第5章
第1話 魔剣の作り手たる巨人達の集落
新暦1175年10月初め。
アースマニス大陸西方に位置する国々の間では緊張が高まっていた。
アストゥーリア王国が、レシア王国、クミル・ヴィント二重王国の2国と結んだ講和条約の失効まで3ヶ月を切り、3国はいずれも戦準備を進めていたからだ。
国家間の情勢に通じている者は皆、戦乱の到来を確信していた。
そのような情勢で、西のヤルミオンの森から、総計で万を超える妖魔がアストゥーリア王国に攻め込んでくるという事態が生じた。
結果的にアストゥーリア王国軍はそれを撃退し、被害も極少なくて済んでいる。しかし、この出来事に不穏なものを感じ取る者も少なくはなかった。
そんな不穏な情勢となっているアースマニス大陸西方地域だったが、それは人間の国々に限った話だ。
アースマニス大陸西方には人間の国家の勢力が及ばない場所も存在する。そのような地においては、人間の国々の緊張など殆ど関係がない。
アストゥーリア王国とその北に位置する北方都市連合領の間にあるクファトラ山脈もそのような場所の一つだ。
アストゥーリア王国と北方都市連合領との国境は、その東と西の端は開けた地形になっており、それぞれ1本ずつ南北に伸びる広い街道が整備されて、盛んに交易が行われている。しかし、その東西の平地の間には、クファトラ山脈と呼ばれる山々の連なりがあった。
クファトラ山脈の北面、つまり北方都市連合領側は比較的なだらかで人も住みやすく、豊富な鉱山資源も産する為幾つかの都市国家も存在していた。だが、アストゥーリア王国側である南面は険峻で、裾野に広がる深い森も含めて未だに殆ど人間が進出していない領域となっていたのである。
そこには人間以外の種族の集落も点在している。
クファトラ山脈南面の裾野近くに口を開ける大きな横穴もその一つだ。
その横穴は自然に出来たものではなく、掘り抜かれた坑道だ。そして、その坑道を掘り、今もそこに住み着いているのは、サイクロプスと呼ばれる者達だった。大きな単眼を際立った特徴とし、5mにもなる巨体に緑色の肌の巨人の一種である。
巨人というのは、文字通り巨大な人型の生き物の総称だが、その中には色々な種が存在する。
高い知性を持ち、人間やエルフやドワーフなど光の担い手達と同様に、神の声を聞き神聖魔法を扱える可能性がある種族は、光の担い手の一員と考えられている。
だが、光の担い手と価値観が違いすぎるものは亜人に分類される。更には、殆ど獣と変わらない程度の知性しか持たず、大きな人型の獣と見なされるものもあった。
それらの多様な巨人達の中で、サイクロプスは光の担い手の一員と考えられている種族だ。
だが、現在人間と直接的に関わりを持つサイクロプスは殆ど存在していない。これは、古代魔法帝国の行いの結果だった。
古代魔法帝国は、古語魔法が使えない人間を蛮族と蔑み、奴隷として使役したり惨殺したりしていたが、そのような残虐行為は他種族に対しても行われていた。
そして、豊富なオドを持つ巨人族、中でも一定以上の知性を持つ者は、奴隷としてまた闘技場などで惨殺する対象として、魔術師たちに狙われることが多かった。
特に、見た目に比べて意外なほどに器用で、神代の昔から優秀な鍛冶師であり、道具を作らせるのに適したサイクロプスは、格好の標的とされていた。
この結果サイクロプスは大きく数を減らし、残った者は人間が寄り付かない険しい山岳や深い森の奥、或いは絶海の孤島に身を隠した。また、古代魔法帝国滅亡後に解放されたサイクロプスたちも、その殆どが人間と関わることを嫌い人間達の前から姿を消した。
古代魔法帝国滅亡から既に1170余年が過ぎているが、約600年に及ぶ寿命を持つサイクロプスにとっては、遥か昔といえるほどの期間ではない。また、寿命の長さに応じて出生率が低い為、数もそれほど回復していなかった。
結果として、今も尚サイクロプスの数は少なく、そして殆ど人間とは関わらない生活を営んでいるのである。
クファトラ山南面の坑道に住むサイクロプス達は、古代魔法帝国の虜囚の身から逃れた者達の子孫で、今は20人ほどで集落を築いて暮らしていた。そして、やはり殆ど人間と関わりを持っていない。
彼らが住む坑道は、アストゥーリア王国の統治が及ぶ場所の比較的近くにあったのだが、古代魔法帝国から逃れる際に奪い取ってきた魔道具を使って、付近に“迷いの森”の呪いを展開し、人が近づくことがないようにしていたのである。
その結果、坑道まで辿り着いた人間は、最近まで1人もいなかった。
そして、そこに住むサイクロプス達は、日々鍛冶仕事をして暮らしていた。
サイクロプスにとって鍛冶仕事は神代以来の種族的な天職であり、その腕を磨くことは殆ど本能のようなものだ。
だが、彼らは自分達だけの為にその技を使うのではなく、他の種族用の道具を作ってもいた。
クファトラ山脈南面には、疎らにではあるが多様な種族の集落が存在しており、彼らは互いに多少の交流を持ち緩やかな交易圏を形成していた。
サイクロプスたちもまた、他の種族の産物を得てより快適な生活を送る為に、自身の鍛冶の産物を交易品としていたのだ。
しかし、サイクロプス達は、通常の交易には使わない特別な作品を作ることもあった。
それは魔法の武器や防具である。
神代の昔より鍛冶に勤しみ、更に魔法帝国に囚われて道具を作らされていた時代には、高度な魔道具製作用の古語魔法に触れる機会もあったそのサイクロプス達は、魔法の武器防具を作る為の最高クラスの術を身につけていた。今はもう失われたとされる魔法の武器防具の作り手でもあったのである。
古代魔法帝国から逃れてより1100年以上、その間に彼らが作った魔法の武器防具は既に相当数になっている。また、いざという時の取って置きの交易品にする事も考慮して、色々な種族にあう大きさのものが多数揃っていた。
その中には、古代魔法帝国時代に魔術師たちの手で作られた物を超えるほどの傑作すらあった。サイクロプスたちの鍛冶の才と弛まぬ鍛錬は、魔法の武器防具の作成という分野においては、古代の魔術師を凌駕するようになっていたのである。
そのような卓越した技術を有する坑道のサイクロプス達だったが、性格は温和な者が多く、その暮らしぶりは気のよい職人といった感じだ。
今も、一仕事終えたサイクロプスが、相棒と気安い感じで話をしていた。
「そういえば、最近、あの小さいのが来んな」
「ああ。確かに、また来ると言っていた時期はもう過ぎているなぁ。まあ、小さいのも予定が変わることもあるんだろう」
「それもそうか。だが、早く来るといいな。またあいつの話が聞きたい」
「そうだな」
彼らが言う「小さいの」というのは、ある人間の男のことだった。
1年ほど前に“迷いの森”の範囲内で行き倒れになっていたその男を、見回りに出ていたサイクロプスが見つけ、ほんの気まぐれで助けたのだ。
意識を取り戻した男は、サイクロプス達を見て驚き恐れた。だが、サイクロプスたちが基本的に温和で、自分に危害を加えるつもりがない事に気付き、思いのほか早く打ち解けた。そして、サイクロプス達に助けられたのだと知り、命の恩人だといって大いに感謝した。
男は随分と人当たりが良いひょうきん者で、話しが上手く、サイクロプス達は男の話を喜んで聞いた。
男もまた、この珍しい縁を大切にしたいといってサイクロプスと交流を深めた。
やがて人間の都市へ帰るという男を、サイクロプス達は無理に引き止めなかった。ただ、この場所のことは絶対に他言無用と硬く約束だけはした。
そして、いよいよ男が出発する時に、選別として幾つか品物を贈った。また、護身用にでも使うようにと言って、人間に使える大きさの魔剣も渡した。
男は深く感じ入ったようだった。
今まで自分は同じ人間にもこれほど良くしてもらったことはない。今始めて本当の仲間といえる存在に出会えた気がする。と述べて、涙を流さんばかりに感激した。そして更にサイクロプスたちに告げた。
約束は絶対に守る。この場所の事は何があろうとも決して他言しない。だが、これで今生の別れになってしまうのは忍びない。自分は是非またここを訪れたい。と。
そんな男に、サイクロプス達は“迷いの森”を抜ける方法すら教えたのだった。
実際その男は、その後都合5回サイクロプス達の下にやって来た。
その度にサイクロプス達は男の土産話を喜んで聞き、宴を開いて歓迎し、互いに楽しんだ。
そして、帰りには魔剣を持たせた。一度などは、男が欲する形状の魔剣をわざわざ打って作ってやったほどだった。
この集落のサイクロプスは、そんな事をするほど人間に対する警戒感を薄めていたのである。
古代魔法帝国滅亡後の1170余年の時間は、確かにサイクロプスにとっては遥か昔ではない。だが、つい最近というほどでもない。事実、古代魔法帝国の被害を受けた当事者はもちろん、その者達から直接話を聞いた者も既にいない。苦難の歴史は過去のものとなりつつあった。
そして、実際に見た人間は自分達よりも遥かに脆弱で、気の良い者であり、警戒する必要があるようには見えなかったのだ。むしろ、面白い話を聞かせてくれる、良い者のように見えた。
その結果サイクロプス達は、その男を厚遇しすぎるほど厚遇してしまったのである。
だが、サイクロプス達の態度は、正しい行いとは言えないものだった。
サイクロプス達は、祖先が受けた苦しみと悲劇を、もっと強く認識しておくべきだった。
祖先を襲った人間の悪意と残虐性というものを、もっと深く理解しておかなければならなかったのだ。
その男が、予定の時期を過ぎても集落にやって来なかったのは、人間の悪意の結果だった。
そしてその悪意は、魔法の武器防具の作成という希少な技術を持つこのサイクロプスの集落にも、影響を与えずにはおかないものだったのである。
だが、その事に思い至らないサイクロプスは、気軽な様子でまた呟いた。
「早く来るといいな」
やはり彼らは、自分達を襲うかもしれない危険の存在に無頓着になりすぎていた。
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