第57話 死を偽る魔道具

 フィントリッドは案外簡単に答えを口にした。

「ああ、あれか。あれは“抗死の宝珠”という魔道具の効果だ。とにかく死に難くなるという品物だな」

「なるほど」

 エイクはそう返したが、それは納得できる答えではなかった。


 エイクも“抗死の宝珠”という特殊な魔道具の存在は知っていた。非常に強力且つ貴重な物であり、その効果を受けている者は、効果時間内は死ぬ事がなくなる。

 心臓を貫かれようが、四肢を切られようが、とにかく効果が切れるまでの一定時間は死なないのだ。


 そして、通常は効果時間が続く間に体の傷を魔法などで癒せば、そのまま死なずに済むのである。

 もっとも、この効果には限度があり、一度余りにも酷く体を損壊されてしまうと、その時点で魂が体から離れようとしてしまい、効果時間の内にいくら身体を癒しておいても、最早死を逃れる事は出来なくなってしまう場合もあるらしい。

 

 例えば、死ぬほどの暴行を長時間受け続けたり、致命傷といえるほど傷を複数負ったり、全身を酷く焼かれたりすれば、それでも効果時間内は死ぬ事がないものの、最早どれほど傷を癒しておこうと、効果時間が過ぎれば魂は体から離れて、そのまま死んでしまうのだと言われている。通常の方法でそれを防ぐことは出来ない。

 だが、いずれにしても、その魔道具にはオドを誤魔化すような効果はないはずだ。


 そのエイクの不満を察したわけではないようだが、フィントリッドの答えは続いた。

「それともう一つ、“偽死の宝珠”という魔道具も併用していた。

 “抗死の宝珠”の効果が発動するのと、連動して発動し、その対象を仮死状態にするというものだ。

 “抗死の宝珠”だけでは、状況次第では、死ぬほどの苦痛を長時間受け続ける事になってしまうからな。

 そうならないように、さっさと仮死状態にして、意識をなくしてしまうのだ。

 その上、この宝珠には仮死状態の内に、少しずつ傷を癒す効果もある。

 これによって、殺したと思って敵が去った後に、復活するということも可能になる。


 まあ、倒した証拠として首を切り取られたりすれば、当然本当に死んでしまうし、獣などに身体を食べられても同じ事だが、死ぬほどの傷を負っても生き残る可能性が少しは上がる。

 つまりな、どれほどの傷を負っても最後の最後まで戦おうと思うなら抗死の宝珠だけを使い、死ぬほどの傷を負ったなったら、死んだ振りをしてでも生き残りたいと考えた場合には、偽死の宝珠も連携して使用すればいいというわけだ」


「そんな魔道具があるとは知らなかった」

 エイクは正直にそう答えた。


「当然だ、この魔道具は、そこにいるディディウスが開発したものだ。

 抗死の宝珠だけでは、さっき言った弊害がある事に気付いた後、ディディウスに対応策を相談して、そんな魔道具を作らせたのだ。

 だから、私達以外はその存在を知らないはずだ」

 フィントリッドに話しを向けられたディディウスが頭を下げた。


「なるほど、良く分かった」

 エイクはそう答えた。そして、(これは事実のようだな)と、考えた。

 エイクがそう考えたのは、フィントリッド本人ではなく、セフォリエナの様子を伺った結果だ。


 セフォリエナは、食事が始まると若干気を緩めた様子を見せていたのだが、エイクが母親の話しをしばらく語ったあたりで、また表情を険しくしていた。

 エイクはその事を気にして、秘かにセフォリエナに注意を向けていたのだが、フィントリッドが話しを続ける途中で、セフォリエナは僅かだが顔をしかめたのである。エイクはその事に目ざとく気付いた。

 それは、フィントリッドが、自分達しか知らないという“偽死の宝珠”について語っている時だった。

 

(フィントリッドが、他の者達が知らない秘密の魔道具などという、本来他人に語るべきではない事を口にしたから、思わず反応してしまったのだろう)

 エイクはセフォリエナの様子をそのように理解した。要するに、フィントリッドの言葉は、語るべきではない事実なのだろうと考えたのである。


(これが事実なら、その“偽死の宝珠”による仮死状態には、オドすら隠す効果があるという事になる。

 生きている事を隠す術式を組む過程で、生命の根幹であるオドの存在を、結果として隠す事になるというのは、ありそうな気もする。そう理解しておいてよさそうだな。

 だが、魔道具の効果でオドを隠せるかもしれないという点は、今後も注意しておこう)

 エイクはそんな事を考えていた。


 若干会話が途切れたところで、サーラ・クラウソンが口を開いた。

「エイク様、お話しを伺っても良いですか?」

「構わない」

 エイクは短くそう答えた。

 ちなみに、昼食が始まってからエイクに向かって話しかけてくるのは、フィントリッドの他はサーラだけだ。

 エイクは、このサーラという存在との距離のとり方について決めかねていた。


「冒険者をしているなら、やはり迷宮にも潜られるのですか?」

「そういうこともある」


「王都アイラナの近くというとサルゴサの迷宮などですか?」

「確かに、サルゴサの迷宮には少し前にも入っていた」

「そうですか、あの迷宮ではつい最近新たにかなり広い範囲が見つかったそうですね」


(耳が早いな。だが、この情報は既に王都にも広がっている。フィントリッドが既に知っていて伝えたのだろう)

 エイクはそんな事も考えつつ、極力余計な事を言わないように注意して言葉を返した。


「その通りだ、俺もその新規発見区域を少し探索している」

 ちなみにエイクは、サルゴサの迷宮の事については特にフィントリッドに話してはいない。


 捕虜にしたゴルブロ一味の者から得た情報として、ダグダロアの預言者やユアン半島の魔王については伝えたが、その捕虜がサキュバスで、しかも古代魔法帝国時代以前から生きており、サルゴサの迷宮の一部にも精通していた事などは告げなかったのである。

 その情報はダグダロア信者には関係がなく、報告義務の範囲に含まれないと判断したからだ。


 サーラは言葉を続けていた。

「大規模な区域が新たに見つかったなら、きっとその先に迷宮核もあるのでしょうね。

 あの規模の迷宮なら、きっと迷宮核も相当大きいはずです。是非一度この手に触れてみたいものです」

「多くの冒険者が同じことを考えているだろうな」

 エイクはそう返した。

 

 話しをしている間サーラはずっと笑顔を絶やしていない。

 エイクが見る限りでは、本当に会話を楽しんでいるようだ。

 だが、それでもやはり、この存在と気安くしゃべる気にはなれなかった。

 

 その後、若干の会話が続いて、やがて昼食は終わり、エイクは自分に宛がわれた部屋へと案内された。

 エイクは、この会談は大変に有意義だったと思っていた。

 以前から気になっていた事を知ることが出来たし、それ以上に、フィントリッドの厄介な精神性についても改めて認識する事が出来たからだ。

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