第82話 断罪と処断

 アルマンドが目を覚ましたのは、“大樹の学舎”を構成する建物の中の一室だった。

 彼の正面にはバルバラが立っている。バルバラの右にはラクリーサがおり、左斜め後ろにアルターが控えていた。


 アルマンドは縄で縛られたまま床に座らされている。

 そして、左右からエミリオとファビオによって肩と腕を掴まれて拘束されていた。彼らが身体を揺すってアルマンドを起こしたのだった。

 アルマンドの右にはセシリーが、左にはグラシアとナタリアが立っている。

 エイクに仕えるようになった者達も全員この場にそろっているのだ。


 その全ての者が厳しい表情を作っている。いつもは不自然なまでに優しげな表情を絶やさないバルバラでさえ同様だった。

 そしてアルマンドには真後ろにも人がいる気配が感じられた。

 アルマンドの背後にいたのはオルリグだった。彼だけは冷めた平坦な表情を浮かべている。


「なぜだ、ラクリーサ!!」

 アルマンドはそう声をあげて、ラクリーサに問いかけた。

「お前だってこいつのせいで苦労をしていた。こいつを憎んでいたはずだろう!」


「お兄ちゃん、私の事を勝手に決めつけないで。私はバルバラ先生を憎んだことなんてない。それどころか、お兄ちゃんが先生を憎んでいるとも思っていなかった。

 お兄ちゃんは私には良くしてくれていたけど、いつも事前に何かを説明したり相談したりはしてくれなかった。いつも何か結果が出た後で私のところに来て、成功したとか失敗したとか報告してくれるだけ……。

 ……まあ、だから、オルリグからお兄ちゃんが裏切ったって聞いた時、それがどんな結果になったとしても、生きていればきっと私のところに来ると思ったのだけれど……」


「それで俺を嵌めたのか」

「そうよ。もしも先に相談してくれていたなら、私は馬鹿な事をしないようにお兄ちゃんを説得した。

 でも、実際に凶悪な盗賊に学舎の情報を伝えて、攻撃させるなんて事をした後では、もう取り返しがつかないもの」

「説得だと! 説得なんかされるわけがないだろうが! 俺の弟はこいつのせいで死んだ。殺されたんだ。お前こそ、何でこいつを憎まずにいられるんだ!」


「お兄ちゃんこそ思い出して。4年前私たちが働きに出た時。私たちは納得していた。

 もう6年間も養ってもらっていた学舎の危機だったし、一番年上だった私たちが小さい子たちの為に頑張るしかないって分かっていた。

 実際に働き始めると、それは確かに想像していたよりも苦しかった。でも、騙されたわけでも強制されたわけでもない。

 それに、あの時苦労したのは私たちだけじゃあないわ。

 アルターさんも身を粉にして働いていたし、バルバラ先生は、自分を犠牲にしてあらゆる手段で必死にお金を稼いでくれていた。そのことはお兄ちゃんも知っていたでしょう?

 カサンドロお兄ちゃんが死んだのは悲しかったけれど、それはバルバラ先生のせいじゃあない。私たちみんなの力が足りなかったのよ」


「黙れ! 裏切者め!」

 アルマンドがそう叫びラクリーサの言葉を遮った。

 そのアルマンドにバルバラが厳しい声で告げる。


「裏切者はあなたです。アルマンド。あなたは自分の利益の為にエイク様や弟妹を売った薄汚い悪党です」

「違う! 俺は弟の復讐をしようとしたんだ!」


「ならばなぜ私1人を狙わなかったのですか。

 あなた達を働かせて、食べ物も薬も幼い子たちに優先して与えると決めたのは私です。その私の行為によって、あなたの弟が死んだ。それは事実です。その復讐なら、私1人を狙うべきでしょう」

「それは……」


「私はこんなことになるまであなたを疑っていませんでした。ですから、この4年間の内に私1人を殺す機会はいくらでもあったはずです。でもあなたはそうしなかった。

 そして今になって、エイク様を巻き込んで裏切った。それはエイク様という強い力を持つ方に信頼され、そしてエイク様がゴルブロというやはり強い力を持つ者と争うようになったから。

 つまり、裏切りによりゴルブロに取り入る事が出来るようになったから。裏切り行為が高く売れる機会が到来したからです。

 あなたは、ゴルブロというこの街の裏社会を容易く支配し、場合によっては国全体の裏社会を制するほどの力を持った者にすり寄り、その下で自ら富貴を楽しむ為に裏切ったのです」

「違う、違うッ」


「いいえ、違いません。

 あなたがどれほど否定しても、あなたの行いはエイク様からゴルブロへの寝返りであり、私へ危害を加えようとした事はそのついでにしかなっていません。

 そしてあなたは、そのついでの為に幼い子供たちに危害を加える事すら躊躇わなかった」


「違う! 俺はカサンドロに誓ったんだ――」

「自分の悪辣さと罪深さを誤魔化すために、弟の名を使うのは止めなさい」

 バルバラはそう言い切って、アルマンドの反論を封じた。

 そして更に言葉を続ける。


「あなたがカサンドロの死を深く悲しみ、強い怒りを抱いた事まで否定するつもりはありません。それは真実の感情だったのでしょう。

 その事については私に咎があります。あなたに寄り添わずにいてしまったのだから。

 私やアルターさんは、今までに親しい者が理不尽に死ぬ事を幾度か経験し、その悲しみを乗り越えてきました。

 だから、あなたも弟の死を同じように乗り越えたのだと思って、あなたが隠していた本当の気持ちに気付かず、それに寄り添わないでしまった。

 これは、あなたを養育する者としての私の罪です。あなたは深く傷ついていたのでしょう。

 ですからあなたは、この事について私1人を責める正当な権利はあります。

 ですがその事は、何の関係もないエイク様を害したり、罪なき弟妹を犠牲にしたりする理由にはなりません。

 そしてあなたは、そんなひどい裏切りを実際に行った。今のあなたは復讐者ではなく、ただの悪党です」


「黙れ! 今更お前にくどくど説教されるつもりはない。さっさと俺を衛兵に引き渡せばいいだろうが!」

 アルマンドは反論をせずにそう言った。彼には反論の言葉を思いつく事が出来なかった。


 バルバラもまた、それ以上の糾弾を止めて告げた。

「何を言っているのですかアルマンド。

 私はあなた方がエイク様に仕えるようになった時に言ったはずですよ。いえ、それ以前にも何度も教えていました。背信行為は死に値する罪だと。

 また、エイク様も既に断を下しています。裏切り者には死あるのみ、と。

 そして私は、あなたを処断するのに、他人の手を煩わせるつもりはありません」


 そこまで言われて、ようやくアルマンドはバルバラの意図を悟った。

「な、何を言ってやがる。まさか、そんな……」

 それでもなお、アルマンドはそんな言葉を口にした。


「アルマンド。あなたに出来る事は、もう一つしかありません。

 それは、死を持って裏切者の末路を示して、後の戒めになることです」

 ついにバルバラはそう言い切った。


「う、嘘だろ!? た、助けてくれ。助けてくれアルターさん」

 アルマンドはアルターに向かって助けを請うた。

 彼の行為はある一面では正しかった。

 今この場にいる者の中で、アルマンドに対してもっとも同情的だったのはアルターだったからだ。


 しかし、実際にはその行為は全く間違っていた。

 この場にいる者の中でもっともアルマンドに同情しているのもアルターだったが、同時にもっとも感情に影響されずに行動する者もアルターだったからだ。


 アルターはいつもと全く変わらない口調でアルマンドに告げた。彼はやろうと思えば、自分の感情が表に出るのを完全に断つことも出来た。

「アルマンド、自分のしたことを客観視してみなさい。

 あなたはエイク様を罠にかけて殺そうとした。その時、自分自身でもナイフを手にしたそうですね。

 そして、ゴルブロ一味の悪辣さを知り、彼らがここを襲えばどんなことが起こるのか分かっていた。その上で、彼らをここにけしかけた。

 これだけの事をしておきながら、自分が殺されないと思っていたとは、自覚が足りません。

 確かに法的に正しいのはあなたを衛兵に引き渡す事です。我々の行いは不法な私刑と言わざるを得ない。

 ですが、あなたも知っているはずです。私たちが、法よりも己の信念を優先する集団だということを」


「助けてくれ!」

 それでもそう叫んだアルマンドの頭部を、後ろに立っていたオルリグが掴む。

 そして、無理やり口を大きく開かせ、木の棒を口内に入れ、つっかえ棒のような形で上顎と下顎の間に差し入れて、口を閉じることが出来ないようにした。

 更にその顔を上に向け、身動きが取れないようにがっちりと押さえこむ。


 バルバラが呪文を唱える。

 するとアルマンドの顔の上に、鍋1つ分ほどの水球が現われた。

 氷水の精霊を用いた精霊魔法だ。

 アルマンドの目が恐怖によって見開かれる。

 その水球は直ぐに下に落ち、多くの水がアルマンドの口の中に入った。


「グボッ、ゴフォ、ガハァ」

 そんな音を立ててアルマンドが激しく暴れた。

 しかし、3人がかりで抑え込まれた状況から脱する事は出来なかった。


 周りでそれを見ている女子たちは、流石に顔色を青ざめさせている。しかし目をそらす事はなかった。

 ラクリーサも正面からアルマンドを見ている。


 そして、バルバラがもう一度同じ呪文を唱え、再度アルマンドに水が浴びせかけられる。

 更にもう一度同じことが繰り返され、ついにアルマンドは動かなくなった。

 彼は息絶えていた。


「死にました」

 オルリグがそう報告する。


「そうですか」

 バルバラはそう返した。

 そして、エイクに仕えるようになっている者達を見渡して更に告げる。その声はいつも通りの優しげなものになっていた。


「さあ、あなた方はこの事を教訓にして、いっそう誠実にエイク様に尽くすのですよ」

 その言葉を受け、全員が頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る