第19話 己を偽る方法
1人その場に立つエイクは、倒れ伏すセレナとシャルシャーラに目を向けないように努めていた。自分が彼女らに対して持ってしまった欲望を、悟られないようにしようと思ったからだ。
エイクは、己に挑みかかって来た美女達が、疲れ果て倒れ伏しているという今の状況に、例によって欲望を刺激されてしまっていたのである。
(セレナは男の欲望に相当強い恐怖や嫌悪を感じるはずだ。だから、俺の欲望を悟らせないようにしないといけない。セレナの存在は重要だ。こんな事で関係を悪化させるわけにはいかない)
エイクはそう考えていた。
そしてエイクは、気を紛らわせる為にも、今の模擬戦の結果について考える事にした。
(とりあえず、それなりの護衛を引き連れた英雄級の魔法使いと戦っても、状況次第では勝てることは確認できた)
シャルシャーラの魔法使いとしての技量は、一国に1人いるかどうかというほどの水準に達している。冒険者の等級で言えば、英雄級の中でも上位と見込んでもいいだろう。魔法耐性に長けたエイクですらその魔法に抵抗する事は困難だ。
だが、それでもエイクは今の模擬戦でシャルシャーラにも勝ちきった。
実のところ、シャルシャーラはまだ若干のマナを残しているはずである。模擬戦の後回復魔法を使わせるつもりで、エイクがそう指示していたからだ。
また、エイクは、戦闘の途中で“炎の縛鎖”を打ち払えたのは幸運だったとも思っていた。
しかし、それらを差し引いても負ける事はなかったと判断した。
エイクはまだ、自己治癒の錬生術を使っていなかったし、竜牙兵やセレナを本気で倒そうともしていなかったからだ。
エイクが全力で倒しに行っていれば、戦いをこれほど長引かせる事もなく勝利をあげることが出来ただろう。エイクはそう思った。
(だが、移動を阻害する魔法はやはり厄介だ)
エイクはそうも考えた。動きを止められてしまえば、やり方次第で簡単に負けてしまうと改めて実感したからである。
例えば、魔法で動きを止められた上で、数十人の人間に遠距離攻撃をされたならば、それを全て避けることは不可能だ。
移動を阻害する魔法は、どれもそれほど効果時間が長くはないので、エイクならばそれだけで死ぬ事はないだろう。しかし、何度も繰り返されればいずれは殺されてしまう。
またエイクは、危険が予想される場合でも戦いを挑み、勝ち目があるなら勝利を目指して全力で戦い、勝ち目がないようなら躊躇わずに逃げる。といった行いをするつもりでいる。
だが、逃げようとした時に移動を阻害されてしまれば、やはり死ぬ事になるだろう。
更に、勝てる場合でも、こちらの移動を阻害されてしまえば、相手を逃がしてしまうことになる。
どう考えても、移動が阻害されてしまうことは厄介極まりない。
もちろんエイクも、そのようなことは以前から考えていた。だが、実際にシャルシャーラの“炎の縛鎖”によって動きを封じられる経験を何度かして、その考えを更に強くしたのである。
(移動阻害や拘束を、防いだり解除したりする魔道具が欲しいな)
そして、そんなことを考えた。そのような効果がある魔道具が存在している事を知っていたからだ。
だが、そのような魔道具は、簡単に市場に出回るほどありふれたものではない。いくら金があっても、欲しいと思えば手に入るわけではない。
(まあ、見かけたら優先して入手する事にしよう)
エイクとしても、今はそう思っておくことしか出来なかった。
自身の現状と課題についてとりあえずまとめたエイクは、シャルシャーラの戦力として評価に考えを進めた。
(シャルシャーラの攻撃魔法は強力だ。俺でも普通なら抵抗できない。しかし、強力な魔物の抵抗力は恐ろしく強い。父さんを倒すほどの魔物にはさほど効かないだろう。
それに、習得している高度な攻撃魔法は範囲魔法が主らしいから、乱戦状態になれば使えなくなってしまう。
神聖魔法にはデーモンやアザービーストに特に効果的な攻撃魔法もあるが、それだけで倒せるはずがない。いずれにしても、魔法による直接攻撃にはあまり期待するべきではないな。
それよりも、耐久力にも優れた支援術者と考えた方が、期待が出来る)
エイクは、シャルシャーラが使える多彩な支援魔法の効果を受ければ、今の自分でも父に勝てるだろうと考えていた。
自分は、その程度には父の強さに迫っていると。
そして、強力な神聖魔法の使い手であるシャルシャーラは、非常に優秀な癒し手でもある。
そう考えると、シャルシャーラの支援を受ければ、父を殺した双頭の虎に勝てる可能性もあるだろう。
(もっとも、耐久力が人間より優れていると言っても、双頭の虎の直接攻撃を受ければ、ひとたまりもないはずだ。
竜牙兵は普通の敵が相手なら十分な護衛といえるが、双頭の虎相手ではほとんど役に立たない。もっと優れた護衛役が必要だ。
逆に言えば、優れた護衛役を含めて3人がかりなら、双頭の虎に勝てる可能性もあり得る)
エイクはそのように評価を下した。
そんなことを考えつつ、自分の欲望を抑える事ができたと思ったエイクは、改めてセレナの方を向いた。
「セレナ、よくこんな短期間で腕を上げたな」
そして、そんな声をかけた。いつまでも無言でいたほうがおかしな雰囲気になりそうだったし、実際セレナの成長に感心していたからだ。
いや、それどころか、妬ましいとすら思っていた。
自身の剣の腕は上がっていなかったからである。
ゴルブロ一味との激闘を経て、エイクは己の耐久力の強さが更に増したと、成長を感じていた。
しかし、剣の腕が上がった実感はなかった。もちろんエイクも、いくら厳しい戦いだろうと2・3回戦った程度で腕があがるとは思っていない。
しかし、短期間に目に見えて強くなった者を目の当たりにすると、羨ましいと思わずにはいられなかった。
「ええ、私なりに励んだから。それに、ボスにいろいろ教えてもらったお陰よ」
セレナはそう答えた。
「大したものだ。それに、強くなった事を上手く隠していたな。戦い始めるまで、まるで気付かなかった」
「まあ、日頃から気を使うようにはしていたわ。弱いと思わせておいた方が不意をつきやすいから」
「その通りだ。俺も見習いたい。何かコツのようなものがあるなら教えて欲しい」
エイクはそんなことを告げた。
日常の立ち居振る舞いからも強さを悟らせないことが出来れば、それだけで一種の奇襲を行うことが出来ると思ったからである。
もちろん、エイクの強さを既に知っている者には通用しないが、エイクの顔を知らない者には有効だ。そして、今後より強くなれた時に、その事を隠しておけるかどうかは非常に重要だといえる。
「コツというか、考え方は、弱かった頃の自分の振りをするという感じかしら。
具体的に気を使うことは、体幹のぶれ、足の運び、それから……」
セレナはそんなことを言いつつ立ち上がると、エイクに近寄って指導を始めた。
エイクの体に軽く触れたりもする。
甘い香りがエイクの鼻腔を刺激する。汗を含んで身に張り付いた服越しに、セレナの魅力的な体を窺い知る事も出来た。
エイクは、再度自分の欲望を抑えるように努めねばならなくなっていた。
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