂直の壁も天井すらも自由に歩ける様になるというものだ。

 エイクは、そうやって城壁に身を寄せる体勢で、つま先を使って城壁を登る。そして、何事もなく城壁の上に降り立った。


 城壁の上には、外側だけでなく内側にも胸壁が作られている。この城壁が迷宮から湧き出る魔物に対応することも想定しているからだ。

 迷宮から魔物が出てきてしまい、主城内で押しとどめる事が出来なかったなら、この城壁によってそれ以上外に出るのを防ぎ、兵士が胸壁に身を隠しつつ飛び道具などで魔物を攻撃するのである。

 エイクは身を屈めて出来るだけ目立たないようにしながら、城門の上の塔へ向かった。




 エイクは首尾よく敵に気取られることなく城門の上の塔の間際まで接近することに成功した。塔はそれほど高いものではなく、広さもさほどではなかった。

 その塔の屋上部分に2つのオドがあり、話し声が聞こえる。声は2つ、いずれも男の声だ。


 エイクは、しばらくその声に耳を傾けた。多少なりとも情報を得ようと考えたからである。

 話の内容は、反乱を起こした時やこの砦を攻め落とした時の自慢話。そして、その後の“お楽しみ”に関する事のようだった。


「……後は、あの指導役とか言っていたうぜぇ騎士野郎の目の前で、息子をぶち殺してやったのは良かったよなぁ。辺境伯家に雇われたからには規律がどうこう、とか面倒な事ぬかしやがってムカつく奴だったから、すっきりしたぜ」


「確かにな、連中を皆殺しにするって教えて貰うまでは、イラついて仕方なかったからな。まあ、団長の事だから、こんな田舎の貴族におとなしく雇われてるはずはねぇと思ってたが。

 しかし、この砦に残してもらって良かったよな。おかげで、他の連中より一足先に楽しませてもらえた。生きのいい女兵士が何人もいたからよ。ああいう女共をぶん殴って思い知らせてやるのは最高に面白れぇ……」


 彼らの会話は、ベアトリクスの言い分が正しく、今この砦に詰めている者が間違いなく辺境伯家に対する叛逆者であるという事を証明するものだった。

(これで本当に心置きなく戦えるな)

 エイクはそう思った。


 基本的にはベアトリクスの言葉を信じていたが、絶対という訳ではない。虚言に踊らされて何の関係もない相手を討つような事は、万が一にもしたくはなかった。

 しかし、その危惧は今聞いた会話によって払拭されたと言える。

 また、見張り達は気楽な様子でしゃべっており大分気を抜いているようだ。これもまた重要な情報だ。


(これなら、いきなり攻撃すれば、何もさせずに殺すことが出来るだろう。問答無用で攻撃だ)

 エイクはそう思い定めると、音を立てないように慎重にクレイモアを引き抜いて右手に持った。そして、城壁と同じ要領で塔の外面を登る。


 エイクが胸壁の外から中の様子を窺うと、2人の武装した男たちが外の方を向いて相変わらず軽口を言い合っていた。

 男たちは随分と派手な服装をしていた。鎧は皮鎧だが、その上に黄色と赤色を使った派手な上着を羽織っている。羽飾りが付いた帽子も被っていた。正規の兵士のいで立ちとは思えない。


(やはり傭兵団の連中か)

 エイクはそう判断した。傭兵団“雷獣の牙”の団員たちは、そのような目立つ衣服を身に着けているという話を聞いたことがあったからだ。

 傭兵団の中には、自らの存在を目立たせるためにそのような事をするものもあった。会話の内容からもしても間違いないだろう。

 その傭兵たちが、エイクの存在に気付いている様子はない。

 エイクは、予定通り決行することにした。


 胸壁を一息に乗り越えると、速やかに傭兵たちの後ろに走る。

 物音を聞いた傭兵たちが振り返ろうとした。だが、その動きが終わる前にクレイモアが一閃される。

 狙ったのは首だ。2人の傭兵たちの両方がその攻撃範囲に含まれていた。


 傭兵たちはいずれも、その攻撃を避けることが出来なかった。そして、耐えるだけの強靭さも持ち合わせていなかった。

 2つの首がほぼ同時に落ち、それを追うように血を吹き出しながら身体が倒れる。


 塔の上で2人の傭兵が倒れる音は、その下の城門の前に立っていた2人の男にも聞こえた。

「どうかしたのか?」

 1人が塔の方を見上げて声をかける。無論答えは返ってこない。


「おい、何かあったのか!」

 少し大きくした声で更にそう問いかける。


 もう1人の男も、塔から何の返答もないことを不審に思って塔を見上げた。余りにも不用意な動きだった。

 その男が自分も何か声をかけてみようと考えた瞬間、背後から衝撃が襲った。

「ゴハッ!!」

 そして、その口から、そんな音と共に血反吐が吐き出される。

 男が視線を下ろすと、自分の胸から突き出た剣身を見る事ができた。そして、直ぐに目の前が暗くなり、永遠に意識を失った。


 男は、背後から胸の真ん中をクレイモアで刺し貫かれていた。完全な致命傷だ。

 気配を消し、魔法のブーツの効果を使って迅速かつ密やかに城壁を降りたエイクに攻撃されたのである。

 

 最初に塔を見上げた男が視線を同僚の方へ動かす。だが、はっきりと状況を見るより前に、真正面から突き出されたエイクのクレイモアがその首を深々と突いた。

 1人目の男から素早くクレイモアを引き抜いたエイクが、続け様にもう1人の男に突きを放ったのだ。

 その男も、一言発する余裕すらなく事切れた。

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