9話:揺らぐ境界 1

 ◇


 数日後。みんなの予定が合ったところで、俺たちは某有名テーマパークにきていた——


「えっ? ええっ……? いいんですっ……か……?」


 ——〈彗星の騎士団〉では、全ての報酬をメンバーが等分する(※だから滅多な奴を加入させられないのだが)。

 テーマパークの入口で、事前に取っていた年間チケットを渡すと美海原莉玖みみはらりくは呆然としたように両目を見開き——着ていた私服のショートパンツ丈のサロペットに若干収まっていない巨乳を抱えて、身をよじるようにした。


 襟が丸く蝶のようになった木綿のシャツが、ぴったり似合っていたけれど、ボタンとボタンの間が引っ張られていて、『そこにそんな隙間できる——⁇』という胸の収まってない具合だった……。

 今渡したチケットは等分した報酬とは別に俺が全員に今回配ったものだ——


「——〈彗星の騎士団〉は、最高の福利厚生でお届けしております‼︎」



 抜けられちゃァ困るんだよ……ッ! 俺は、墨華が機嫌の良い時に格下の相手を煽るためにするやり方を真似し、最大限に深々と礼をした。



「うっ……うううっ。んっく……っ、ぁぅ——あたしっ。このテーマパークに来るのが夢でっ。今日から泊まるホテルにも泊まってみたくて……っ」

「そうか? ……」


 しかし、つきあうにつれて気がついてきたのだが……何というか。


「……良かったじゃないか。打ち上げの行く先をここに決めたときは、ノリ気じゃなさそうだったようだが」

「はい。実は修学旅行で一度来たんですけど、そのとき誰もあたしと回ってくれなくてっ。一日中一人でっ」

「トラウマがあったか……一人で⁉︎ 夢だったけど夢、破壊されてたのなッ」


 莉玖は……様子が、変だ。

 不憫というか。かわいそうというか。……まず確かなことは、とても不運なのだと思う。


「——お耳、キメろよ。カチューシャ似合う似合う。今日はみんないるから……な⁉︎」


 後は他の皆に任そう……莉玖が後ろを向いてしゃがみ、陰の気を発してスマホをいじりだすと、ちょうどみんなが来た。緋花が俺を見て、睨むような目になると雛蜂に隠れるようにした……。


「じゃ、楽しんできてくれ——」

『一緒に行かないんですか‼︎⁉︎』


 スマホに凄い勢いで、連続の通知が入った! 今、雛蜂以外の皆には俺の素顔はバレている。それは、つまり雛蜂の前では依然として……(※隠蔽スキルで俺が誰だか判別できないようにする、という対処をしているが)ということで、さらにパーク内でのコスプレは禁止されている。

 そもそも俺は、前々から打ち上げには参加していない。


『一緒に』

「——!」


 見るなよっ。


『あたしとっ、一緒にまわりましょう! だってじゃないと五人ですよ⁉︎ 絶対に一人だけ余るフォーメーションです、あたしはそういうのに詳しいんです‼︎ ああああ。あああああ! 待ってっ』

「じゃ……」


 それに一つ気がかりなことがあった。


『待って!』


 莉玖が送ってくる通知は、最初の後はしばらくスタンプの連投だったが途中から細切れの文章が連続して送られるようになっていき……余程深いトラウマだったんだろうな。超高速でSNSの画面がスクロールした。


『違うんです‼︎ 待って、五人とかじゃなくてそんな理由じゃなくてっ。——二人で!』


 ……。前回——



『——二人っきりがいいんですっ‼︎』

「え? ……」



 振り返ると……後ろを向いて両手でスマホを弄っていた莉玖がちらっと俺を見て、その僅かな動きに胸から揺れていって、転倒しかけたので落下制御のスキルを俺は使った。反動と音が消える(※どちらかといえば後者を俺は狙った。あまり目立ちたくなかったので)。

 ——前回、俺たちが、回廊で倒した敵の賞金は三七〇〇万円。


『……あ、この文章削除してください。恥ずかしいですっ。すごく恥ずかしいです。さそったのにっ。言葉にするのだって勇気がいるのに、断られたり無視されたりしたらっっ。でもそんなことしないですよね……? あたしっ、キスしたいんです。今日はとってもっ、朝からずっと楽しみでがまんできないくらいっ……』


 しかし層攻略報酬は八〇層から先、億越えが相場となる。足りないのだ。次層へ行く手段も、あの回廊は行き止まりで、まだ見つかっていない。だから現在、別勢力の集団が第七十九層を踏査している——俺はタイミングを見て返信した。


『パークの中で、今日だけはあなたと——お姫様みたいにっ、っっっ——⁉︎ スクショ撮って送らないでください‼︎‼︎ しかも途中までっ。ここまでしか読んでないってことですか……? ぅぅっっ〜〜っっ、続きは削除しましたからぁ!』


 ——わかるよ、うん。俺にはわかる。莉玖は俺と同じなのだ。

 ……顔はかわいく巨乳でダンジョンではレアロール——〈エンハンサー〉持ち。それが全て、莉玖のためにはなっていないという。俺の能力と一緒なのだ(※不幸の重なる挙句の果てに、その能力につかまったのが莉玖の不運たる所以であるので、なるべく優しくしたいと思う)。


『残念な目で見ないでください‼︎』

「ならSNSではなく喋れッ」


 ——

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