第38話 魔物の行進⑤
「こ、こんなの。もう無理」
通路の中で、弟のニコラと女剣士を抱き寄せていたテレサがそう呟いた。
魔物の行進に途中で巻き込まれた彼女たちは、魔物たちの全体数を把握していなかった。ただ、目に見えた範囲だけでも勝ち目はないと思って逃げただけだ。
まさかこれほどの数がおり、さらにミノタウロスのような強力な魔物さえいるとは思っていなかったのである。
(いや、まだだ。まだ行ける)
しかし、エイクはそう考えていた。
エイクは自分の体力が限界を迎えつつある事を自覚していた。もう直ぐ体がまともに動かせなくなるだろう。
だが、体力が尽きて体の動きが鈍くなる程度のことは、エイクにとっては戦いの終わりや絶望を意味しない。
少し前、オドを盗み取られていた頃は、体の動きが鈍くなる中で戦い続ける事など珍しい事ではなかった。
本当に体力が尽き果てて、実際に体が動かなくなるまで戦い、紙一重で命を拾う事すら何度かあった。
そして、オドを取り戻した後、エイクは訓練で幾度も体が動かなくなるまで武器を振るっており、今の自分の限界を心得ていた。
それを踏まえて、エイクはまだ勝ち目はあると判断していたのである。
(魔物の中に遠距離攻撃や魔法を使う奴はいない。遠距離から一方的に攻撃される事はない。向こうから拠ってくるなら、続けざまに倒せる。
それに、敵は多分ミノタウロスで打ち止めだ)
エイクはそう判断していた。
実際、その後に続くオドは感知されていない。オドを持たない魔物がいるかも知れないが、その可能性も低いと思われる。
なぜなら、そのアイアンゴーレムとミノタウロスの組み合わせが、如何にも最後の敵に相応しい特別仕様の存在だったからだ。
アイアンゴーレムは、普通は身長2mほどになるのだが、今目の前にいる個体は1m半ほどしかない短躯だ。しかし腕はかなり長く、しかもその手にしているのは武器ではなく盾だ。明らかに守りに特化している。
ミノタウロスは巨大な斧を手にしていたが、身長差故にアイアンゴーレム越しでも、支障なく攻撃することが出来そうだ。
要するにアイアンゴーレムがミノタウロスを守りながら戦うという戦術がとりやすい形になっているのである。
アイアンゴーレムに守られたミノタウロス。それは、如何にも魔物の行進の最後を飾るに相応しい強敵だった。
迷宮では大規模な戦闘の最後は、それに相応しい強敵が現れるという演出も頻繁になされるのだ。
(こいつらで、最後なら、やれる)
エイクは荒い呼吸を繰り返しつつも、冷静にそう判断した。
ミノタウロスは広間の様子を見渡すような仕草をすると、「ブオォォォ!!」と叫び声をあげた。
それは戦闘開始を告げる合図だったのだろう。広間に広がりエイクを遠巻きにしていた魔物たちが、その声と同時にエイクへ向かって動き始めた。
エイクは通路の前に立ち、敢然とこれを迎え撃った。
群がる敵は、エイクにとってはさほど恐る存在ではない。
ガストとストーンサーヴァントは、エイクが全力で攻撃すれば一撃で倒せる相手だ。アーマード・スライムは多少手ごわいが、それでも三撃目までは必要としない。
事実、エイクがクレイモアを振り回すたびに、3体4体と複数の魔物が切り飛ばされ、倒れていく。
エイクも無傷というわけにはいかなかった。
通常なら、全ての攻撃を避けることも出来たはずだが、エイクは魔物たちが通路に入っていかないように、あくまでも通路の前に立ちふさがって戦っていた。
これでは、敵の攻撃を避けきるのは難しい。
何度か敵の攻撃がエイクを打った。
だが、エイクの強靭な体躯はさほどのダメージを受けてはいない。
本当の問題は、やはり体力の消耗だ。
ガストとストーンサーヴァントを全て倒し、アーマードスライムも残り3体となったところで、ついにエイクの動きが誤魔化しきれぬほど明白に衰え始める。
それでも、エイクはクレイモアを一閃して、更に2体のアーマードスライムを倒した。
そこで、ミノタウロスが参戦した。
巨大な斧がエイクの頭へ向かって振り下ろされる。
エイクは半身になって斧を避ける。そして、残った最後のアーマードスライムを切り倒した。雑魚をさっさと倒した方が有利だと判断したからだ。
エイクは、ミノタウロスとそれを守ろうとするアイアンゴーレムと真正面で向き合った。
本来ならエイクにとっては、ミノタウロスすら恐れる敵ではない。
ミノタウロスは確かに強力な魔物だ。討伐には、上級以上の冒険者パーティが推奨されているほどである。
しかし、その攻撃はただひたすら武器を振り回すだけで、総合的な強さは、以前エイクがそれほどの苦労もなく倒したドラゴ・キマイラよりも下だ。
エイクならば、アイアンゴーレムの護衛付きでも十分に倒せる。
普通なら。
だが今は、エイクがマナを使い果たしており錬生術が使えず、体力も尽きかけているのが問題だった。
戦いを長引かせる事はできない。
そう考えたエイクは、渾身の力を込めてアイアンゴーレムに切りかかった。
アイアンゴーレムを倒さなければミノタウロスに攻撃が届かないからだ。
ミノタウロスを守り、その前から動かないアイアンゴーレムに攻撃を当てることは容易い。
だが、さしものエイクもアイアンゴーレムを一撃で粉砕とはいかなかった。
アイアンゴーレムに攻撃を当てたエイクに向かって、ミノタウロスが斧を振り回す。
エイクは避けきれず、左肩に攻撃を受け弾き飛ばされる。
「きゃぁ!」
それを目にしたテレサが思わず悲鳴をあげる。並み居る敵を次々と倒していたエイクが、ついにやられてしまった。そう思ったのだ。
しかし、その後に起こったのはテレサの想像外のことだった。
エイクは倒れることなく上手く着地して、間髪をいれずに駆け出し、そのままアイアンゴーレムを一閃した。
ミノタウロスの一撃は、それなりに鍛えた戦士でも一撃で死亡するか、戦闘不能になるほどの威力だった。駆け出しの冒険者程度なら、上半身ごと粉砕されてしまったかも知れないほどの一撃だ。
だが、エイクは戦いを継続している。
エイクは再度左から迫るミノタウロスの攻撃を、半歩退いて避けた。
アイアンゴーレムも、一応左右の盾を突き出してエイクに攻撃しているが、これも容易く避ける。
テレサは言葉を失い、ただエイクの戦いを見続けていた。
しかし、エイクには余裕がなくなってきていた。刻一刻と身体に力が入らなくなり、動きが少しずつ鈍くなる。
エイクは勝負を急ごうと、クレイモアを右に思い切り振りかぶり、渾身の力を込めてアイアンゴーレムを攻撃しようとした。
が、ミノタウロスから先ほど以上の鋭い攻撃が来ることを見て取った。
エイクは引き気味になりながら、アイアンゴーレムの足を目掛けて攻撃する。
この攻撃で、アイアンゴーレムの左足が大きく傷つき、片膝をつくような形で体勢が崩れる。
そこに、ミノタウロスの攻撃が来た。右からの猛烈な一撃だ。
だが、予め引き気味になっていたエイクは、更に身を退いてこれを避ける。斧はエイクの鼻先を通過した。
強烈な風圧がエイクの顔を打った。だが、それも予想通りのものに過ぎない。
エイクはまじろぎもせず、瞬時に攻撃に移る。
クレイモアを振りかぶりつつ一歩踏み出し、上段からの一撃をアイアンゴーレムに加えた。
この攻撃を受けて、アイアンゴーレムは仰向けに倒れ、活動を停止した。
エイクは続けざまに振るわれたミノタウロスの斧を身を屈めて避けると、クレイモアを下段に構えながらアイアンゴーレムの残骸の上に駆け乗る。
そして、駆ける勢いも乗せてクレイモアをミノタウロスへと振り上げる。その攻撃は分厚い胸板をとらえ、深い傷を負わせた。
(ここからは、どっちかが倒れるまでの削りあいだ!)
エイクはそう考えていた。
このまま普通に戦っても、体力が持たない。
回避を軽視して、威力を重視した攻撃を放ち、生命力の削りあいで一気に勝負を決める。それがエイクの考えだった。
そこからの戦いは、常人には信じがたいものになった。
1人の人間が、3mを超える巨躯のミノタウロスと、至近距離で一歩も退かずに切り結び始めたのだ。
互いの攻撃は確実に相手にあたっている。
だが、この打ち合いは互角のものではない。
エイクは剣でいなしたりして、ミノタウロスの攻撃が最低限急所だけは外すように動いている。
その上、エイクの攻撃はただ当たっているだけではない。腕の内側や脇腹など、少しでも防御の弱いところを的確についている。エイクはこの状況でも敵の弱所を狙い、確実に捉えていた。
一撃一撃で受けているダメージは、明らかにミノタウロスの方が大きい。
「ぐをおぉぉぉ!」
ミノタウロスが目を血走らせ咆哮をあげながら、斧を大きく振りかぶった。
不利な状況に苛立ち、力任せの一撃を放とうとしたのだ。
これは決定的な隙になった。
次の瞬間、エイクのクレイモアがミノタウロスの胸に深く突き刺さる。
それは、肋骨の間を縫って、ミノタウロスの心臓を貫いた。
エイクはミノタウロスの体から、オドが抜け始めるのを感知した。
だが、それでもミノタウロスは止まらない。
渾身の力を込めた斧が振り下ろされる。
(退けば直撃になる!)
エイクは冷静さを失わずにそう判断した。既に斧の通常の軌道の内側に入っていたからだ。
そして、渾身の力を込めてクレイモアを押し込み、前進する。
ミノタウロスの斧の柄の部分がエイクの右肩を打った。刃の直撃は避けた。しかし、その打撃だけでもかなりのダメージをエイクに与えた。
「くッ!」
エイクも思わず、苦痛の声をあげる。
だが、これが本当に最後だった。
ミノタウロスは、それ以上動く事はなかった。
エイクが右の方に向かってクレイモアに力を込めると、ミノタウロスの体がゆっくりと倒れ始める。
エイクは力を振り絞って、倒れるミノタウロスの体からクレイモア抜き去った。
ドーン、という音を立てて、ミノタウロスの巨体が床に倒れ伏した。
「ハァー、ハァー」
エイクは荒い息を吐きつつも、尚しばらくクレイモアを構えて警戒していたが、それ以上の変事は起こらなかった。
エイクは、震える手でどうにか魔法の荷物袋から回復薬を取り出して、一息に飲み干す。
これによって、とりあえず危険がない程度に生命力が回復した。
エイクが改めて周りを見渡すと、夥しい数の魔物の死体と残骸が、そこかしこに散らばっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます