第65話 目的の女オーガ②

 名乗りを上げたエイクだったが、相対する女オーガが、余裕があるかの様な笑みを見せている事が気に食わなかった。

(こいつが、相手の強さをまるで見極められない無能とは思えない。俺の強さもある程度察しているはずだ。それなのに笑っていられるのはなぜだ?

 はったりを見せているだけか、強敵と戦う事を好む戦闘狂か、それとも、確実に俺に勝てると思うほどの何かを持っているのか。

 とりあえず、何らかの魔法は使うとは思っておいたほうがいいな)

 エイクはそう考えた。 


 オーガという種族は、暗黒神アーリファから魔法への高い親和性という加護を得ている。

 そしてその加護は、アーリファを見限った者達からも失われてはいない。現在を生きる全てのオーガがその恩恵に浴しているのである。


 具体的な恩恵として、オーガは古語魔法を使う場合に発動体を必要としない。

 また、敵の攻撃を避けながら魔法を発動させる事も普通に出来る。他の種族なら相応の訓練をしなければ身に着かないその技術を、生まれながらに会得しているのである。

 その上、更に熟練の者は、攻撃をしつつ魔法を使う事すら出来る。


 かつてエイクは“伝道師”から、古代魔法帝国時代に存在した“魔法戦士”という者達は、武器で攻撃をしながら魔法も使うという“ずるい”事が出来た。と、教えられた事があった。

 オーガという種族の中には、そのずるい事を行える者が、現在でも普通に存在しているのだ。


 例えば、戦闘中に自らに回復魔法をかける場合、普通は魔法の準備から発動までに相応の時間がかかり、その間に反撃は行えない。

 そのため、その間に次の攻撃を当てられてしまって、反撃する間もなく次々と回復魔法をかけ続けなければならなくなる、というジリ貧の展開になりやすい。

 だが、熟練のオーガは魔法で傷を癒しつつほぼ同時に反撃する事も出来るのである。

 それほどの魔法との親和性を持つ以上、オーガが何らかの魔法を身につけている可能性は非常に高いといえる。


 エイクは言葉を続けた。

「それで、そちらの名は教えてもらえないのか?」

「我が名はアズィーダ。オーガの修練者だ」

 女オーガがそう答える。


「そうか、それで、もう一つ確認したい。この洞窟に住み着いている者という事で間違いないな?」

「そのとおりだが、それがどうかしたか?」

「それが困るという者がいる。俺はその者からの話があってやって来た。

 平たく言うと、立ち退きを要求しに来たという事だ。従ってもらえないか」


「ふっ」

 アズィーダと名乗った女オーガはエイクの提案を鼻で笑い、返答を口にした。

「随分理不尽な要求だな。

 だが、要求の内容などには意味はない。本当は貴様の素性を知る必要もない。

 二者以上の者がいて、その意見が対立したならば、その後にあるべきことは闘争のみ。いずれかがいずれかを破壊するまで続く闘争だ」


 その言葉が気にかかったエイクは、女オーガに問いかけた。

「こちらの要求に理があるとは思っていないが、随分極端なことを言うな。

 少しは話し合うという選択肢を考慮してはどうだ? そうしなければ、本当に戦うほどの理由があるのか分からないだろう」

「意見が対立したというだけで十分だ。闘争をするのに、それ以上の理由など必要ない」

「それはまるで、破壊神ムズルゲルの教義だぞ」


 エイクの問いかけに、アズィーダがきっぱりと答える。

「そうとも。ムズルゲル様の言葉こそが世の真理を表している。私は、修練者であると共に、ムズルゲル様の信徒だ」

「なッ!」

 エイクは思わずそんな声を上げ、続く言葉を失った。それは俄かには信じられない発言だった。

 女の身でムズルゲルを信仰するなどありえないことだ。


「ひょっとして、性転換の霊薬でも使っているのか?」

 エイクは本気でそんな質問をした。女がムズルゲルを信仰するよりは、その方がまだしも可能性が高いと思ったのである。


「馬鹿なことをぬかすな。私は生まれた時から女だ」

 だが、アズィーダは不機嫌そうな様子でそう答えた。

 どうやら、エイクの前にいるのは、本当に世にも珍しい女のムズルゲル信者であるらしい。




 破壊神ムズルゲルは、無条件無制限の際限なき戦いを繰り返せ。という、余りにも破滅的な教義を掲げる神である。それだけでも、普通の光の担い手達にとっては理解しがたい異常な考えなのだが、更に女性に対して酷い思想を持つ神でもあった。

 それは、端的に言えば「女は子を産む道具である」という思想である。

 ムズルゲルは、女は強き男の子を生み育てれば良いと説く。


 戦闘に重きを置く神だけに、女が戦う事を否定してはいない。

 だが、女が戦いに臨み、もしも敗れたなら、そしてその相手が男だったならば、その女は、自分を打ち負かした強き男の子を生み育てる事が義務だとしている。そのために、全てを捧げてその男に仕え尽くすべきだというのである。

 もしも男から拒まれたとしても、抱いてくれ、子を産ませてくれ、と懇願しなければならない。などという事すら教義とされている。

 

 これは、ムズルゲルが望んでいるのが、世界の破滅ではないからこその思想だと言われている。

 ムズルゲルは、戦いまくり、死にまくり、破壊をまき散らす、無制限の闘争を行う事で、強き者が育ち、生き残り、そして世界が発展すると説いている。

 つまり、一応その目的は世界の発展であり、戦いや破壊はその手段なのである。よって、戦いの果てに生者が絶滅する事はムズルゲルの本意ではない。


 そして、戦いまくり死にまくっても絶滅しない為には、次々と子が生まれてこなければならない。

 その、次々と子を産む役目を担っているのが女だ。特に強い男の子を沢山生むべきだ。というわけである。

 そのような教義を掲げる神を女性が信仰するなど、エイクにはとても正気の沙汰とは思えなかった。


(だがまあ、本当にそうなら俺にとっては好都合だ)

 しかし、エイクはそう思い直した。そして、またアズィーダに向かって声をかけた。


「ムズルゲルの教えに従うなら、闘争の結果俺が勝ったら、お前は俺の言う事を何でも聞くという事になるな」

「ああ、貴様が私に勝てたなら、な」

 アズィーダは軽くそう返す。

 それは、エイクがこの女オーガから引き出したいと思っていた言葉だった。


 エイクはフィントリッドから相手は美しい女オーガだと聞いた時から、戦うなら向こうから一方的に攻撃して来て戦いが始まるか、そうでないなら、負けたら抱かれても良いというような言質をとった上で戦いたいと思っていた。

 そうすれば、勝ったあかつきには心置きなく相手を犯せる。などと考えていたからである。


 エイクは自分の事を、何人もの女を犯している好色な悪人だと理解していた。

 だが、所詮は悪人だとしても、自分なりのルールを持ちそれを守って行動しようとも思っていた。

 例えばエイクは、相手の方から攻撃してきた女を返り討ちにして、そして犯すのは行っても良い事だと考えている。

 だが、こちらの方から一方的に攻撃を仕掛けて、そして倒した女を犯すのは、さすがに許されないと考えていた。

 同じ悪事だとしても、前者と後者では質的に大きな違いがあると思っていたのである。

 だから、前者は行っても後者は行わないということを、自分なりのルールとしていた。 


 傍からどう思われるかはともかくとして、エイクは自分で定めたそのルールを守るつもりだった。

 つまり、相手に対して欲望を懐き、あわ行くば抱きたいと思ったからこそ、こちらから一方的に攻撃するつもりはなかった。

 湖で奇襲をかけなかったのには、そんな理由もあったのである。


 そして、向こうから一方的に攻撃してこなかった場合には、言葉を交わし、可能なら上手く誘導して「負けたら抱かれてもいい」というような発言をさせた上で戦いたいと思っていた。

 エイクの中では、そのような発言があったなら、その通りに行動してもルール違反にはならない事になっていたからだ。


 エイクにも我ながら面倒くさい事をしているという自覚はあった。だが、一般の法に従わない悪人だからこそ、自らを律する事が必要だとエイクは考えていた。

 そうでなければ、どこまでも堕ちて行ってしまう。それこそ理由もなく戦いたがるムズルゲル信者と同じように。

 エイクは、自分は悪人だと思っていたが、少なくともムズルゲル信者とは違うとも思っていた。


 だから、そんな言葉を引き出すことが出来ずに戦う事になったなら、例え勝っても不埒な事はしないつもりだった。

 そして、言葉を交わした結果戦いにならずに済んでしまったならば、本来の目的である戦う事自体を諦めるつもりもあった。

 だが、相手が女のムズルゲル信者などという特異な存在だった為に、エイクの不埒な企みはあっけなく成功したのである。


(だが、こんな事で浮かれるなよ)

 エイクは心中で自分自身に対してそう声をかけた。

(欲望は、強くなる動機にもなるから否定する必要はない。だが、欲望に駆られて集中を欠いて戦に負けるような事はあってはならない。

 そして、負けた場合ムズルゲル信者には命乞いなど通用しない。気を引き締めろ)


 そんな事を考えているエイクに向かって、アズィーダが声をかけた。

「それじゃあ、闘争を始めるか」

「俺は構わないが、そっちは武器を用意しなくていいのか?」

 エイクはそう答える。


「無用だ」

 そういうと、アズィーダは右手に持っていた水鳥を投げ捨て、そして、拳を作った右手を自らの体の前に構えた。同時に右足を半歩前に出し、左手も拳を作って腰の近くに置く。


 エイクもクレイモアを抜き正眼に構えた。

(やはり、格闘家という奴か)

 エイクはそう考え、更に慎重に相手に注意を向けた。

 武器や防具を全く携帯していない事から、既にその事は察せられていた。

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