ネクストステージ!

 この大陸において、人族は一番弱い種族である。

 人口だけは多いが、正々堂々、真っ向からの搾取をされている。

 女神の慈悲による恩恵を、一身に受ける神聖国。

 その国の大聖女率いる神聖騎士団を核として、各国の数少ない英傑たちが連携して頑張ってはいるが、いかんせん守るべき民が多すぎる。

 手が届かないというのが現状だ。

 そして、此度の魔王襲来に乗じて、悪巧みを企てる悪人たちがいた。

 精霊術に長けたエルフ族と半不死の肉体を持つヴァンパイア族だ。数多の人類の中でも最強を誇るツートップの種族であり、人族を家畜扱いしている外道共である。

 国境を超えての掠奪行為など日常茶飯事、攫った人族を繁殖して奴隷の養殖を商売にしているくらいだ。

 そして今、この戦場の端にて、その二種族の合同部隊が、虎視眈々と獲物を狙っているのだった。



 エルフとヴァンパイアの拉致専門部隊、それぞれ十名ずつの合わせて二十名の精鋭たちが、遠目から獲物を眺めながらの最後の打ち合わせをしていた。


 長耳美形を特徴としたエルフのリーダーがニヤリと口端を上げて、筋骨隆々な三メートルを超える大男、ヴァンパイアのリーダーに言う。


「見たかよ、吸血鬼の頭よ。

 馬鹿共は魔族の雑魚どもを全て排除したからって完全に気を抜いたな。

 もう終わったと思っているんだぜ。

 一部を除いて全軍が引き上げやがった。

 人族など、数が多いだけの無能な種族よ。

 その数を失った今が、致命の刻と知るが良い」


「クックック、ああ。

 待ちは正解だったな。極上の結果だ。

 残ったのは神聖国の最精鋭共、聖女とそれを守る盾役の聖騎士のエリート部隊だ。

 最上級のレアな奴隷となるだろう。

 繁殖に回したとしても、それなりに優秀な家畜が次々と産まれてくるはずだ」


「アイツは、まぁまぁ強いから激しく抵抗してくるだろう。

 万が一だが、逃げられそうになったら殺せ。

 奴らが居なくなるだけでも、後の狩りが楽になる。

 狩りたい放題だ」


「おいおい、勿体ない事言うなよ、お前たち。

 その為に大精霊を連れて来たのだろうが」


「まぁな。既に配置に付いている。

 遠路遥々と、ここまで連れてくるだけで一苦労だったぜ。

 せめて元を取れるよう、なるべく生捕りにするつもりだが」


「だったら、お願いだから殺すなよ。

 それと、獲物は山分けだからな」


「わかっているさ」


「では、手分けして追い込むぞ」


「ああ、追い込み漁だ」


 それぞれ二手に分かれて、獲物が逃げないように慎重に近づいていくのだった。


 ◇◇◇◇◇◇



 不穏な気配を孕みつつ、場面は戦場、人族側の視点へと移る。


 聖女四人と聖騎士十名で構成された神聖国最精鋭部隊は、かつてない危機に瀕していた。


「襲撃だ!」


「何?!」


「十間先、突としてデカい木の化け物が現れた!

 アレは強烈なブレスを吐く。

 距離が離れていても油断するな!」


「盾持ちを前にして陣を組むぞ!」


「おいおいおいおい!

 待て待て待て!

 西と東、それぞれからも怪しい一団が現れたぞ!」


「何?!」


「魔族ではないな!別の種族だ。

 距離はまだ遠く三十間だが、コチラを囲むように近づいてくる」


「逃げ道を塞ぐつもりか?!」


「クッ、コイツら何処から湧いてきた?!

 一体どうなっているんだ?!」


「聖眼で確認した。エルフとヴァンパイアだ」


 聖眼、ローズさんの神眼から八段くらい下位互換した聖女専用の術で、遠目からの鑑定をする事が可能だ。

 言ったのは、この隊の隊長、聖女の序列は二位、名はクリスティ。

 四十代にのったばかりの壮年の美女だ。

 聖女は女神からの恩恵をいっぱいいっぱい貰っているので、皆が一様に美貌の持ち主だ。

 実際そうでないとやってられないというのが彼女たちの本音である。

 聖女様はお忙しいのが常である。

 しかし孤児支援の政策を大本としているため、例え聖女であってもお給金はさほどではない。国では最上位の方だが、他国と比べれば雲泥の差、安月給と言える。

 それは、国主である大聖女であっても例外ではない。仕事量に比べれば、大聖女の方が圧倒的に割に合わない。

 まぁ、元孤児である彼女たちは、その政策のおかげで保護を受け、そして引き上げて貰ったという大恩があるので、文句などは無いが。愚痴は常に口にするけど。


 数刻前。

 アンデッドの群れを掃討して早々に、大将軍によっての退却命令が下された。


「全軍!城塞都市まで下がるぞ!急げ!」


 なんだか興奮した大将軍が、ポッと頬を染める大聖女を抱き抱えながらの言葉だったので、あ、なんか色々と我慢出来ないんだな、と、皆が察してしまったが。

 一応最後の仕上げにと、この部隊だけが残り、戦場の浄化作業に従事していたのだ。

 アンデッドは倒しても、この浄化を怠ると、再び復活してしまう恐れがある。

 城塞都市には多くの人々が住んでいる。兵たちを支えてくれる大事な住人だ。危険を放置しておく訳にはいかない。

 そうして、無事に戦場の清めを終えた途端に、突としての襲撃を受けたのだ。

 これで全滅したら、性欲に駆られた大将軍と大聖女を恨んでも良い。アンデッドになって復讐しても良いと思う。


「おい!状況を確認するぞ!

 南の城塞都市方面、逃げ道を塞ぐように現れたのは木の化け物だ。

 距離は百五十か。そこで動きを止めている。

 それだけではない。

 西からはエルフ、北からはヴァンパイア、共に十ずつで距離は五百だ。

 奴らはコチラを追い込むように、ジリジリと距離を詰めてくる。

 何とか道を切り開いて、全員で生還するぞ!」


 神聖国の聖騎士団は人族の中では最強格だ。

 特に聖女は勇者と並んで他種族の脅威として認知されている。

 戦後の疲弊している今、それを一掃する絶好の機会という訳だ。


 護衛隊長であるリーフ、三十代半ばの金髪イケメン聖騎士が、舌を打ち鳴らす。


「チッ、木の化け物、アレは大精霊の類いだ。

 大方、エルフ共の仕業だろう。

 全員、防御態勢を取れ」


 城塞都市方面で道を塞ぐのは五メートルオーバーの木の化け物。

 エルフが木の精霊王から借り受けた大精霊である。

 エルフ族との諍いでよく目にする類いで有名だ。

 ただいつも見るモノよりも、二倍は大きい。


 その異形の姿を苦々しく見やっていたクリスティが声を張り上げた。


「おい!木の化け物が息を吸い込む仕草を見せた!

 ブレスが来るぞ!結界でやり過ごせ!」


「応!」


 ただちに、十人の聖騎士たちが最前列で大楯を並べて腰を落とし。


「【大楯グレイトシールド】」


 聖騎士特有の防御魔法で、大楯の前面に強固な防御術式を構築した。


 続いて、その背後。


「合わせろよ!」


 四人の聖女が杖を高らかに掲げて声を合わせる。


「「「「【大結界】!」」」」


 光の膜の四重奏が前面で並ぶ大楯を囲い、完全防御態勢が完成したところで、木の化け物が緑色の奔流を吐き散らす。


 ブオオオオオオオオオオオオ!


 怒涛のブレスが一直線に一団を襲いかかったが、完全防御態勢がシャットアウトする。


「良し、大丈夫だ。途切れたところで一斉に仕掛けるぞ!」


「応っ!」


 ところが、しかし。


「こ、このブレス、いつ終わるのだ?!」


 そう、終わらない。

 そのブレスが止まる事を知らず。

 木の化け物はそのまま極太のエネルギービームを吐き続けた。


「ぐ、う、う」


 強烈な圧に耐え続けるイケメン盾持ち部隊。

 シャットアウトはしているが、釘付け。

 そこから何か講じるだけの余裕などなく、そのままの状態の維持だ。

 対龍を想定しているこの強固なる陣形は、龍のブレスをやり過ごした後に、返す刀で反撃に移るというものである。

 聖騎士たちの大楯を構えた鉄壁の防御術に、聖女たちの結界術を重ね合わせて補強した合体技だ。

 龍の強烈なブレスでも打ち破る事が出来ない見事な防御力なのだが。

 少しでも陣形が乱れれば直ちにその効果を失ってしまう。

 故に動けない。

 完全に釘付けとされる、そんな最中。

 エルフとヴァンパイアの二方面からの接近を許してしまい、三方向からの包囲網が完成してしまう。


「まずいな。もう逃げられない」


 この最悪の状況に、もう貰ったとニヤけるヴァンパイアの指揮官がエルフの群れに向かって声を張り上げる。


「おーい!エルフよ!獲物は半分ずつだ!」


「殺すなよ。生捕りだ」


「わかっているさ」


「チッ、好き勝手言いやがって」


 だが、手も足も出せずに身動き出来ない、このまま挟撃されたら、たちまち詰むという状況。


 絶対絶命のこの場面に、聖女クリスが苦々しく舌打ちをした後、しかと厳命を下す。


「おい!全員、覚悟を決めろよ!」


「応っ!」


 覚悟。何の覚悟とは言わなくとも全員が理解する。

 それは死ぬ覚悟だ。

 捕まるくらいならば命を捨てろという意味。

 このまま捕まり、エルフの奴隷として、こき使われるくらいならまだ良いが、問題はヴァンパイアだ。

 吸血鬼には眷属にして洗脳するという特殊能力がある。

 過去に聖女聖騎士の一団がヴァンパイアの手に落ちた時は、眷属にされたのちに、刺客として母国へと送り込まれ、そして未曾有の大虐殺を巻き起こした。

 まさか自分が、と首を振り、その時は喜んで自決すると心に誓う。

 恩ある母国を、家族を裏切る訳にはいかない。


「クックック。あと、少しだ」


 城塞都市への直線ルートを未だブレスを吐いている木の化け物に、その左右からエルフとヴァンパイアの一団が回り込めないように立ち塞がり、ゆっくりと距離を詰めて来る。

 ジリジリと追い詰められていく聖騎士団。

 絶対絶命だ。


 ――後ろに下がれば完全に詰む。ならば前へ。


 後退するのは愚策だと判断したクリスティは、最終司令を下す。


「全員、魔力を全力で練り上げろ!

 一当てした後、一斉に散会して城塞都市を目指せ!

 いいな!追いつかれた奴から自決しろよ!」


 出された指令は自殺するのも辞さない衝撃の中央突破だった。


 全員が悲壮な面持ちで、顔を見合わせてコクリと頷き合い、そして、バッドエンドへの覚悟を決める。

 それは愛溢れる悲劇の物語。

 そこへ至ってしまうという致命の覚悟だった。


「応っ!」


 ――やってやるぜ(わ)!


 この場にいる全員。

 十四人全員が、致命となる選択をしていた。

 世界中から孤児が集まってくる国、それが神聖国だ。

 国民全員が家族というスローガンを掲げているこの国は慈愛の心に満ちている。

 自分よりも家族を何よりも優先としている。

 特に軍部で働く者たちは異常者と言っても良い。

 さらには。

 この精鋭部隊は、幼い孤児院時代からの付き合いで、そこから厳しい修練時代を挟み、やがては此度の任務に至るまで、常日頃から一緒に行動をしているという、本当の家族よりも濃密な時間を共に過ごしたという関係だ。

 その絆は本物の家族よりも強いモノへと強化されている。

 それは究極の家族愛と言える。

 自分だけが死ぬことに何の躊躇もなく。

 この場にいる誰もが自分だけを犠牲にして、仲間を、愛する家族たちを生かそうとする考え。

 皆が散会した瞬間に、自分一人だけで敵陣へと突っ込み、練り上げた魔力で自爆してやると、全員が神風特攻隊の想いに至っていた。


 ――いいな、絶対に逃げろよ、皆んな。


 なんとも愚かだがしかし、それでも美しい、そんな決死の全滅バッドエンドとなる策が決行されようとした、まさにその時。


 突然の襲来イベントが勃発する。


 遥か上。

 大空からナニカの落下音が耳に響く。


 ヒューーーーン!


 視界前方に、黒い巨大なナニカが落下してきて。


 ズドーーーーーーーン!!!!!


 巨大なナニカ、それは大怪獣だった。

 ブレスと聖騎士団の間に割って入る形で、地響きを立てて登場したのだ。

 力強く着地をした後、大怪獣は大きく息を吸うと、それを一息に吐き出した。


「グオオオオオオオオ!!!!!」


 ビリビリと大地を揺るがす大咆哮。


「っ!」


 そのド迫力の圧倒的な威圧に、全員が背筋を伸ばして硬直する。

 一目で理解する。

 それは神と並び立つモノだ。

 その絶対強者のいきなりの登場に、誰もがびびってしまい金縛りとなる。


『クックック』


 大怪獣は、シーンと静かになったことに満足すると、満を持してのお気に入りの台詞を吐き散らした。


『我に飛び道具は効かーん!グワッハッハッハ!』


 果たしてその正体は、十メートルを超えるザ・キングコング、闇の精霊王であられる夜叉猿様だ。


『ぬるいわ!グワッハッハッハ!』


 グワっと開いた大口の大笑いで極太ブレスを軽く受け止めてしまうと、そのままガブガブと飲み込みながら、木の大精霊との距離を詰めて行く。

 悠然と、それはまさしく王者の行進。

 ドス黒いオーラを纏う筋骨隆々の巨体を、肩を怒らせながら練り歩いていく。

 のっしのっしと。

 翠緑の怒涛など、喉を潤しているかの如く、まるでモノともしない。


「おい!何がどうなっている?!」


 突然の乱入者に取り乱したのは、既に合流していたヴァンパイアとエルフの襲撃者たちだ。


「な、なんだあの化け物は?!」


 驚愕して固まるヴァンパイアの一団に対して、エルフたちはその姿に畏怖の色を見せる。


「アレは?!黒いオーラ!?

 闇の大精霊か?!

 いや、そんな生優しいモノではない。

 人類よりも、遥かなる高みにいる存在。

 木の王と同じような威圧感。

 ということは、闇の王?

 まさか、あの夜叉猿なのか?!」


『ほう』


 その呟きに反応を示した夜叉猿は、エルフたちの方に顔だけを向けると、鋭い犬歯をニヤリと見せる。

 ブレスを片手で軽々と弾きながら。


『流石は精霊信仰の盛んなエルフよ。

 まさか我をご存じとはな。

 木の精霊王は元気か?

 我は女神の化身と手を組み、そして、必ずお前を喰ってやる、そう伝えておけ。

 ん?まてよ、そうか。

 お前たちは二度と国には帰れないのだった。

 すまんな、忘れてくれ」


「な、何を、い、言っているの、だ?」


 不可解過ぎる言動。意味不明。

 なんとも意味深に不吉な事を言われたことに、エルフたちは取り乱し、そして再び我に返った時には、夜叉猿は木の大精霊に肉薄していた。

 そして、そのまま。


『むん!』


 バキバキとさば折りの要領でへし折ってしまう。

 真っ二つにされて沈黙となる大木、そのまま枯れていくかのように痩せ細り、最後は色を失い、灰色の枯れ木と化した。


『弱いのう。たかが木か。然もありなん。

 一応土産に持って帰るか。

 腐っても大精霊だ。

 エネルギー代わりくらいにはなるだろう』


 残念そうに眉根を寄せた後。

 見事な手際で、木の残骸を適当にまとめてヒョイと小脇に抱え込む夜叉猿に、エルフの隊長が困惑しながらも問いかけてみる。


「お、お、おい。

 何故、闇の王が人族を助ける?」


 夜叉猿はジロリと視線を向けた後、ニヤリと犬歯を見せつけ。


『クックック、人族の味方という訳ではないが、まぁ良い。

 我が主の願いよ』


 精霊が主と呼ぶ、それは精霊契約が成された事を意味する。

 エルフたちの動揺は果たしないモノへと変わり。


「主だと?!

 まさか闇の王が主人を持ったというのか?!」


『そうだ、クックック』


 アッサリと肯定した後、イタズラをする前の悪そうな笑顔で続ける。


『それに、我だけではない』


「!?」


「にゃーはっはっはっは!」


 突然、あの三下猫の、ムカつく高笑いが鳴り響いた。


「な、いつの間に?!

 なんだこの白猫の群れは?!」


 気づけば、前後左右、ぐるりと三百六十度。

 白猫の群れに隙間なく囲まれていた。その数、百を優に超えている。

 この所業は魔法の得意な魔族にも出来ない、それに魔族が人族に与するなどあり得ない。

 ならばとその上位の存在に当たりをつけた。


「まさか、悪魔の仕業なのか?!」


「にゃっふっふ」

 ――やっぱりパワーアップしているにゃ。魔力を練らなくとも百を超える数が一瞬で出せたにゃ。しかもコレは特別製だにゃ。


 のっぺらぼうな白猫たちの最後方には顔のある本体。

 腕を組み、なんともイラッとする笑顔の、白猫の悪魔カチューシャだ。

 カチューシャはローズとの邂逅の後、戦場の端で息を潜めていた。

 姿を隠して遠目から様子を伺っていたところに、この襲撃騒ぎが起こる。


「お、何だか乱入者が現れたようだにゃ。

 なんの連絡も無いし、巻き込まれる前にとっととずらかるとするかにゃ」


 ローズからの、何らかのアクションが無ければ、このままフェイドアウトしてしまおうと目論んでいた矢先に、正に噂をすればという出来事が。


『おい三下』


 突如頭の中に響いたのは、噂のご主人様からの念話だった。

 その低めの声色で機嫌が悪いという事を察する。


「は、はいにゃー!」


 ビシッと姿勢を正した。

 絶対強者からのお言葉である。

 それに、これ以上機嫌を損ねる訳にはいかないと、猫耳をピーンと立てて傾聴する。


『お前の能力で狼藉者どもを余す事なくコチラの世界に送れ。

 私との繋がりで此方の座標はわかるよな。

 火急速やかに、決して漏らす事なくしろよ』


「イエス!にゃー!」


 ビシッと敬礼するカチューシャ。

 そんなカチューシャはバージョンアップしていた。

 下僕となった折の呪い玉を賜ったからだ。

 呪いの闇玉にはローズさんの神域なる魔力が込められている。

 その身に余りある、かつてないほどの漲る魔力の奔流に、噂のご主人様の強大さを改めて思い知った。

 反抗した瞬間にはこの魔力が暴走し、たちまち滅されてしまう事も重々承知している。

 だがそれでも、今はお胸が高鳴っている。

 恐らくご主人様はお人好しだ。

 滅されていないのが何よりの証拠。

 無慈悲が常な悪魔では考えられない。

 素直に従っている限りは、無下にはされないだろう、付き合っていく内に情に絆されるに違いないと確信している。

 それに、なんだか楽しくなりそうな予感が止まらないと、カチューシャは張り切る事にした。


「えーい!者どもー!」


 腕をブーンと振って号令をかける。


「一斉に爆発するにゃー!

 猫爆弾、薔薇の世界バージョンにゃ~」


「っ?!」


 全ての猫爆弾がドカンと爆発。


「な、何故?!悪魔が?!」


 後に現れたのは、ドロドロドロンと、なんとも毒々しい紫の大煙。


「っ?!」


 それは、エルフと吸血鬼の一団をまとめて飲み込んでしまうと、パッと一瞬で消失する。

 シーーンとした静寂へ。

 誰もいない。

 丸ごと、何も無かったかのような更地へと変わった。


『おい、人族共』


 夜叉猿が聖女たちに向けて念話で告げる。


『奴らは我らが引き取った。

 後程、我が主が城塞都市に挨拶に向かうと言っていたぞ。

 気をつけて帰れよ』


「え?」


 シューンと夜叉猿の姿が消え。


「にゃーはっはっは!人間どもよ、さらばだにゃ!」


「は?」


 カチューシャも姿を消した。


「え?な、何が?何なの?!何が?どうなっているの?

 私のこの、一世一代限りの覚悟は、一体どうすれば良いの?!

 のちに美談として語り草となる予定だったのに?!」


「俺もだよ!」


「え?!私もなんだけど?!」


「まさか、俺だけじゃなかったのか?!」


「ちょっとちょっとー、そういうのは私しかいないでしょー!」


 後に残されたのは、聖女聖騎士のポカンとした間抜け面と、やり場のない致命の覚悟だった。

 その後、直ぐに気持ちを切り替えた。

 かの者たちは、生と死の隣り合わせの住人なので、切り替えの早さには定評がある。


「あのお猿さんと猫は救世主様のお仲間なのかな?」


「助けてくれたみたいだし、そうだろう」


「圧倒的だったよね。エルフがお猿さんのことを闇の王って言ってたけど、精霊王ってこと?」


「まぁ、大精霊を全然ものともしないんだからそうなんじゃないかな?」


「アレが味方ならもう安心だね」


「そうだね」


「まぁ考えてもしょうがない、帰りましょう」


「そうね。命があって良かった」


「帰って母様に報告だ」


「イチャついてるところを邪魔しようぜ」


「ワッハッハ。賛成ー!」


「それにしても、あんな顔で笑う母様、生まれて初めて見たよ。

 にへらって、少女かよ。

 その顔にさせる大将軍ってすげーよな」


「ああ、そうだな。

 めちゃくちゃ可愛かったよな。

 アレがギャップってやつなのか。

 俺、母様に初めてときめいちゃったよ」


「あ、俺も」


「え、私もなんだけど」


「まさか、俺だけじゃなかったのか」


「ちょっとちょっとー、私もなんだけどー」


「ワッハッハ、皆んなが恋しちゃったんじゃない?」


 そのまま呑気な感じで、やんややんやと城塞都市へ向けて歩き出した。


 その帰り道の道中、クリスティはこれは大変な事になると思った。


 このままマリアが引退して幸せになる事を、次の母様となるあのアニエスが黙っているとは思えない、絶対に揉める、骨肉の争いが始まるだろう、と。

 巻き込まれないように、当分は有給を取ろうと思った。

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