第5話:ひじりんとぴよりん
それから何分経っただろうか。私達はしばらくそのまま抱き合っていた。ぐううう……という黒須さんの腹の音が、いつまでそうしてるつもりだと言わんばかりに鳴り響く。
「……聞こえた?」
「……うん。思いっきり聞こえた」
「はず……」
「……キスよりも?」
「……同じくらい」
「……そっか」
彼女の腕から抜け出し、ソファに座り直す。彼女から離れてもまだ心臓の音が聞こえる。やっぱりこれは私の音だったらしい。
「……あの……」
「……うん」
「私……恋愛経験とか、無くて……キスも、今のが初めてだし……恋とかまだよく分かんないんだけど……」
「……うん」
「……黒須さんとクリスマス一緒に過ごせるの、嬉しくて。好きって言われたのも、嬉しくて。え、えっちなことしたいって気持ちがあるって言われても、別に、嫌では……なくて……キスは……その……よく分かんなかったけど……えっと……嫌では……なくて……」
「……もう一回して良い?」
「もう一回?」
「キス。もう一回していい?」
「……うん」
再び向き合い、目を閉じる。彼女の手が私の頬を撫でる。熱いし、少し湿っている。だけど、別に不快ではない。彼女の気配が近づく。二度目のキスは、最初のキスより長く感じた。離れたところで目を開けようとすると「もう一回」と彼女が言う。持ち上げかけた瞼を下ろし、彼女を待つ。先ほどよりも強く唇を押し付けられた。離れると彼女は深いため息を吐き、私の頭を胸に抱く。
「付き合ってくれるってことで良い?」
「……うん。よろしくおねがいします。えっと……聖……ちゃん」
「ひじりんで良いよ」
「え。やだ」
「なんでよぉー!」
「う、浮かれてるみたいで……恥ずかしいから……」
「じゃああたしはめっちゃ浮かれてるからぴよりんって呼んじゃおー」
「は? 何そのあだ名」
「ひよこって書いてすうちゃんだからぴよりん。あと、ひじりんとぴよりんで双子みたいで可愛くない?」
「私は呼ばないからね」
「ええー! 呼んでよー! ぴよりんー!」
「もー! ぴよりんはやめてってば!」
「可愛いのにー」
「バカップルみたいで嫌。……今まで通り呼んでよ。……好きなんでしょ。私の名前」
「……えっ。もしかして、あたしに名前呼ばれるの好きなの?」
「……」
「えー! 何それ可愛い!」
「ぐえ……」
私を抱く腕に力を込める黒須さん。やっぱりこのテンションの高さはちょっと苦手かもしれないなんて思っていると「すう」と、囁くような声が耳をくすぐった。くすぐったさに身を震わせる。身体の芯から、火がついたように熱くなる。
「すう、かーわいい」
揶揄うように笑う彼女。憎たらしいなと思ったが、同時にその悪戯っぽい笑顔が可愛いなんて思ってしまった。
「聖。好きだよ」
そう彼女の耳元で囁き返す。悪戯っ子のような笑顔は一瞬にして恋する乙女の顔に変わった。
「聖、かわいい」
そっくりそのまま煽り返してやると、彼女は「それはずるいっしょ! ねえ!」と顔を真っ赤にして私をぽこぽこと叩いた。ぐうううとお腹の音が鳴り、彼女の攻撃が止まる。どちらからともなく笑い合う。
「とりあえずお昼作ろうか。ナポリタンだよね」
「あたしにも手伝えることある?」
「じゃあ、パスタ茹でて」
「うい」
黒須さん——もとい、聖にパスタを任せて、材料を切る。玉ねぎ、ピーマン、ウィンナー。
ナポリタンの赤とピーマンの緑でクリスマスカラーだななんて思いながら、材料を炒める。そこに茹で上がったパスタを加えて、炒めながらケチャップと塩胡椒で味付けをして完成だ。そこに彼女のリクエストで粉チーズをかけると、赤と緑に白が加わってますますクリスマスっぽい配色になった。
「恋人の手料理とかマジアガるー」
そう言いながら彼女は何枚も写真を撮る。彼女が満足するのを待っていると、彼女はハッとして「ごめんね! テンション上がっちゃって!」と恥ずかしそうにスマホをしまった。
「ううん。喜んでくれて嬉しい」
「あたし、いつも作るばかりで、作ってもらうのってあんまなかったからさ」
「そうなんだ」
「うん。あ、ごめん。元カレの話とか聞きたくないよね」
「ううん。別に」
「そ、そう?」
「ナポリタン、好きなの?」
「うん。我が家のクリスマスは昼も夜もメニューが決まってんのよ。昼はナポリタンなんだ」
「そうなんだ」
「ほら、ケチャップの赤とピーマンの緑と粉チーの白で、クリスマスカラーじゃん?」
「ふ……」
「なに?」
「いや、やっぱりそういう意味なんだって思って」
夜に作るクリームシチューは白、チキンは茶色、ポテトサラダは白、ポテトサラダにはきゅうりとプチトマトも入っている。緑と赤だ。
「ほんと好きだね。クリスマス」
「好き。今年からもっと好きになるかも」
「どうして?」
「好きな人の誕生日だから」と彼女は笑う。私は正直、好きではなかった。誕生日もクリスマスも。プレゼントのことで父に気を使わせてしまうから。だけど、気を使っていたのはむしろ、私の方かもしれないと、彼女の笑顔を見て思った。
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