第36話 魔物の行進③

 タロスというのは、古代魔法帝国が作成したゴーレムの一種だ。ただ、機動性と動きの滑らかさを重視して間接部が精巧に作られており、更に体内に魔法装置が組み込まれ、その周りを魔法によって加工された特殊な油が巡っているという存在である。

 武器として両手剣も装備しているので、見た目は隙間なく全身を覆う金属鎧を身につけた戦士のように見える。


 相応に強力な魔物で、中級中位に位置する戦士くらいでなければ、1体1で互角に戦う事は出来ないと言われている。

 そのタロスが5体と、更に他よりも一回り大きいタロス・ジェネラルと呼ばれる存在も広間に向かって来ていた。


 だが、エイクの作戦は図に当たった。

 タロスたちはイミテーション・ジャイアントオクトパスの巨体が邪魔になって、広間に入り込むことが出来ない。

 その間に、エイクはついにイミテーション・ジャイアントオクトパスの本体にクレイモアを深く刺し貫き、とどめをさした。


 イミテーション・ジャイアントオクトパスが死ぬと、タロスたちは手にした剣でその死体を切り裂き始める。

 迷宮に属する魔物たちは、互いに殺しあわないように設定されているのが基本だが、イミテーション・ジャイアントオクトパスが死亡した事で、同じ迷宮に属する魔物ではなく、ただの障害物と見なされるようになったのだろう。

 しかし、如何せんイミテーション・ジャイアントオクトパスは巨体だ。タロスたちがその作業を終わらせるには、しばらく時間がかかりそうだった。


 イミテーション・ジャイアントオクトパス相手に縦横にクレイモアを振るっていたエイクは、深い呼吸を何度か繰り返した。

 しかし、エイクに休んでいる暇はなかった。タロスたちの後ろから多数のスライムが近づいて来ていたからだ。

 不定形生物であるスライムは、イミテーション・ジャイアントオクトパスの巨体と通路の壁の間をすり抜けたり、通路の壁面を這いずったりして、次々と広間に侵入してくる。

 エイクが感知したところでは、スライムの数は全部で10体だった。


 エイクは広間に侵入してくるスライムを、端から切り捨て始める。

 スライムたちはかなり巨大に成長しており、人一人を包み込んでしまうほどの大きさだ。動きはそれほど素早くはないが、ここまで成長すると生命力はかなりのもので、1対1で勝つためには、少なくとも下級上位の冒険者くらいの実力が必要だ。

 更に、毒を帯びている上に、通常のスライムよりもいっそう生命力も高いポイズンスライムも混在していた。


 だが、エイクにとっては大差はない。どちらも本気で攻撃を繰り出せば、一撃で倒せる相手に過ぎない。

 しかし、そのスライムたちがいろいろな場所から次々と広間に侵入してくることが問題だった。


 エイクは目まぐるしく動いて、次々スライムを切り捨てている。しかし、その息は目に見えて荒くなっていく。

 オリハルコンゴーレムと長時間にわたって戦い続け、さほど間も空けずにこの広間に駆けつけて、また戦い始めたエイクは、既に相当体力を消耗していた。


 広間に侵入して来たスライムがまだ2体残っているところで、イミテーション・ジャイアントオクトパスの身体をズタズタに切り裂いたタロスたちが広間に入り込んで来る。

 エイクはスライムを狙うのを止め、すかさずタロスたちの方へ駆け寄り、先頭に立っていた2体のタロスに向かって、渾身の力を込めたクレイモアを右からの横薙ぎに振るった。

 そして、一撃でその2体の胴体を両断して機能を停止させる。


 その間に他のタロスたちは、戦闘準備を整えていた。

 タロスたちの手から魔法の油が滲みだす。その油は、手にした剣に滴ったところで発火した。

 タロスはこのような方法で一撃の威力を高め、攻撃範囲も広げることが出来るのである。

 しかし、エイクにとってはさほどの意味はない。

 4体のタロスから繰り出される攻撃程度、その炎の範囲を加味しても、今のエイクにならば訳なくかわせる。そこに上位のタロス・ジェネラルが含まれていてもだ。


 むしろ問題は、体力の消耗と、次の魔物達が続々と接近しつつある事である。

 実際通路の奥のほうから、ドシン、ドシン、という、巨大な足音が響いており、エイクも巨大なオドを含む複数のオドが接近している事を感知していた。


(全力の攻撃で手早く倒すしかない)

 エイクはそう判断した。

 回避を軽視しても、自分ならばタロスの攻撃を避けられる。戦闘を長引かせれば後続の魔物もやってきてしまうし、体力も戦闘が長引いた方がむしろ消耗する。

 そう考えたのである。

 

 エイクは武器を構えるタロスたちへと向かって切り込む。

 そして、機先を制して、再度右から左へとクレイモアを振るった。

 一段後ろに居たタロス・ジェネラル以外の3体がその射程に入っており、エイクから見て右端に居た1体が倒れ、他の2体も深く傷ついた。

 生き残った2体のタロスの間から、炎を纏う大剣が突き出される。背後にいたタロス・ジェネラルの攻撃だ。

 エイクは身体を左にずらしてその攻撃を避ける。


 2体のタロスは、タロス・ジェネラルに攻撃の場を譲るかのように左右に動く。

 そして、己の身体のいたる所から一気に油を滲み出させ、それを発火させて、燃える身体で両腕を広げ、エイクに左右から迫った。そうやってエイクの動きを封じ、我が身と共に焼き殺そうとしているようだ。

 しかし、それはむしろエイクにとって好都合な動きだった。

 エイクは今度は左から右へクレイモアを振り回す。


 まず、左からエイクに迫ったタロスが両断される。剣を頭上に振りかぶっていたタロス・ジェネラルも胴に攻撃を受け大きなダメージを負った。

 右側のタロスは既にエイクの間近に迫っていたが、エイクはクレイモアの柄近くでこれを強打し、そのまま振り切って後方へ弾き飛ばした。そのタロスもそれで動かなくなった。


 タロス・ジェネラルはダメージにも怯まず、剣を真上から振り下ろす。

 タロス・ジェネラルに対して、身体の左側面を向ける体勢になっていたエイクは、一歩退いてこれをかわす。エイクの前をタロス・ジェネラルの大剣が通過した。

 その時既に、エイクはクレイモアは右肩近くに構えている。即座に反撃を繰り出す為だ。

 この反撃でタロス・ジェネラルも倒せる。エイクはそう考えていた。


 が、その瞬間エイクは異様な感覚を覚え、思わず背後を振り返った。

 そこには、何もない空間から半透明の人型が浮かび上がろうとしていた。古めかしい鎧を身につけた男だ。

(ゴースト!)

 エイクは即座にその正体を悟った。

 それはかなり稀なアンデッドだった。


 この世界においては死者はアンデッドと化すことがある。しかし、その多くは死体に拠っている。だからこそ、アンデッド化を防ぐ為に遺体は火葬される事が多い。

 しかし、特別に強い恨みを残した者は、死体がなくてもその魂だけでアンデッド化してしまうことがある。それが亡霊と呼ばれる存在で、ゴーストはその一種だった。

 そして、肉体を持たないために必然的にオドも宿っていない。エイクには感知できない魔物なのである。


 ゴーストは知性を残している事もあり、交渉も可能な個体も存在する。

 だが、今エイクの前に姿を現した者は、目を血走らせ、「おぉぉぉ」と意味のない言葉を口走り、明らかに正気を失っていた。

 余りにも憎悪や憤怒が強すぎたのか、或いは他の理由によるのか、いずれにしてもアンデッド化する過程で狂気に囚われている。交渉の余地はなかった。


(古代魔法王国時代には迷宮で多くの者が惨殺されていた。ゴーストがいてもおかしくない。それに思い至らないとは間抜けな!)

 エイクは己を罵った。

(それでも、致命的な問題ではない)

 しかし、エイクはそのような判断も下していた。


 ゴーストに普通の武器は効かない。だが、エイクはミスリル銀製のブロードソードを携帯している。

 また、今のゴーストにできるのは透明化と、生者に憑依してその身体を乗っ取ることだけだ。

 透明化を解いたということは憑依を狙っているはずだが、エイクにはそれに抵抗する自信もあった。


 案の定ゴーストはエイクに憑依しようと飛び掛ってくる。

 その瞬間エイクは、“呪いの破壊者”の能力が有効であることを悟った。ゴーストの憑依も呪いの要素が含まれる行為の様だ。

 そして、実際ゴーストはいとも簡単に弾き飛ばされた。


(これなら、憑依される心配はほぼない)

 振り上げられるタロス・ジェネラルの大剣を避けつつ、エイクはそう判断し、先にタロス・ジェネラルを倒そうと考えた。


「う、あ、あぁぁぁぁ」

 だが、その時、エイクの後方でそんな叫び声が上がった。

 女剣士の声だった。

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