第10話 凱旋式

 翌日、アストゥーリア王国の妖魔討伐軍の一部は昼を過ぎた頃に王都への帰還を果たした。

 帰還部隊は南門から南新市街に入って、真っ直ぐ北に向かって大通り進んだ。

 王都アイラナで最も貧しく治安が悪い南新市街だが、旧市街まで続く中央大通りの周辺に限ってはさほど寂れてはおらず見てくれも悪くはない。そして、大通りの周りには人も集まって来ていた。

 区画を分ける城門を抜け旧市街に入ると、更に多くの民衆が集まり将兵を讃える声を上げる。


 王都では、ヤルミオンの森から万を超える妖魔が攻め込んできたという情報が出回り、不安を感じた民も少なくなかった。

 だが、昨日の内に炎獅子隊と衛兵隊が空前の大勝利をあげその妖魔を撃滅した事が大いに喧伝されていた。その事もあって、王都旧市街の住民達は凱旋部隊に惜しみない賞賛を送ったのである。

 兵にとっても無理をして強行軍で帰って来た甲斐があったというものだろう。


 エイクたち冒険者の面々も共に帰還しており、このパレードにも参加して民の賞賛の声を受ける事になった。

 ちなみにエイクは奴隷としたアズィーダを引き連れている。今後は特に隠したりはせずに配下として使う予定だったため、早めに王都の人々に周知させておこうと思ったからだ。


 やがて帰還部隊は王城前広場へと到達し隊列を組んだ。

 広場の南側にも多くの民衆がつめ掛けている。そして、広場の北にある内壁の上に設置された観閲所には幾人かの貴族と政府高官が並んだ。

 だが、エリック国王の隣席はなかった。エリック国王は余り人前に出たがらない傾向があり、この程度の凱旋式に顔を出さないのはアストゥーリア王国では普通の事だ。代わりに中央に立つのは、軍務大臣エーミール・ルファス公爵だった。


 部隊の端に並ぶエイクからもエーミールの姿を見ることが出来た。エイクは父ガイゼイク存命の頃にエーミールと顔を合わせる機会が何度かあった。

(流石に歳をとったな)

 エイクはそんな印象をもった。最後に会ってから何年も経っているのだから当たり前のことである。

 しかし、同時にその地位に相応しい威厳も感じられる。痩せた白髪の老人に過ぎないにもかかわらず、相当の存在感を示しているのだ。


 実際、エーミールが観閲所に現れると、それだけで兵士達から弛緩した様子が消え、適度な緊張感があたりを覆った。

 やがて、エーミールが将兵の活躍を賞賛する演説を始めると、その存在感は更に大きくなる。


 特に大仰な言葉や感動的な言い回しをしているわけではない。

 言っている事は、将兵の健闘を称え、その功績を褒め、国への貢献に感謝し、更なる活躍に期待する。というもので、一般的な内容だ。

 だが、その言葉は簡潔明瞭で分かりやすく、そして広場全体によく響いた。拡声の魔道具を使っているので当然といえば当然なのだが、兵士一人ひとりの下に届くという印象を与えるものだったのである。


 エーミールは原稿を手にしておらず、兵士の方を向き、兵士一人ひとりを見るかのようにゆっくりと視線を動かしながら言葉を口にする。全ての兵士がエーミールに注目しているので、多くの兵士がエーミールと目が合ったと思う瞬間をもった。

 その結果、兵士たちは軍最高司令官が直接自分に賞賛の言葉をかけてくれたかのような印象を得て、心を高ぶらせた。

 エーミールが語るうちに、兵士の士気が目に見えて高揚して行く。

 

 エーミールに対して思うところがあるエイクですら例外ではなかった。エーミールの言葉を聞くうちに、己の功績が誇らしく思えて来る。

 更には、自分の都合を優先して全力を出さなかった事への罪悪感を覚え、次は全力を出さなければという気持ちさえ湧き起こる。

 エイクは大きく息を吐き、気持ちを落ち着けた。


(これが百戦錬磨の軍指揮官というものか。戦う者に対する影響力は凄いな。西方最高の名将と呼ばれるだけのことはある)

 エイクはそう考えた。


 今までエイクにとってエーミール・ルファスという老人は、実質的な国家の最高権力者であり、派閥の領袖であり、要するに政治家という印象だった。だが、エーミールの本質は軍事指揮官だ。その事をまざまざと見せ付けられた思いだった。

(まあ、当然といえば当然か、ルファス大臣の軍歴と軍功に嘘はないわけだからな)


 アストゥーリア王国ではオフィーリア女王以来貴族の権力を強く抑制している。その上苦しい情勢故に軍は実力主義にならざるを得ず、貴族が優遇される事はほぼない。状況によっては有力貴族の子弟が兵卒として戦う事すらありえる。


 それは、始祖以来王室の藩屏を持って任じているルファス公爵家においても同様だ。

 エーミールも一分隊長としてその軍歴を始めている。そして、それから50年以上に渡って戦い続け、かくかくたる戦果を上げ続けているのだ。

 敵国からは姑息な策略家と見なされる事もあるが、小手先の策略だけでどうにかしているわけではない。その指揮能力も確かなものだった。


 むしろエーミール・ルファスの真骨頂は戦場で部隊を操る戦術級の指揮であるという意見が強い。

 ちょっとした演説で目に見えて兵の士気を上げている今のエーミールの姿は、その評価を裏付けるものといえる。

 戦術指揮のためには、兵士の士気を高揚させるという要素は重要なものだからだ。


 ルファス大臣の演説は比較的短時間で終わった。それも兵士の疲労に配慮したからこそと思われた。

 そして、凱旋式全体も滞りなく終わり、兵士たちもエイクら冒険者達も解散となった。

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