第14話 制裁の方法
エイクは、父が賃金を払わなかったなどという偽の申出をして、父を貶めた元使用人達を殺してやりたいと思うほど深く憎んでいた。
だが、殺すのはやりすぎだと考え、父の名誉を回復させて、それらの使用人達に金銭的・社会的な不利益を与えた事で復讐は成ったのだと思おうとしていた。
ところが、その中の一部の者達は、ゴルブロ一味の行動に乗じて再度父を貶めたのである。
エイクにとっては、これは許されざる行いだった。
(本当ならこの手で殺してやりたいくらいだが、それをしている時間はない。だから、今は我慢するつもりだった。
だが、俺の代わりに動かす事ができる盗賊達が出来るなら、そいつらに実行させてやる)
エイクは、そんなことを考えたのである。
ちなみに、ゴルブロ一味がエイクの悪評を流した時、それに便乗してエイク自身の悪口を言い立てた者達もいた。しかし、エイクはその者達にまで制裁を加えようとは思っていない。
もちろん腹立たしいのは間違いない。だが、年若い自分が急速に名を上げていけば、それをやっかむ者が出て来るのは当然である。その者達が悪口をいう事までいちいち気にしてはいられない。
むしろ、そんな悪口程度でいちいち報復するようでは、その方が自分の評判が落ちてしまうとも考えていた。
だが、父を愚弄する行為は断じて許せない。
「制裁というのは、どうするつもりなの?」
セレナが確認する。
「もちろん皆殺しだ」
エイクは冷酷な声でそう答えた。
「……」
セレナは、殺気すらおびたエイクの威に打たれて押し黙った。
「エイク様、意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
しばしの沈黙の後にアルターがそう告げた。
エイクは、アルターが反対の意思を持っているらしいことを察して一瞬気分を害した。
しかし、自分の至らなさを補佐してもらう為に、わざわざ請うて来てもらったアルターの意見を聞かないなどありえない。そう思い至り「言ってくれ」と答えた。
「その者たちとガイゼイク様との関わりや、今までの行いを良く知っていれば、その者らの罪が死に値するものだと理解できるでしょう。しかし、そういったことを良く知らない者は、殺すのはやりすぎだと思ってしまうかも知れません。
そうすると、それはエイク様の悪名につながってしまい、これもまた、敵の敵を味方につけるという方針に悪影響を与えてしまうと思われます」
「私もそう思うわ」
セレナがアルターに賛同した。
「恐怖で支配するというやり方は、私達も良くやる事だけれど、恐れられすぎてしまうと人に避けられてしまう。そうすると、情報収集にも人脈作りにも不利になってしまうわ」
そう告げたセレナに、エイクが問いかける。
「なら、どうすればいい?」
「殺すのがやりすぎなら、死なない程度に痛めつければいいのよ。
どうせだから、白昼堂々と、なぜ痛い目に会うのか知らしめた上でやってやればいいと思うわ。
例えば、公衆の面前で喧嘩を吹っかけて、『手前は前にガイゼイク様を愚弄していたな。偉大な英雄ガイゼイク様を愚弄するような奴は許せねぇ!』というような主旨の台詞を吐いた後で、散々に痛めつけてやればどうかしら。
そいつらは、一度詐欺や横領で有罪になっているわけだから、官憲から見れば犯罪者よ。
犯罪者が襲われて重傷を負ったところで、官憲は真面目に捜査なんかしないから、そんなやり方でも別に面倒な事にはならない。その程度の事を実行する者なら、直ぐにでも用意できるわ」
「半端に痛めつけても、恨みを持って報復しようとするはずだ、後々面倒な事になるだけだろう」
「そうね。もしボスなら、必ず報復を考えるでしょうね。善人でも悪人でも、確固たる信念を持った者も同様でしょう。でも、ただの一般人なら、そんなことは考えないわ。
もしも重傷を負わされたなら、恐怖に震えて、二度とその相手には近づかないようになるはずよ。というか、そうなるように痛めつけることは十分に可能だわ」
「……分かった。それでいい」
エイクはしばらく熟慮した上で、アルターやセレナの意見に従った。だが、ひとつ付け足した。
「ただ、連中を襲う時には、次は殺すと警告させろ。実際に、もし、もう一度同じ事をしたなら、俺は今度こそ許さない」
「分かったわ」
「妥当なご判断と拝察いたします」
セレナが了承の意を述べ、アルターも賛意を示した。
エイクは大きく息を吐いて気持ちを整えてから、別のことを提案した。
「ところで、さっきセレナの話を聞いていて思ったんだが、レイダーの下で麻薬や毒薬を作っていた連中に、普通の薬を作らせて売ったらどうだ?」
「それは、普通の医薬品を作るということ?」
セレナがそう確認する。
「そうだ。普通の薬の原料や製造法は麻薬や毒薬作りと通じる所があるから、作れないことはないだろう。普通の薬を売るなら悪名には結びつかない。
当然、売り上げは激減するだろうが、多少の足しにはなるんじゃあないか?」
「面白い考えだけれど、利益を出すのは難しいでしょうね。盗賊ギルドが扱う薬なんて、普通の者は買おうと思わないわ。正規の薬を買える者なら手を出すはずがない。
とすると、正規の薬が買えない貧しい者相手に商売をするしかない。当然かなり安い価格にせざるを得ないから、売り上げは激減どころか、まず間違いなく赤字になるでしょうね」
「それもそうだな。無駄か」
「いえ、無駄とは言い切れないわ。
貧しい者でも手が届く値段で薬を売るというのは、慈善事業ともいえるから、世間に良い印象を与える事は出来る。長続きはしなくても、試みたというだけでも多少の効果はあるはずよ。
それに、麻薬に携わっていた技術者連中に、代わりの仕事を与える態を整える事も出来る。
彼らが他の組織に寝返ることは許さないと言ったけれど、彼らの仕事を奪っておいて、他の組織に仕事を求めるのを禁じるのは理不尽だとも思っていたの。
彼らに新しい仕事として、安価で売っても利益を得られる製薬方法や、高値でも買いたくなるような価値の高い医薬品を作ることを命じるのは、良い案ではないかしら。
まあ、普通に考えれば、そんな都合のいいことが成功するとは思えないけれど、彼らの中にはそれなりに優秀な者も居るようだから、成功する可能性も全くないとは言えないわ。どちらにしても、とりあえずやって見る価値はあると思うわ」
「そうか、それなら、試すだけ試してみてくれ」
エイクは、そこで一旦言葉を切ると、全員に向かって改めて声をかけた。
「それと、意見を聞きたいことがある。“虎使い”の動きについてだ。“虎使い”が、ケルベロスを使って俺を襲撃した後、何の動きも見せないのはなぜだろう?」
エイクはそんな問いを口にした。
実際それは不自然なことだった。
あの襲撃の後間もなく、エイクはゴルブロ一味と全力で戦う事になった。もし“虎使い”がエイクを攻撃しようと思うなら、絶好の機会だったはずだ。
「それについてなのだけれど、その襲撃事件の後“虎使い”はかなり動きにくい状況になっているようよ。
ちょうどその頃ゴルブロの情報が入ってきて、そちらの調査に集中していたから、最近まで知らずにいてしまったのだけれど、梟の連中が盛んに動き始めたらしいのよ」
「梟というのは?」
「闇梟隊。国軍の裏方専門の精鋭部隊のことよ」
「なるほど。しかし、今になってなぜ調査し始めるんだ?」
エイクは訝しげにそう問うた。
その問いに対する意見をアルターが発言する。
「今までは秘匿性を重視して目立たない程度に調査していた。
ところが、“虎使い”が未だにこの国で策動している事が明らかになったので、より大々的に調査をすることにした。そう考えればつじつまは合いますな」
「或いは、そういう口実で、敵対派閥を探っているのかも知れないけれど」
セレナが付け足す。
「実際、闇梟隊が主に調査しているのは、反ルファス派の者達のようよ」
それはつまり、闇梟隊が、ルファス公爵派の為に動いているのかも知れないという指摘だった。あり得ない事ではない。
エーミール・ルファス公爵が軍務大臣にして軍総司令官である以上、その指揮下にある国軍の部隊は、ルファス大臣の意に従って動くことになる。そこに、ルファス大臣個人やその派閥の意向が働く事はあり得る。
そして、部隊の性質上、行動の内容が秘密とされている闇梟隊は、その傾向が顕著だと見なされている。ルファス公爵が私的に運用しても、その事実が明るみに出ないからだ。
更にセレナが話を続けた。
「そしてそれに応じて、内務局の調査部門も動き始めているわ。実質的に闇梟隊に対する対抗措置でしょうね」
「なるほど、内務大臣のキルケイト子爵は反ルファス派の重鎮と目されている人物。ルファス公爵の意に従って動いてるだろう闇梟隊に対抗するつもりということですかな」
アルターがそう応じる。
「そういうことでしょうね。
元々内務局の調査部門はそれほどの規模ではなかったのだけれど、最近は派閥の力を結集して増強しているようで、その実力は侮れないわ。
その上更に、通常の捜査を担う炎獅子隊からも面倒なのが出張ってきている。処刑人クリスティナよ」
セレナは不快気な様子でそう告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます