——3

 ◇


 ——夜。パークが閉園になり、みんなが帰ってきてしばらくたつと部屋の呼び鈴が鳴った。


「……この最上階のテラスルーム、六部屋全部貸し切りなんですか……?」


 プール行きませんか……? ホテルの部屋も廊下も南欧風の柔らかい色味の調度。華やかな群青の絨毯、高いところで金色のアーチを描く窓から一面に見える、残り香のような灯りの漂うパークを背景に、水着を着た皆が廊下に立っている。


「——」


 ——……落ちつけッ。内心の緊張を押し殺した。気取られるなと心臓に言い聞かせたが緋花がいるので難しい。俺が緊張しているのは皆の水着に対してではなく——


「あの! あたしっ、感動しちゃってっ……だからサービスじゃないですけど……いちお、現役グラビアですからっ。今日は水着、頑張ってみたかな? って何で黙るんですか……? ……っ⁇」


 墨華だけ不在で、四人だった。

 莉玖の水着は紺色のホルダーネックのワンピースで、巨乳を揺れないように手で支えながら、ダークピンクな髪色の下で顔も少し赤くしている。

 澪は黒のコルセットとセパレートのぴっちりしたパンツで、背は小さいがストラップとストラップの間から、持ち上げられた胸の内側の裸が見えた——


「えっ? ——えっ……⁉︎ 何ですかっ……何で、『それ聞いちゃう?』みたいな空気なんですかっ⁉︎」

「莉玖ちゃん見て? みんないるよ」

「……? はい。はい⁉︎」

「——ピークシーズンの夏休みに、テラスつきの部屋がこんなにまとまって空いてるわけないでしょッ。……っ」


 ライトオレンジの髪に花飾りをつけた雛蜂はフロントをボタンで留めるタイプのビキニを着て、『——これいらないの⁉︎ 高かったんだけど!』と幻聴が聞こえてくる気がするような、派手なサングラスを頭に乗せていた。……今、夜だぞ? 和服じゃなく刀や他の武器を持っていないので素直にかわいい。勘のいい緋花だけがTシャツとブラックジーンズだった(ホテルのプールは更衣室がないこともあるが、ここはある)。



「——みんな、いるよ?」



 自分たち以外の皆——という感じに含んで、ぽーんっと雛蜂が莉玖の肩を叩いた。

 それだけならよかった。多分。きっと。しかし澪が嗜虐的な微笑で俺に目配せすると、真の意味を察したらしく卒倒した莉玖を、プール用のタオルを広げながら緋花が助け起こして、俺を見た。

 そう……つまり、


「後で探検しよっ?」

「後でな‼︎⁉︎ ——ああッ、どうも何か出るらしい」

「やっぱりッッ」


 言うなよ⁉︎ と真剣な目で俺は真っ直ぐに、能力を得て以来初めて緋花を見て——反動で後退りした。


「何かって何よっ⁉︎ 言っとくけど以前に撮影でここ来たとき、既に噂になってたんだからぁ!」

「みんな……? ……あたしっ、あたしたちのことですよねっ! あたしたちみんないますもんね⁉︎ ぅぅ違うッ、別のみんなを感じてんだっ。狂化のせいで感覚が鋭敏になってるんですね……っ、あのタオルをありがっ」

「スイくん……今莉玖ちゃん、雛がえっちな子みたいにっ……♪ 敏感だって? スイくん、敏感な雛のこと好き——?」


 ——


「っ、……タオル——? あたしっ、密かな推しの御調緋花か、から、肌を拭くタオっ、タオル借りて拭——‼︎⁉︎」


 ——白状するかッ? ……やむを得ず、俺は真実を告げることにした。



「——みんな聞いてくれ‼︎ 予約の時に言われた。名前を言ったらいい部屋があるって。この棟は」



 ※よくある話だ。


「今、ホテルで最もホットな場所だ。名前を言ってはいけない化物が、次々出るので閉鎖されてる。けど部屋は全室パークビューのテラスつき——」

「——待ってください‼︎ 本当にお化けでるんでしゅるか⁉︎」


 パーク側の海へ迫り出した翼廊、その最上階を占める六室。若干狭いが、一泊一〇万超えの豪華な部屋——


「出ねえよ! 出ると言われてるけど。でも、そんなもんな——考えてみろ。すげえ事故物件があって、幽霊観察小屋みたいになってるとしてだなッ? 違法薬物を毎日大量に接種してる奴が完全にキメた状態でフロリダから引っ越してきて、そいつの趣味が音楽で毎日爆音でEDM聞きまくってたらどうよ⁉︎」


 俺はみんなを見渡した。


「多少出てもわかんねえよ——」

「——その理屈は絶対に絶対絶対おかしいですっ‼︎」


 一つ問題があった。莉玖以外のみんなは察してくれたようで、ちょっと考えるような表情をしている。

 思えば、莉玖は何かもう馴染んでいたが——〈彗星の騎士団〉に入ったばかりなので、一つ言っておかないといけないことがあった。

 ……墨華だ。


「大丈夫だ任せろ。もし出ても、最悪俺が全部倒す! 実体がない雑魚なんかに負けるかッ。出たら俺を呼べ——で、莉玖。うちには決まりごとがある……!」


 そう。……俺たち全員が真剣な顔をしていたので、莉玖は頭を振って順番に全員を見た。視線より、揺れた巨乳の方がよく動いたが俺たちの中身が化物と入れ替わっていないか訝しむかのような目だった。


「映画だったら、真っ先に彗星が死ぬわね。そういうキャラからやられてくのは澪が何度も見てきたテンプレ。わくわくしちゃって目を離せないわっ」

「……童貞は最後まで死にませんよっ」

「墨華には、絶対にこのことを言うな! あいつはッ——」


 荒んだ感じで莉玖がぼそっと呟き、俺は一言言いたかったが緋花が後を引きとった。


「——ちょっとかわいそうだもんね……」


 とても適切な表現だった。墨華は、まあ。既に察して逃げたのかもしれない。雛蜂がスマホを弄っていた。連絡を取ろうとしているのか? ——


「もう! こういうのを苦手ってわかってるのに。しかも『言うな!』とかちょっと気をつかってるのに、どうして——そんな部屋をとるのよ!」


 理由は自分で言っていたのを思い出させるまでもなく……緋花は、わかっているみたいだった。エレベーターから翼廊を歩き、突き当たり。六部屋並んだ小ホールは中心にクリスタル製のモニュメントがある。

 それは蒼い床から星座の描かれた天井へと突き出た六角の錐で、二階下——吹き抜けとなったクラブルームのドーム天井頂点に位置する天窓でもあった。

 俺は言った。


「良くない? ——」

「良い部屋だけど!」

「何か出たか」


 ——


「幽霊なんか見えないからいない、なら」


 ——沈黙の間をつくようにして澪が言った。ちらっと俺だけに見えるように水着をずらして。


「資産も、責任も、幻想——存在しないことになるわ」


 ストラップがピンと張ると、ぐっと上向きで固定された胸の全体がほんの少し、滴るように向きを変えた。壁際にバックステップして絨毯に手をついて止まった俺はその場から言った。


「——出ねえよ!」

「フラグですか⁉︎ 今のその動きは、何から逃げたやつなんですかっ」


 ……。墨華に霊感とかは全くない。だがその手のものをとても、とても怖がっている。怖がっていると表現するのが、本人にとって可哀想なほどに。

 職業が探偵で武器が死神の鎌なのも、霊を特効で皆殺し、超常を論理で打破せんがため。


「呼びますからねっ……⁉︎ 寝てても起こしますっ。夜中の何時でも、ちょっとでも出たら問答無用で来てもらいますっ。〜〜っっ、準備しておいてください! あたしっ、そっちまで行きますから‼︎」


 ——


「殺しちゃいますからっ……〜っ」

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