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——
俺が応じると周囲がしんとなった。
「ああ、そっちの言うことの方が理に叶ってるな。だが正しいからそうしろって言うのか? じゃあ俺はどうなるッ。俺は、そんなことは欠片もやりたくないんだよ……! 全員とっくにわかってるんだろ……?」
こうなったからにはどうなるか——俺がどうするか。できればやりたくなかったが。
「——墨華、貸せ!」
——〈クロック・カウントオーバー〉。最初に緋花が懐に突っ込んで同時に数人を倒し、その間に暗殺者のスキルで加速した俺は自分の武器を投げ、受け取った大鎌で近くの男を倒した。別の一人が反応してステップインし、格闘戦になるが加速のアドバンテージで溜めて極大斬傷を放つ。魔法の閃光が次々に散り、人形が何重にも疾走した軌跡が強い風圧を発した。
照準の跳ね上がった魔法が下側から貫通、耳を衝く轟音と共に天井からシャンデリアが落下し、ずるずると別の男を引きずりながら俺は——瞬く間にもう何人かを倒した仲間の間を通り、出口へ近づく。
「俺をどうこうできると思ったのか——? 教えてやるよッ。今こうしてる間にもなッ、新手の催眠音声聴きながら、お一人様プレイでキメにキメてる奴がいるんだよ……‼︎ 何を言ってもやめやしない、やめさせてみろッ。やれよ‼︎ 何だ、そいつは無理でも俺なら思い通りになると……ッ⁉︎」
三〇人近くいた講堂には、倒された攻略者の残骸が散らばり、生き残った人間に俺たちが一方的に武器を向けていた。残りは一〇人より少し多いくらいか——?
「全員動くな‼︎ 動いたら、俺が順番に全員殺すッ! 目を閉じろッ、何も見るな……最初に見た奴を緋花が殺す。緋花……そいつじゃない、講台の陰の奴を。終盤でレベルが半分になったら前線には戻って来られない。よしッ、みんな聞いてくれ」
「なっ、にゃ⁉︎ 正気じゃないにゃ……どうかしてるにゃ! ——つ、連れてっ、どうする気にゃ⁉︎」
「彗星くん君も相当だよね」
——〈偏向遮蔽スクリーン15×40〉を発動(※数字は高さと幅を示す)。主導権を取っていた黒髪の前に引きずって男を離すと、やることのなかった墨華がスカートを軽く持ち上げてスクリーンで隠しながら、ほかほかと湯気の立った液体をかけた……。
「——だろ⁉︎ 主力は外だッ。この部屋で俺たちを包囲して同士討ちになるようなことは、頭の良い奴ならしない。……俺は絶対にッ、このダンジョンを攻略する。それをやめろっておまえが言えば、『はい! わかりました』ってなると思ったのかッ⁉︎ 澪、出してくッ」
「わぁぁ連れてってくれるのー……っ♡」
「やめるにゃ‼︎⁉︎ しっ、
「配信を止めようぜ! 相手に情報を与えたくない——雛がいないから、誰が管理してるんだ⁉︎ 地雷を置くとこ撮ろう、解除スキル持ちはッ」
闇がかるように周辺の地面が泥沼化した。穢泥を溢れさせて前層——第七十八層の、継ぎ接ぎだらけにされた山羊頭の残骸が沼から這い出る。
ブリーチングされたドアが開くと、講堂内を根こそぎ焼き尽くす矢弾や魔法光が殺到。元は最新最前線、現在もこのダンジョンで最強の怪物である山羊頭のレベルは蘇生と継ぎにより元の六九〇から半分以下に低下しているが、
——
三秒間程も無数の直撃に耐えながら、光の照射を大質量で押し返していく。その背から出て、射撃のために前に出ていた後衛群を守る壁役に俺が首斬りを決めると墨華が地に沿わせて大鎌を投擲、後ろに回った緋花がキャッチし、本来の近接職を背後から強襲——〈
回廊には大体幅一杯、三十人程の攻略者がいた。注意を惹きつけ、隊列を変えさせない間に山羊頭が迫力満点の二連撃で薙ぐと、回廊上空から連続で急降下と再消失した緋花が大鎌を投擲と射撃し、取った墨華と俺のX字斬り抜けの後。残りの一群へ山羊頭が暴れかかっていった。
「グラップリングフックだ。——天井に上がろうッ。全部のギルドとここはつながっている。奴らはこいつらがどうなったか、知ってる」
最後の一人を部屋に引き摺り、地雷へ突き飛ばすと、床が砕けて大きめの破片ができた。移動手段のないホワイトブロンドの美少女を掴まらせて天井へ。
ステンドグラスを吹き飛ばし庁舎の屋根へ出る。ロビーには各ギルドへ通じる扉が半円形に並び、扉という扉から増援は次々と転移してくる——
「左目がないままなのに……——」
「俺を見るなよッ! 利口じゃないよな——怪しい奴の条件を俺が満たしている、それにかこつけて俺たちを前線から締め出そうなんて、場ノリで決めたに違いないッ。誰も本当はそう思ってないから出てくる発想だ。手の内が、ばればれなんだよ」
暗殺者の透視スキルで下を見ながら、再開した配信に向けて、周囲を映さないようにしつつ俺はやりとりをした。だが——何故だ。俺がレベル五〇〇かもしれないと僅かでも疑っていれば、あんな高圧的な仕方の要求を俺にすることはできない。
「でも。……っ。後であなたが」
「俺がっ、——?」
緋花に割り込まれて、思わず俺はそっちを見た。
「ひゃっ⁉︎ な、何よッ!」
「何って、見ただけだが⁉︎」
「ふぇっ? そ、そうっ。……。あたしが言いたいのは、これだけ派手なことすれば、後で誰かに狙われたりとかってっ。そういう心配をしてるの‼︎」
「緋花が俺を心配している——だとっ? いや、そうか、緋花にも効いてるんだもんな。何でもない。俺の素顔を知ってる奴はいないから、ダンジョンの外でいきなり襲われたりはしない」
「あたしっ……あなたが誰か知ってるんだけど」
——あっ。
「動画で見て……実際に会ったっていう女の子がっ。その子の友達が、妹とか。本当か知らないけどあなたの。動画には、顔は映ってなかったけど……っ」
——ガブリエルだ。
諦めて、天井に地雷を置く。天井に上がれないので講堂から回廊を行かせた山羊頭がロビーで両手の段平を振り上げる最中——
「違う緋花、それは絶対に違うッ。ここのみんなに俺が誰だか知られたくないんじゃないッ、顔出しNGなのは個人的な理由があって——それは絶対にしたくない‼︎」
広場の外周を段平の刃先が火花を噴きながら旋回、円を描く。迎撃の隊列が中央、一塊に。意思疎通が出来る距離で、強敵相手に役割分担するとなると、必然的にそうなる。
だが天井の床に膝をついて、様子を伺っていた俺は急に前のめりに顔を床面で打ちそうになった。誰にも聞こえないような小さな囁き声で澪が抱きついてきて巨乳を背中におしつけながら言った。
「お兄ちゃん、澪ねっ……歩くの疲れちゃったから抱っこして……っ? 特別の特別に、今日はお風呂で澪を好きなだけ抱っこさせてあげるっ。恥ずかしいけど、ご褒美だよ……っ」
※山羊が死ぬから急いで、という意味だ。
「よし、今だッ‼︎」
地雷を起動。
「でも言っとくけどッ、兄って属性に俺は憧れとかございませんし、現在進行形のトラウマだからな⁉︎」
山羊人形の全身が薄青に光り、大技の予備モーション。段平を左右に広げると、体勢を低くして突進の構え。防御を固めた陣形の頭上へ天井ごと落下すると、墨華が人形と挟撃。衝突寸前で山羊頭は送還され泥へ、再構築した刃人形と緋花が残りを散らした。俺も一人倒し、ホワイトブロンドの美少女——栞に尋ねると、彼女が指差した扉へ全員を促す。
「いいか、みんな。ありったけの罠を仕掛けるぞ。今日から本部をここに移すッ。元の方には、襲撃がいって待ち伏せされている可能性が高い——!」
「「「雛は‼︎⁉︎」」」
三人が同時に、次々に叫んだ。ロビーへの扉を斬撃して壊し、罠と一時封鎖を施すと——猫うさ耳のギルド跡は、快適で開放感のある砂浜のようなコンドミニアム……広い空間。本部は乗っ取ることができる。奥の壁際に白い暖炉と肘掛け椅子が並び、中央には水深の深い噴水が一階層下まで吹き抜けで造られていた。
「真っ先に連絡したッ。危ないから、そこ離れろって。どんな時でも、あいつは二秒で返信してくれる——」
——はずだった。
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