ファイナルラウンド!

 

 最上位の神が扱う呪術には、絶対強者専用に施す極致大魔法がある。

 神々と同じ領域に住まう魔物や神獣、天使や悪魔など、滅したところで再び復活してしまうという、罪を犯した強者を封じる為に編み出された御業だ。

 全属性の魔力をまったく均等にして膨大な量を使用する為、全属性に極めて高い素養がある神にしか扱えず、天界でも序列第一位の全能神ゼウスと、序列二位の軍神アテネしか扱えなかったが、この度、新たに産まれた月の女神アルテミスがそれに加わることとなる。

 その御業には、特に決まった名が付いていなかったため、ローズさんはしれっとその御業に【薔薇の鎖】と名付け、あたかも自分のオリジナルだというテイでいくことにした。

 その事が後にアテネとの大喧嘩にまで発展してしまうのだが、それはまだまだ先のお話しである。

 



 私が作り出した世界、黒い監獄の中は、縦横十メートル四方の広さだ。

 外からは真っ黒で何も見えないが、聖属性で光を灯しているので中は明るく、下は平面で石畳のような造りとなっている。

 先程のサタン必殺の大津波は奴の魔力の半分をも消費した大魔法だ。

 その莫大なエネルギーを余す事なく用いた結果、夜叉猿さんの支配下にあるこの領域の中でも、私の世界を作り出す事に成功した。

 普通はそう簡単に出来る事では無いが、まぁ、夜叉猿さんとは精霊契約を結んだ魂レベルで繋がっている関係だからこそ成功したのだろう。

 ともあれ、サタンから奪った阿呆みたいな魔力量は、私の望む通りのものを作り出してくれた。

 この箱庭の中では私が神だ。

 まぁ、次期女神なのだが。

 ともあれ、絶対的な神である。

 理を自由自在に操れるのだ。

 サタンには感覚を進呈して、ビンビンに感じやすい体質となっているはずだ。

 フッフッフ。

 本来ダメージとは痛みを伴うという事を思い知るが良い。


「この、感覚は、一体?!」


 自身の肉体を見回して狼狽えるサタンに、私はルールを説明してやる。

 神の呪術を発動させるのに必要な条件、その第一段階である。


「わたくしはコレから貴方を百発殴るつもりですが、その間に、わたくしが貴方から一定以上、大体パンチ一発くらいでしょうか。その程度のダメージを被れば、わたくし自身が絶命するという制約を設けます。

 ただし、貴方は百回殴られるまでは決して絶命至しません。

 たとえ、肉体を破損したとしても、たちまち修復するように仕向けて差し上げます。

 魔力を全て失ったとしても、今保持しているだけの魔力を提供します。

 ただし、それは、百回殴られるまでです」


 自身に課すルールや条件、制約を破ったり果たした場合の自己への罰則や条件、これを相手に伝えることで、呪いの発動条件を満たしたことになる。


「ただし、わたくしが百発を達成するか、もしくは貴方の心が折れた場合、貴方には永遠の呪いが降り掛かります。

 我が一族が滅ぶまで、その呪いが解ける事は無いでしょう」


 私はコイツを滅ぼすつもりはない。このまま滅ぼしてしまえばコイツは人族に深い恨みを持ってしまう。

 コイツは位の高い元神族だ。

 通常の呪いをかける事が叶わない。

 普通に復活して、人族に多大な損害を与える事だろう。

 我が一族が都合良く、近くにいて止められるとは限らない。

 それにコイツは人類の手には負えないほどに強く、我が遺伝子を引き継ぐ子孫でさえ、持て余してしまう可能性が高い。

 故に、この神の御業を選択したのだ。

 まったくもって、業腹ではあるが。


「さて、ようやく終わりますわね」


 グリグリと手首を捏ねる。次にコキコキと首を鳴らし、順に両の肩に腰と、ぐるぐると回した。

 入念にほぐしながら、現在のコンディションを確認していく。


「あ、やべえな、ダメだこりゃ」


 思わず素が出てしまうほどの結果だった。


 絶不調である。

 身体は良い、メンタルだ。

 十五歳の肉体だが、中身はまだ赤子なのだよ。

 もうお眠で仕方がないのだ。

 赤子が夢と現実の狭間でウトウトと頭をこっくりとしている状態に近い。

 お腹も空いたし、もう活動限界で泣きそうである。

 早く乳吸って、ヒゲとボインの狭間でスヤスヤと眠りたい。


「チッ。いいだろう。我が魔剣の威力を思い知るが良い」


 言って、サタンは魔剣を両手持ちの正眼に構える。


 ローズさんはそれをポヤポヤとした眠たげな目つきで見やると、ガッカリしたようなため息を吐いた。


「はあぁぁ」


 まるで素人、隙だらけではないか。

 正直、この場に引き摺り込んだ時点で、もう勝ちは確定している。

 次の一撃はそれを確かめる為のものだ。


「では、参りますわよ」


 わざわざ声掛けをしてやるという親切な私は、ノーモーションからの前蹴りを鳩尾へと突き刺してやる。


「ぐええっ!?」


 いともあっさりと、綺麗に決まってしまった。

 技の起こりを見せないよう意識しているそれは、サタンは気づいたら腹に突き刺さっていたと感じた事だろう。

 コレが避けられないのだ。

 もう勝ちだ。

 サクサクいこう。眠いのだ。


「さあ、次は貴方の番ですわ。

 一応教えて差し上げますが、もう飛び道具は効きませんわよ。

 先程の黄金の龍はオーラとして残っておりますから、チャチな弾丸など、その全てを飲み込んでしまいますわ。

 しかし、わたくしはこれ以上、貴方のばっちい魔力など望んでおりませんし、これ以上の力の差が広がるのは本意では無いのです。

 よって、直接攻撃でお願い致しますわね」


 チョイチョイと手招きをして煽るローズさんに、サタンの額にビシビシと青筋が張り付いた。


「何だと」  


 ローズさんはそれを見てフッと鼻で笑うと、基本に忠実にと、受けの構えを見せる。


「乱れ構え」


 言って、足はレの字立ちに、前の手は一字に構え、胸前の手は反対の肩口で開いて備える、上段を誘う構えである。


 目の前でニヤニヤと構えるローズさんに、サタンはプルプルと震え出した。

 危ない目つきのそれは、激しい怒りに染まっている。


「たかがあああ、人族うううう、如きいい、があああああ」


 激昂を見せるその内心では、あらゆる激情が渦巻いていた。

 たかが人族にいい様にあしらわれて、まるで歯が立たない。

 配下の悪魔共の全てが倒された事への怒り。

 人族を滅ぼすどころか、もう後がない理不尽な現実を前にした無力感。

 不甲斐ない自分と悔しさ、強者への羨望。

 それら全てを飲み込んだ今、サタンに突如として劇的な進化が訪れた。


「ああああああああああああああああ!!!」


 魔力が爆発的に膨れ上がり、肉体がボボンと、衣装が吹き飛ぶほどに肥大化する。

 膂力にスピード、肉体硬度が十倍にまで跳ね上がった。


「な、舐めるなああああああああああああ!」


 追い詰められて発揮したそのスピードはローズと同等にまで登り詰めた。つまりは怒りに任せて、音を超える光の速さで、魔剣を振り下ろしてみせたのだ。


「おお」


 此処でパワーアップしやがった。これが元エリートの底力か。


 器用に片眉を上げたローズさんから漏れた言葉は賞賛だ。


「やるではないか」


 速い、弾丸よりも速くなったではないか。

 何の技術も用いないで発揮されたこのスピードには正直に驚かされる。

 コレが最後の意地か。

 初めからこの調子で頑張ってくれよ。

 まぁ、しかし、それでも、速いだけだ。

 ただただ力任せに振り回しているに過ぎない。

 力が強い、スピードがある。ただそれだけ。

 太刀筋も真っ直ぐ一直線で、とても素直だ。

 フェイントもクソもない。

 こんなただの暴力に、合理を突き止めた武術が負けるはずもなし。

 お前が使うのが、ただの暴力である限り、我が薔薇薔薇拳の敵ではない。


 ローズさんは鼻で笑うと、ギュルンと横に一回転して裂帛の気合いで迎え撃つ。


「ハイィィ!」


 全てを巻き込む嵐のような旋風脚で、サタンの丸ごとを捩じ伏せてやる。


「ブヘっ!」


 不細工声でバチーンと、鎧袖一触とされる大魔王サタン。

 黒壁まで吹き飛ばされ、強烈に叩きつけられた。


「セイ!」


 左拳は顎下を守るように添え、右拳を地へと放つ綺麗な残心を決めるローズさんの見せた表情、悲しげな貌のそれは憐れみを意味する。


 コレが大魔王か。

 魔力による優位性を失った超越者など、無様なものだ。


「グウウ」


 サタンは呻きながらヨロヨロと力無く立ち上がり。


「ば、ば、か、な」


 奇跡を起こした痛恨の一撃が真っ向から叩き潰された。

 十倍にまで高めたモノさえも通じないという理不尽な現実。

 その目に宿したのは虚空だ。

 闘志を失ったように、輝きを消失している。

 その顔は泣いているようにも見える。


 ――憐れな。


 元大天使筆頭の無様な姿に、ローズさんの胸中に宿ったのは同情だった。


 父神ゼウスの信頼も厚く、優秀な天使だったこの男を、何がここまで変えてしまったのか?

 いやいや、どう考えてもあのダメな姉たちのせいだろうと、せめてもの情けに決着を早めてやろうという結論に至る。


「興醒めですわ。百発殴る予定でしたが、次のターンで引導をわたします」


 距離は二間の至近距離。

 前屈みで両の腕をダランと垂らす。

 限界まで脱力した右の腕を使う。


「いきますわよ」


 助走をつけて一息で肉薄すると、大きく振りかぶった右腕をしならせ、捻りを加えた右手のひらの超高速の一撃。

 それを、サタンの背中、そのど真ん中へ。


 バチーン、と。


 肉で肉を打つ鞭打を叩きつけた。

 瞬間、皮膚が爆発したように弾け飛び、桃色の肉が露わとなる。


「ぎ―――」


 悲鳴を上げかけたサタンに、ローズさんは有無を言わさずに電光石火で畳み掛ける。


 ――まだだ。この程度では済まさない。地獄の苦しみというものを知るが良い。


 皮膚が修復する前に、再びの鞭打を重ねる。

 全く同じ場所へと、剥き出しな桃色の手形にズレる事なく打ち込んでやる。


 ば、ちーん、と。


「ぎ、やああああああああああ!!!」


 はっはっは、痛かろう。

 人類だったら、ショック死してもおかしくないほどだ。

 ダメージは然程ではないが、しかし知りうる中で一番痛みを伴うものだ。


「さあ―――」


 傷口を抑えてゴロゴロとのたうち回る大魔王の顎を爪先でガツンと蹴り上げ。


「―――お立ちになりなさい」


 目線まで跳ねたところで、喉を掴み上げて無理矢理引き起こしてやる。


 首を振り、内股でやめてやめてと、両の手のひらをローズさんに向けるサタン。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 なんたる酷い有り様だ。

 涙を垂れ流し、この上なくその貌を歪ませている。

 この私という美貌に、なんて目を向けるのだ。


「行きますわよ」


 トドメだ。


 ザッと、天高く振り上げた脚線美をピタリと止めて、そして、その高みから振り下ろしの踵落としを決める。


「ひっひぃぃ」


 プルプル震える幼な子のように怯えるサタンのその眉間。

 その寸前でピタリ。

 ギリギリで止めてやった。


「終幕ですわ」


 バッと下段払いで残心を取るローズさんに、サタンは白目を剥いてペタンと座り込んだ。


「……。」


 残心を解き、合掌してペコリと一礼するローズ。


 おいおい。まさか粗相はしてないよな。


 心は折れた。ポッキリと。


 条件を満たしたことで、神の呪術、極致大魔法が発動する。


「ぅぅぅぅぅ」


 プルプルと、産まれたての小鹿のように怯えるサタン。

 その真下。

 ボウっと、魔法陣が浮かび上がり、そこから異音が、金属が擦れる音が響いてくる。


「【薔薇の鎖】ですわ」


 ジャラジャラと伸びてきたモノ、それはいかつくもゴツい銀の鎖だった。

 全属性の魔力を一ミリの誤差もなく均一に混ぜ合わせて創り出した、どんな膂力を持ってしても断ち切る事叶わない、魂を縛り付ける魔法の鎖である。

 それがサタンの五体にぐるぐると巻きつくと、ギリギリと拘束する。


「あ、あ、あ、あ、あ」


 罪人のように、鎖でグルグル巻きで正座状態のサタン、目は虚ろで呆然自失だ。

 それを見下ろしながら、丁寧に説明してあげる。


「貴方の魂を縛り付ける呪いの鎖ですわよ。

 この後、貴方は武具に姿を変えられ、そしてその中に封印されることになります。

 この呪いが解けるかどうかは、我が一族次第です。

 貴方の罪が赦されるか、もしくは我が一族が滅びてしまうのか、それまでは続くと、そういう制約になります」


 解呪条件を本人に告げる事で、最後の発動条件が満たされた。


 カッ!


 銀光が爆発したように弾け飛び、その場を白一色で染めた後、サタンは姿を変える。


 シュウシュウと瘴気を滾らせた、柄から刀身までを黒一色で統一された大振りで長い剣。

 純度百%のサタンの魂が込められた魔剣である。


「ふむ、黒一色とは。

 なかなかカッコ良い魔剣ですわね」


 ローズさんはそれを手に取り、満足そうに頷いた後、その魔剣に銘を与える。


「貴方の名前はルシフェル。

 魔剣ルシフェルです。

 大魔王サタンの名は捨てて、我が一族の下で罪を償いなさい。

 さすればいつかは解放すると、月の女神アルテミスの名において約束しましょう」


 大層な儀式は終了した。

 ここに、薔薇の一族を千年において支え続ける事になる伝説の魔剣、ルシフェルが誕生した。


 そして、千年の時が過ぎても、月の女神の約束は果たされていないのであった。


 

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