第3話 娼館の主

 リーリアによると、その“精霊の泉”の店主という男が告げた訪問の理由は、お礼とお詫びを言いたい。許されるならお礼の品とお詫びの品もそれぞれ受け取ってほしい。

 それからお願いしたいこともある。という事だそうだ。


 実のところエイクは、1時間ほど前から来客が居た事をオドの感知によって承知していた。

 その事を自分に伝えないのは、自分に関係ない客なのかそれとも隠したい客なのか、などと勘ぐっていたのだが、単純に鍛練が終わるまで待たせていただけだったようだ。


 エイクはグロチウスを捕らえた時に一緒に捕らえた、娼館の店主と名乗る者の事を思い出していた。

 その男は、ガクガク震えながら、自分は被害者だから助けて欲しい、と必死に訴えていた。

 あの気が弱そうな男なら1時間くらい黙って待っているということもあるだろう。


「どういたしますか」

「……会おう」

 リーリアの再度に問いかけに、エイクは少しだけ考えてそう答えた。


 相手が既にこの家に来ていて、直ぐに話せるなら無駄に時間を取られることはない。

 また、礼はともかく詫びや願いというのが何のことなのか気になるし、何かをくれるという話しにも、正直に言って心惹かれた。

 何しろ、今後必要な物は多いと丁度考えていたところだったからだ。

 それに、今来ているのが“精霊の泉”の店主だというならば、気になる事もあった。

 いずれにしても、会って話しくらいは聞くべきだろう。




 エイクが居間に入ると、待たされていたその男は椅子から飛び上がるように立ち上がった。

「お、お時間を取っていただきありがとうございます」

 そして、早口にそう述べて深々と頭を下げた。

 男は40歳代中ごろに見えた。背丈は人並み程度で、体格はやや痩せている。栗色の髪には白いものが目立ち始めていた。温和そうな顔立ちだが、全体に疲れているように見えた。 

 確かに、エイクがグロチウスの根拠地に踏み込んだ際に、自分は娼館の店主で被害者だと主張していた男だった。


 男はエイクに着座を勧められてから椅子に座りなおし、語り始めた。

「ロアンと申します。“精霊の泉”の店主を務めています。

 長らくグロチウス達に店を乗っ取られていましたが、エイク様のお力で助けていただきました。誠にありがとうございます」


「エイク・ファインドです。冒険者をしています」

 エイクは一応そう名乗り、そして気になっていたことを最初に聞いた。

「よくこんなに早く釈放になりましたね」

 あの夜、エイクによって拘束されたロアンは、グロチウスらとともにハイファ神殿に引き連れられて行った。

 ロアンはエイクに自分は被害者だと主張していたし、神殿に対しても同じように主張したのだろう。

 しかし客観的に見れば、ロアンはグロチウスに根拠地と資金を提供していた者であり、むしろ“呑み干すもの”の主要人物と思われる方が普通だ。

 それが、これほど早くに釈放されるものだろうか?


「は、はい、実はその、少し前から“呑み干すもの”の内偵調査に入っておられた審問部に属するハイファ神官様がおられまして、私は以前からその方に協力させていただいていました。

 自分の為にも、世の中の為にもグロチウス達の行いをそのままには出来ないと思っていたので。

 まだまだ独自に告発するところまでは行っていなかったのですが、今回の件では、私が用意していた資料も証拠として使っていただきまして、調査協力者として認めていただき、私にも店にもお咎めなしとしていただいたんです」


 その説明を聞いても、エイクはまだ不審に感じた。

 彼がユリアヌス大司教に最初に事情を説明した時、ユリアヌスは“呑み干すもの”の存在を全く認識していなかったからだ。

 だが、そういうこともあるか、と思い直した。


 ユリアヌスはこの国のハイファ神殿全体を統括する立場だ。末端の神官がどのような活動をしているか1人1人把握しているはずがない。

 調査の進捗状況にもよるのだろうが、まだまだ告発まで行かないという状況なら、報告がユリアヌスまで上がっていないということもあるのだろう。

 大きな組織とはそういうものかも知れない。そう考えたのだ。


 ちなみに、審問部というのは、その名の通り、ハイファ神殿内の闇信仰審問に関わる部署で、社会を乱す闇信仰信者の取り締まりも行っている。

 必然的に犯罪捜査に近いことを行うようになり、国とは自主独立を原則とする神殿の中にあって、例外的に衛兵隊との関わりが深い部署である。

 “呑み干すもの”に関する一連の騒動の中で、ハイファ神殿が衛兵隊の動きを掴んだり、フォルカスに不満を持つ衛兵と速やかに接触できたりしたのは、この審問部と衛兵隊の日頃からの関係あってのことだった。


「それは、良かったですね。

 それで、礼というのが、私がグロチウスを倒した事についてなら、謝罪というのは何の事ですか?」

 エイクは早々に次の話題へと話しを進めた。


「実は、その、エイク様の名前を勝手に使ってしまいまして……」

「どういうことです?」


「私どもの店は、長い事グロチウス達に乗っ取られていましたが、見方を変えればその庇護下にあったとも言えます。

 それで、そのグロチウスたちがいなくなったので、代わりに店を支配しようと幾つかの盗賊ギルドが早速ちょっかいをかけて来たんです。

 普通はそういうことがないように、有力者の方に庇護してもらったり、自前で十分な用心棒を雇ったりするのですが、私どもにはそういった物を用意する伝手も時間もなく……。

 それで、その、この店はグロチウスを倒したエイク様の庇護下に入っている。手出しをすると偉い事になるぞ、と言って追い払いまして……」


「な?!」

 エイクは驚き、思わず声を上げた。それではエイクの名前で、勝手に複数の盗賊ギルドに喧嘩を売った事になる。


「貴様。なんて事を……」

「誠に申し訳ありません!」

 怒りを顕にするエイクの機先を制するかのように、ロアンがまた深々と頭を下げ謝罪した。

 そして、続けざまに言い訳を言い募る。


「申し訳ありません。ですが、エイク様が心配するような事にはならないと思います。この街の盗賊には、エイク様に突っかかることが出来るような者はいません。もともと、この街にはそれほど優秀な盗賊はいませんでした。その上、その盗賊たちの中の主だった者たちも、グロチウスにやられてしまって、今残っているのは更に実力が下の者ばかりです。

 例えば、うちに真っ先にちょっかいをかけてきたのは、グロチウスの下で密偵頭を務めていたレイダーという男です。こいつは、グロチウスの配下だった盗賊の生き残りをまとめて自分の盗賊ギルドを立ち上げ、グロチウスに成り代わって私どもの店を支配しようとしました。そのレイダーという男は、エイク様がグロチウスを討った時に、エイク様に切られて悲鳴を上げながら逃げた男です。あの程度の男でも、今のこの街の中では有数の盗賊なんです。私ども素人にとってはそれでも怖い相手ですが、エイク様に歯向かうことが出来るような者ではありません。エイク様に実害はないはずです」


 エイクは一気にまくし立てるロアンの勢いに口を挟む事ができず、ただ話を聞くことになってしまった。

 だが、その内容には納得出来るものを感じていた。


 エイクから見て、グロチウスという男は、そこまで優秀な人間とは思えなかった。実際先の戦いでは、奴の失敗に助けられた面もあった。

 しかし、そのグロチウスが幾つもの盗賊ギルドを潰し、この街の裏社会を支配しつつあったのも事実だ。

 このことを見るだけでも、この街の盗賊はそれほど優秀ではない、という話には現実味があった。

 盗賊ギルドというだけで絶対に手を出してはならない存在と思っていたのは、虚像を恐れていただけだったのかもしれない。

 エイクはそう考えた。


「もちろん、だからと言って許される事ではないと承知しています。エイク様には謝罪の品をお受け取り頂ければ幸いです」

 ロアンはそう続けた。

 エイクは代わりに相応の品をもらえるならばそれで構わないかと思い始めていた。


「具体的に何をもらえるんだ?」

 エイクはそう問うた。

「こちらに目録が」

 そう言ってロアンは懐から一枚の紙を取り出し、エイクに渡す。


「グロチウスがため込んでいた物の一部です。彼らの所有していた金品はハイファ神殿が接収しました。

 被害者に分配されるとのことでしたが、私もその被害者の一人という事で、幾ばくかの品物が残されたんです。そのうち冒険者の方の役に立ちそうなものをまとめました」

 ロアンはそう説明した。


 その紙には上級の回復薬、身体欠損回復の霊薬、各種護符、マナの代わりに使える魔石、爆裂の魔石など特殊効果のある魔石、記録の水晶球、といった品名が書かれていた。

 どれもかなり高価な品であり、あって損になるものではない。

「いきなり持ってきても邪魔になるかと思いましたので、私どもで預かっていますが、言っていただければ直ぐにご用意いたします」

 ロアンがそう付け加える。


「……頂いておこう」

 少し考えたが、遠慮しても仕方がないと思い、エイクはそう答えた。

 そして話を進める。

「お願いというのもあると聞いたが」


「はい。あの、その、大変厚かましいお願いなのですが、実際に私どもの庇護者になっていただきたいと思っておりまして。

 エイク様の庇護を受けているという話が嘘だとばれれば、盗賊たちはまたやって来てしまいます。

 そうならない為にも是非エイク様のお力添えをいただきたいと……」


「つまり、俺を用心棒として雇いたいと?」

「いえ、私どもがエイク様を雇うのではなく、私どもがエイク様に庇護していただく、言い方を変えれば、私どもがエイク様の配下になるという事です。

 私どもがエイク様を雇っている形だと、エイク様がいないときに私どもを襲って雇用契約を破棄させてしまえばよいという事になります。少なくともそう考えて襲ってくる盗賊はいるでしょう。

 それを防ぐには私どもがエイク様の配下としてもらうのが一番良いのです。そうすれば、私どもに手を出す盗賊などいなくなります。なにとぞお願いできないでしょうか」

「……」


 エイクはその話に魅力を感じた。

 そういう事になれば、グロチウスらが受けていた上納金に当たるものを、今後はエイクが受け取る事になるのだろう。それは相当な額の定期収入が得られる事を意味する。

 これだけでもエイクにとって意味は大きい。


 それにエイクは、レイダーというグロチウスの密偵頭だった男の事を聞き、心中思うところがあった。

 その男は、父が殺された時にグロチウスと共にその場にいた者の一人だったはずだ。この事実だけでもその男はエイクの敵だと言える。

 そんな男が盗賊ギルドの長におさまっているとなれば、エイクとしてはそれをそのままで済ませるわけには行かない。


 それに、ロアンはレイダーの事をエイクに歯向かうことが出来るような者ではない、と語った。だが、その言葉を真に受けるのは楽観的過ぎるというものだろう。

 レイダーの側でも既にエイクを敵として認識していたならば、レイダーの方からエイクを狙って来る可能性も十分に考えられる。


 そう考えると尚の事、そのレイダーが支配しようとしている娼館を自分が支配することは有意義な事だと言える。エイクはそう考えた。

 なぜなら、それによって敵が資金源を得て強くなるのを妨げ、逆に自分が資金源を得る事になるからだ。

 どちらにしても悪い話ではないだろう。


 そう思ったエイクは確認のために聞いた。

「その話しを受けると、俺にはどんな得があるんだ」

「お金です。お金を提供できます。ある程度は」

 予想通りの金銭提供の提案だった。


「ある程度というのは幾ら位なんだ?」

「最大で40万Gほど……」

「ッ!」

 だが、その金額は予想を超えていた。エイクは一瞬息を飲み、問い返した。


「それを毎年?」

「いえ、月です。あの者達には毎月平均そのくらい収めていましたから」

「……」

 エイクは今度こそ言葉を失った。

 今までのエイクの稼ぎは、月1千G行くか行かないか程度でしかなかった。


 黙ってしまったエイクに対して、ロアンは慌てて話を続けた。

「あ、あの、とは申し上げても、これは本当に、本当に、最大限の集めた金額でして。

 その、本来なら店の娘達にはもっと報いてあげたいところでして。本当に皆頑張ってくれておりますので。

 その、もし、もしも、お許しいただけるなら、ここから1・2割程度を、そういった方に回したいと思っておるのですが、もちろんお許しいただけるならですが。

 ただ、そうした方がですね、娘達のやる気も出ますし、新人も育て易いですし、長期的にみればですね、その方が利益を出せると思われますが……。いかがでしょうか?」

 ロアンはまた一気にまくし立てていたが、礼を失する態度だと気付いたのか、途中でトーンが落ち、最後には消え入るような声でそう言った。


「それは、そう判断するならかまわないが……」

 そう答えたエイクは、自分が金を受け取る前提で話しをしている事に気付いていなかった。


「それから、他にもカガル神殿にはある程度の寄進と、定期的な契約が必要かと。

 その、娘達の健康と、予期せぬ妊娠予防の必要もありまして。

 それから同業者との付き合いや、衛兵隊他の関係官庁との円滑な関係作りのためにも……。

 その、そういったことを考えればもう1・2割ほど……。

 いえ、これも絶対必要ではないのですが、その方がお手を煩わせる事が少なくなくなるかと……、その、絶対必要なわけではありませんが……」


「半額位になってもいい。その代わり俺に手間をかけさせないでくれ。

 特に重要な事以外は報告の必要はない。それでいいなら、その庇護者というのになってやる」

「20万Gであれば必ず何とかしてみせます。ありがとうございます」


 エイクはあっさりロアンの提案を受諾してしまった。

 この時エイクは、明らかに舞い上がっていた。

 金が欲しいと思っていたところに、文字通り桁違いの収入の提案を受け、飛びついてしまったのだ。

 彼はその娼館の持ち主になるという事の意味を、深くは考えていなかった。

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