——4


「昔ね。収録の帰りに迷子になっちゃったことがあったんだ。お母さんが迎えに来るはずだったんだけど、一人で早く帰りたかったんだよね」


 上がる昇降機の中で、御調緋花みしらべひばなは淡々と話し出した。


「わかります……雛も、習い事多かったからっ」」

「どこにいるかも、どうやったら帰れるかもわからない……それでしばらく一人でいたら、周りに人はたくさんいたんだけど、この人たち誰もあたしのこと知らないんだって思って。レッスンに通ったりするようになって、自分がアイドルになったと思ってたから、〜〜っっ。でもっ、——」


 リボンを弄っているうちに昇降機が地上についた。


「——いきなり、あたしのこと知ってるって男の子から声かけられて。この人だけはあたしのことを見つけてくれたんだってっ……公式プロフィールにも載ってる話だから、これ! 全然秘密とかじゃないから……」

「へぇー……!」


「だから、もう一度……見つけてもらいたいなってっ。それで頑張っ、っっ——っていうんじゃないけど、あたしが有名になって? メジャーになればなる程、見る目あるってことになるじゃないっ。初期に推した人は! ……今はもうあたしのこと覚えてないとしてもっ」

「何でそんな悲しいこと言うんですか⁉︎」


 雛蜂が驚いて、何か恥ずかしかったみたいに顔を真っ赤にした——


「覚えてますよ! めっちゃいい話じゃないですかっ、むしろ覚えてないわけないです……。絶対がんばってくださいっ、会えないだけで、その人今も絶対に——緋花ちゃんさんを応援してるんですから‼︎ 忘れてたら雛が殺しますよっ」



 うーん……。



「どうかな……?」



 ◇


「——何て名前だったっけ……ッ?」


 胸の奥に何かつかえた感じのまま——もう少しで思い出せそうだったが、疲れていた俺は眠りについた。デビューしたての迷子のアイドル(親からの五時間に渡る講義のおかげで、俺にはその子のことがわかった)と偶然会って……なんていう経験は滅多にないが。

 ふと思った。

 もしかしたら、恋愛のために俺がこの能力を取ったのは、一度きりで終わったあの日あのことが原因なのかもしれないな、と。もし再会できたら……。


「……いやッ、俺のことなんか忘れてるよな——それに。もしもそんな日が来るんだとしたら、こんな能力を持っていちゃダメだろ」


 翌朝目覚めた時、俺もそのことをすっかり忘れていた。


 ◇


 建物を出る。ひんやりした空気は体から一瞬で引き剥がされ、真昼の熱気で地面が歪んで見えた。しかし——


「じゃあ、あたしこっちだから——」

「はい!」


 ——いる。今日もいる。きらっとした水色のツインテ、今日はぴったりしたタンクトップに裾フレアのショートパンツ姿……。



「——ッ」

「?」


 十分距離が離れた。


「誰よッ、あの女。別に誰でもいいけど? でも」



 もし、あたしじゃない子を選んだら——殺す。姿を隠蔽したまま暗殺者の短刀を、握りしめて地下鉄に乗った。


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