第27話 サルゴサの迷宮未発見区域へ②
前へ進むエイクを、フゼンは顔を顰めて見送る。
「ちッ」
そして、大きく舌打ちをした。
それ以上文句を口にはしなかったが、相当に不快そうだ。
(そりゃあ、俺達よりお強い戦士様ならストーンゴーレムくらいには勝てるだろうよ。
何しろ俺達だってやろうと思えば勝てるんだからな。
だが、問題は勝てるかどうかじゃあねぇ。消耗と時間の浪費だ)
フゼンはそう考えていた。それが迂回を提案した理由だ。
それなりの耐久力をもつストーンゴーレムと戦うなら、勝ちきるまでにかなりの時間を要する。そうなると、当然体力も消耗する。
早くに勝負を決めようと考えて魔法や錬生術を使えば、今度はマナを消費する。
そして、ストーンゴーレムから得られる魔石はたいしたものではない。
つまり、わざわざ戦って勝っても効率が悪いのだ。
(それが分からないようじゃあ、戦士としては一流でも、冒険者としては三流だぜ。英雄の息子さんよ)
フゼンは心中でそんな悪態をついた。
そうこうするうちに、通路の先からストーンゴーレムが現れる。
同じ石を材料とするゴーレムであるストーンサーバントが小柄な人程度の大きさなのに対して、ストーンゴーレムは高さ2mほどになり、横幅も太く、その両腕は立った姿勢のまま床に付きそうなほど長い。
ストーンゴーレムは、エイクたちの姿を認めると侵入者と判断し、一気に接近して来た。
エイクは、クレイモアを右斜め上にかざして、ゴーレムを待ち構える。
そして、ゴーレムが間合いに入った瞬間、右足を一歩踏み出し、渾身の力を込めてゴーレムの左肩めがけてクレイモアを振り下ろした。
次の瞬間、クレイモアの剣先は、ストーンゴーレムの胴体の右下側にあった。
左右からエイクを攻撃しようとしていた、ストーンゴーレムの腕は止まっている。
数瞬後、ストーンゴーレムの上半身が左肩から右脇に沿って斜めにずれ、そのまま右側へ落ちた。続いて残っていた部分も後ろに倒れる。
エイクの攻撃は、一撃をもってストーンゴーレムを両断し、戦いを終わらせていた。
「い、一撃!? すげえ……」
フゼンは思わずそう声に出していた。彼の仲間達も「マジか?」などと、言っている。
調査員達と魔術師も、声もなく驚愕していた。
フゼンは自分の考えが完全に間違っていた事を、理解せざるを得なかった。
エイクは、ストーンゴーレムを倒すのにほとんど時間を要していない。当然、体力の消耗も無駄に歩き回った方が大きかっただろう。
(こいつは、本物だ……)
フゼンは心中でそう呟いた。彼は今までエイクの評判は虚飾だと思っていたのである。
フゼンが伝え聞いたエイクの功績は、彼の常識では非現実的なものだった。虚偽だとしか考えられない。
英雄ガイゼイクの息子というご立派な肩書きを持つ若者の事を、誰かお偉いさんが、何らかの理由で大げさに宣伝しているのだろう。フゼンはそう思っていた。
エイクを実際に目にして、エイクが自分よりは強いことは察せられた。しかし、そこまで強いとはやはり思えなかった。
だから、エイクの事を気に食わない若造だと考え、小馬鹿にするような態度をとった。
だが、今エイクが実際に剣を振るい、自分達では簡単には倒せなかっただろうストーンゴーレムを、たった一撃で倒したのを目にしては、過ちを認めるしかない。
これほどのことが出来るならば、アークデーモンやドラゴ・キマイラを1人で打ち倒すのも可能だ。
エイクは油断なくクレイモアを構えたまま倒れたストーンゴーレムに近づき、確実に機能停止している事を確認している。
フゼンはそのエイクにおずおずと近づくと声をかけた。
「その、エ、エイク、殿。無礼な態度をとってしまっていたことを謝罪させてくれ。
あんたの事を侮っていた。申し訳ない」
フゼンが急にそんな事を告げたのは、これほどの強者に対して不遜な態度をとって、不興を買ってしまっている現状が恐ろしくなったからだ。だが、己の過ちを素直に認めて直ちに謝罪するという態度は、誠実な行為ともいえただろう。
しかしエイクは、その言葉を聞いてむしろ不信感を懐いた。
(今更手のひらを返してくるとは、何か謀でのあるのか?)
と、そう思ったのだ。
(素人なら、予め強いと思っていても、実際に戦う姿を見て改めて驚いてしまうということもあるだろう。
だが、こいつらは腐っても中級以上の冒険者だ。俺がアークデーモンすら倒した事を知っていれば、ストーンゴーレム程度簡単に倒せる事くらい分かっていたはずだ。
それを、今更大げさに驚いた振りをするとは、どういうつもりだ?
それとも、本当に俺の今までの功績を知らなかったのか?)
エイクはそんな事を考え訝しく思った。自然にその態度もいっそう硬いものになる。
「そうですね。私はガイゼイク・ファインドの息子です。そして、幼い頃から父の薫陶を受けてきた。私の剣は父を継ぐものです。
未だ父には及ばないとは言え、この程度の相手に手間取ると思われていたなら不快です」
エイクは語気を強めてそう言うと、倒れているストーンゴーレムの足を強く踏みつけた。劣化し脆くなっていたそれは粉々に砕ける。
「す、すみません」
フゼンは反射的にそう謝った。
「謝罪を受け入れます。索敵を再開して下さい。
ただ、今後は、敵は基本的に私が倒します。その方が効率がいい」
「分かりました」
フゼンはそう答えた。彼はすっかり萎縮してしまっていた。
実際、エイクが専ら敵と戦った方が効率は良かった。
一向は間もなく最初の目的地へ到達した。そこは、地下3階の何の変哲もない通路の真ん中だ。かなり広い通路だった。
「ここに隠し扉とそれを開ける仕掛けがありました。“叡智への光”と戦う事になったのはその先です」
エイクがそう告げると、他の者達が一斉に緊張した。その隠し扉の先が未発見区域だと悟ったからだろう。
そして、周りに他の冒険者などがいないことを確認している。未発見区域への隠し扉の存在を、野放図に多くの者に知られるのを避けたいからだと思われた。幸いなことに、近くに冒険者などの姿はなかった。
エイクは他の者達の様子を特に気にせず、「確かここらへんです」などといいつつ、通路の壁に指を立てる。
そして複雑に指を動かした。その動きは“開放”を意味する古語の綴りをなぞるものだった。
すると、その周辺の直径50㎝ほど円形の範囲が淡い光を放ち、ガラスのような材質に変化した。
それは、古代魔法帝国の魔法装置を扱う制御盤だ。
「良く見せてくれ」
随行していた魔術師が興奮した様子でそう言って、エイクと制御盤の間に割って入ろうとする。
エイクは素直に場所を譲った。
(とりあえず、お手並み拝見だな)
エイクはそう思っていた。エイク自身もこの制御盤を使って隠し扉を開ける方法を知らなかったからだ。
シャルシャーラは迷宮の創設者から与えられた管理者権限を用いてこの隠し扉を開けており、正規の開放方法を知らなかった。
エイクや“叡智への光”とともに迷宮に潜った時も、ロウダーが開けたと見せかけつつ、秘かにシャルシャーラが管理者権限を使ってこの隠し扉を開けていた。
そのため、隠し扉はごく簡単に開放され、“叡智への光”の面々が特に騒ぎもせずに普通にその先に進むのを見て、その時エイクは、それが既に一般に存在を知られている隠し扉なのだろうと思い込んでしまっていたのである。
魔術師が制御盤を調べている間に、調査員達とフゼンが話していた。
「しかし、“叡智への光”の連中は、どうやってここに隠し扉があることを知ったんだろう?
どう見てもごく普通の通路の壁で、何もおかしなところはない」
機械仕掛けの隠し扉なら、通りかかった斥候が見つける事もあるだろう。だが、この隠し扉のように魔法仕掛けのものが、何の変哲もない通路の壁にあっては、それを見つけることはほとんど不可能だ。
「どこか他の場所に、手がかりがあったんだろうよ。
迷宮は攻略可能に設定されているはずだ。手がかりなしの、絶対に見つからない隠し扉はないはずだ」
「だが、まともに冒険者がこの迷宮に入るようになってからでも、既に何百年も経っている。
その間全くこの隠し扉の手がかりが見つからなかったとはいうのは……」
「……」
エイクは沈黙を守っていたが、彼らの疑問の答えを知っていた。
まず、“叡智への光”が隠し扉の存在を知ったのは、当然シャルシャーラに教えてもらったから。
そして、数百年以上に渡ってこの隠し扉へ至る手がかりが見つからなかったのは、手がかりが迷宮の地上部分にあったからだ。
迷宮の地上部分を攻略して、この隠し扉を見つける手がかりを得て、その奥の隠された領域へと進む。それが、この迷宮攻略の通常の手順だったのである。
ところが、地上部分が“敵性存在”によって破壊されてしまったため、手がかりを見つけることは出来なくなっていたのだ。
(こんな事がなければ、永遠に隠し扉は見つからなかったかもしれないな。
いや、シャルシャーラが暇つぶしのネタとして、誰かに隠し扉の存在を教える事もありえたか?)
エイクはそんな事をとりとめもなく考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます