リベンジの狼煙を高らかに!

 

 プレミアムスライムのロゼが創造した薄明かりだけの世界の中。

(真っ暗過ぎてローズさんのテンションが上がらないので、ロゼに言って光量を上げて貰った)


 ローズさんは何やら達観したような顔つきで、自身の握り拳をジッと見つめている。

 全裸である。恥ずかしげもなく見事なプロモーションの、雪のような真白い美肌を晒している。

 性に関してはとてもオープンなので、恥じらうという概念がある訳がない。

 逆に、気になった相手には、ワザと見せつけてやり、時には擦りつけて籠絡するのも辞さないというスタンスである。


「……。」


 煌めく銀糸の長くなった前髪を色気ムンムンに掻き上げ、やれやれと色っぽいため息を吐くと、なんだか冷めたような空色の瞳を伏せ気味にして、悲しげな声色で相方に呼びかけた。


「ねえ、ロゼさん」


 頭上のスライムがプルプルと揺れて反応を示す。


「ピッピ?」


 ――どうしたの?


「ええ、ええ、どうか聞いてくださいまし」


 ローズさんは重々しく頷いた後、見事に、孤高の天才みたいな事を言ってのけた。


「どうやら、わたくしは、強くなりすぎたみたいですわ」


 ――そう、私はとんだ思い違いをしていたのだ。


 それが十五歳前後にまで引き上げた肉体の性能を完全に把握し、そして叡智の記憶を探った結果に出した、麗しき戦乙女の本音だった。


 まず、肉体スペックがとんでもなかった。

 想定を遥かに超えていたのだ。

 超人である母上様の遺伝子を余すことなく受け継いだこの肉体は、種族の限界値を天元突破して、最強種族の龍にも負けないスーパーパワーを秘めていたのである。

 強靭な腱が作り出す瞬発力は一撃必殺のとんでもない破壊力を作り出し、あのカッチカチで有名な龍の鱗でさえも素手で貫いてしまう。

 肉体強度においては、龍の必殺のブレスにも耐えてしまうほどだ。

 まともに喰らったとしても、三発くらいまでならば何の問題無しに、怯む事なく返す刀でぶちのめしてしまうだろう。

最早これは人族に限らず、全世界、全ての種族を含めたとしても最高峰の身体能力と言える。

 さらに恐ろしいことに、コレに氣を巡らせると、そのポテンシャルは十倍にまで跳ね上がってしまうのだ。

 我ながら圧巻である。

 神眼を含めると、死角なし、あらゆる種族を超越してしまった。

 この大陸で最強と目されているのが七頭の龍の王だ。

 それぞれが神に等しい存在だ。

 それをだ。

 七頭同時に相手取ったとしても、まぁ勝てないまでも、死なない自信はある。

 もちろんタイマン勝負なら真っ向から捻じ伏せてみせる。

 まぁ、しかし、龍の王には秘匿されている特殊能力があるらしいので、あくまでも予想だが。

 それでも、それくらいに凄いのだ。

 そして、それだけではない。

 次に、叡智で探り当てたのはリベンジするに相応しい人物だった。

 人族史上最強の男。

 海を越えた先にある西大陸の伝説的な武術家、リー・リンシェン。故人。

 私の氣の師と言える武人だ。

 百五十歳まで生きた、付いた字名は武神である。

 母上様同様の超人的な肉体を持ち、氣の発展に生涯をかけて、そして遂には神業にまで昇華してみせた偉人である。

 竜の群れを素手で屠るという絶対強者だ。

 リー師の技術をトレースして思う。

 魔法など、そして武器など、もはや必要ないのではないかと。

 氣を使った身体強化など序の口だ。

 肉体改造はもとより、年齢自体をいじれるのだから。

 氣で足場を作りながら空を駆けたり、拳から飛び道具のように飛ばしたり、氣を手に纏わせて竜のブレスを掴み、そのまま跳ね返したりと、もうそれは、何でもありだ。

 極めつけは聖女クラスの治癒能力を秘めていたのだ。

 氣で細胞を活性化させ、そして手足を生やしてしまうという。

 竜に喰いちぎられた腕を瞬時に再生して、そのまま殴り殺してみせた記憶を覗いた時はたまげてしまった。

 氣とは本当に万能なのだと理解した瞬間だ。

 西の大陸は双子の姉たちの管轄ではないから誰かは分からんが。

 彼はその大陸の神の恩恵を受けていたのは間違いないだろう。

 もしくは、私と同じような立場なのかもしれない。

 今度詳しく調べてみるとするか。

 ともかく、いざ実践である。


「では、参ります」


 合掌して一礼する。

 師はこの礼をとても大事にしていた。

 生きとし生けるもの全てに感謝せよ、との仰せだ。

 記憶の中にある、師の型を模倣してみる。

 あ、薔薇薔薇拳という名をつけた。

 師は我流ゆえ、流派の名前をつけなかったためだ。

 ならばと私が立ち上げるのだ。

 この大陸にコレを扱う武術家などいないしな、多分。

 薔薇薔薇拳で君もバラバラにしちゃおうぜ!

 そんなキャッチコピーでいこうと思っている。

 まぁ商売上手なパパあたりと要相談だ。


 気を取り直して基本から入る。


 まずは両手を握り、握り拳を作る。

 片方の拳を手の甲を上にして、胸の中央に突き出す。

 突き手と言われるものだ。

 もう片方の拳を手の甲を下にして脇腹のあたりにつける。

 これを引き手という。

 引き手側の肘をしっかりと背中の方に引き絞る。

 左右の拳を瞬時に入れ替える。

 以上を連動させたものが正拳突きとなる。


「フッ」と軽く突いてみた。本当に軽くだ。型を忠実に再現しようと慎重に突いてみた。


 突き終わりから遅れて、パンッと乾いた音が鳴る。

 音を置き去りにする、そんな正拳突きだった。

 その威力に身振るいする。

 拳とはどこまでも強くなるのだと感動した。

 この身が赤子のままだったら粗相してしまったかも知れない。


 続いて、後ろ回し蹴りを行う。


 回転する時に下半身を上半身で引っ張るような意識で、蹴る。

 なるべく上半身は動かない、ヒジで引っ張るようなイメージだ。

 軸足のカカトを上げるのがポイントだ。

 ヒザは開き気味に抱えるようにして、カカトから足裏にかけて叩き込む。

 後ろを向くため視線が標的から外れる瞬間があるので、当てる場所のイメージを強く持つ。

 蹴っている瞬問を見るように意識する。

 踏み込むモーションをコンパクトになるべく踏み込まず、ヒザの溜めだけで蹴る。


「ハイイっ!」


 モーションから遅れての爆発したかのような炸裂音がドーーンっと。


「あ」


「ピッピッ〜」


 コロコロと、ロゼさんが転がり落ちてしまった。

 どうもすみません。

 ともあれ、予想通りだった。


「我は思う。うむ」


「ピ?」


 ロゼを拾い上げて定位置に装着した後、なんとも意味深に頷く裸族のローズさん。


 コレって、もしかしてどころではないな。

 もう、間違いない。

 どれ、相棒に教えてしんぜよう。


 チラリと上目使いで。


「ロゼさんや」


「ピッピ~」


「どうやらわたくし、強くなりすぎたみたいですわよ」


「ピッピ~ピッピ~」


 え、さっき聞いただって?

 フッフッフ、それだけ強いと言うことだよ。


 成長した肉体とは、なんて素晴らしいのだろうか。

 扱い易さが段違いである。

 全く動かない0歳の肉体。

 三歳の肉体は、ある程度は動くがやはり全然だ。

 それを氣で無理矢理動かしていたのだ。

 そして十五歳の今だ。

 氣を使わなくとも自由に動く、急に止まれる、走れるし、跳べる。

 精密で緻密なコントロールがイメージ通りに出来る。

 氣を流用したドーピングで無理矢理動かすというのは。

 例えるなら操り人形を糸で操っていたような、まぁ大体そんな感じである。

 その枷が外れたのだ。

 子猫から百獣の王にまで進化した想いだ。  

 スピードが段違い。

 しかも振り回される事なくイメージのままに制御できる。

 不便だった事が良い経験になったということか。


 ただ魔力の方は変わらずだ。まるで変わっていない。

 こちらは使わなければ成長しないようだ。

 まぁそれは別に良い。

 既に私は確信している。

 勝率は百%にまで到達した。

 お釣りがくるくらいだ。

 勝ち確である。

 サタン終焉までの譜面も既に描き終えている。


 あとは準備を整えて、いざ出陣である。

 全裸だしな。

 討ち入りに相応しい格好を用意しなければ。


「おーほっほっほっほ!」


 ローズさんの勝利の高笑いが鳴り響いた。


「ピッピッピッピ~」


 次いで、ロゼの小鳥のような雄叫びも木霊する。


 ◇◇◇◇◇


 場面はローズが消えた直後のサタンの領域、大聖堂の中へと戻る。

 時間は進んでいた。

 ロゼの魔法は重ねがけが出来ない。

 ローズを自分の世界に連れて行った時点で、前の魔法は解けている。


「ガアアアアア!」


「ふん」


 夜叉猿が哮りながら殴りかかり、サタンが魔剣でそれを捌く。


 大怪獣対大魔王の闘いは五分の凌ぎ合いとなってはいるが、どこか本域ではない様子だった。

 魔法や術を使うことなく単純な殴り合いを繰り返している。


「おい。闇の王」


 魔剣を構えるサタンの呼びかけに、夜叉猿は襲い掛かりながらそれに応える。


『何だ、大魔王』


 それを捌きながらの再びサタン。


「何故、精霊の王が人族の味方につく」


 以下略。激しく殴り合っています。


『我は人族の味方に在らず。あの娘の味方よ』


「何故だ。逃げ出すような腑抜けだぞ」


『グワーハッハッハッハ!』


「何がおかしい?」


『笑わせてくれるな』


「何だと」


『アレは尻尾を巻いて逃げるような玉ではない』


「………。」


『必ずリベンジしに舞い戻ってくるぞ』


「………。」


『しかしだ、そうは言っても、今のあの娘の力では無謀にも見える』


「フン、ならば戻って来る訳がないではないか」


『グワッハッハッハ!』


「何がおかしい?」


『それをどうにかするのがあの娘よ。

 アレはただの人族ではない。

 神に等しいナニカだ。

 摂理を捻じ曲げてでも、必ず勝機を手にして舞い戻ってくる。

 しかも、それはもう間も無くだ。

 我には女の未来が見えるからな』


「フン」


『コレはそれまでの暇つぶしの次いで、ただの繋ぎよ』


「戯言を」


『それまでは純粋な殴り合いを楽しもうではないか』


「チッ、暇人が」


『ぬ』


 突然ピタリと、夜叉猿が殴りかかるのをやめてしまった。


「む?どうした?」


『クックック』


「何だ一体?」


 訝しむサタンに対して、夜叉猿は顎をしゃくる。


『ほれ、後ろだ』


「っ!」


 振り返ると、五間先には、銀光の瞬きを後光にした人影が立っていた。


「おーほっほっほっほー!」


「ピッピッピッピ~」[ロゼの高笑いです]


 スライムを頭にのせた美女、ローズさんだ。

 腰に手を当ててボインな胸を強調するように踏ん反り返っている。


「お待たせしましたわ」


「ピッピピッピ~、ピッピ?」

[待たせてごめん、寂しかった?と言っている]


 長くなった銀の髪を後ろで一つに束ね、スリットの入った燃えるように赤いチャイナドレス姿のローズさんとロゼだ。

 胸にはもちろん一輪の金の薔薇、見事に咲き誇っている。

 西の大陸の衣装を錬金術で仕立て直したミスリル製の逸品だ。


 大怪獣と大魔王のじゃれ合いは幕である。

 暇つぶしの前座などはもう終いだ。

 主役がパワーアップして、リベンジを果たしに参上したのだから。


『クックック、主よ』


 夜叉猿が顎を撫でながら、舐め回すような視線を向ける。


『見違えたではないか。

 予想通りに美しく、何ともそそられる扇情的な肉体よ。

 だが、完熟ボインまでは、あと五年といったところか』


「む」


 こちらも予想通りのエロい目を向けて来やがって、セクハラな発言など無視だ、無視。

 それよりも、挨拶がまだだったな。


 ローズさんはサタンを正面に、合掌してペコリと一礼しながら名乗りをあげる。


「わたくしの名はローズ・アルファ・ザッツバーグ」


「ピッピッピッピ~、ピッピピッピ〜」

[私はスライムのロゼ、先程そのような名前を頂きました、と言っている]


 そこで区切ると、半身となり、重心を後ろにググっと屈伸するように深く腰を落とし、左右の掌底を突き出したカンフーポーズで、いざ宣言する。


「我が薔薇薔薇拳で、サタンをバラバラにしに参りましたわ!」


「ピッピッピッピ~」

[それを見届けに参りました、と言っている]


 バーンという幻聴の効果音と共に、灼熱に燃ゆるローズさんのリベンジの狼煙が盛大に立ち上るという幻覚も見えた。


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