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◇
「昔ね。収録の帰りに迷子になっちゃったことがあったんだ。お母さんが迎えに来るはずだったんだけど、一人で早く帰りたかったんだよね」
上がる昇降機の中で、
「わかります……雛も、習い事多かったからっ」」
「どこにいるかも、どうやったら帰れるかもわからない……それでしばらく一人でいたら、周りに人はたくさんいたんだけど、この人たち誰もあたしのこと知らないんだって思って。レッスンに通ったりするようになって、自分がアイドルになったと思ってたから、〜〜っっ。でもっ、——」
リボンを弄っているうちに昇降機が地上についた。
「——いきなり、あたしのこと知ってるって男の子から声かけられて。この人だけはあたしのことを見つけてくれたんだってっ……公式プロフィールにも載ってる話だから、これ! 全然秘密とかじゃないから……」
「へぇー……!」
「だから、もう一度……見つけてもらいたいなってっ。それで頑張っ、っっ——っていうんじゃないけど、あたしが有名になって? メジャーになればなる程、見る目あるってことになるじゃないっ。初期に推した人は! ……今はもうあたしのこと覚えてないとしてもっ」
「何でそんな悲しいこと言うんですか⁉︎」
雛蜂が驚いて、何か恥ずかしかったみたいに顔を真っ赤にした——
「覚えてますよ! めっちゃいい話じゃないですかっ、むしろ覚えてないわけないです……。絶対がんばってくださいっ、会えないだけで、その人今も絶対に——緋花ちゃんさんを応援してるんですから‼︎ 忘れてたら雛が殺しますよっ」
うーん……。
「どうかな……?」
◇
「——何て名前だったっけ……ッ?」
胸の奥に何かつかえた感じのまま——もう少しで思い出せそうだったが、疲れていた俺は眠りについた。デビューしたての迷子のアイドル(親からの五時間に渡る講義のおかげで、俺にはその子のことがわかった)と偶然会って……なんていう経験は滅多にないが。
ふと思った。
もしかしたら、恋愛のために俺がこの能力を取ったのは、一度きりで終わったあの日あのことが原因なのかもしれないな、と。もし再会できたら……。
「……いやッ、俺のことなんか忘れてるよな——それに。もしもそんな日が来るんだとしたら、こんな能力を持っていちゃダメだろ」
翌朝目覚めた時、俺もそのことをすっかり忘れていた。
◇
建物を出る。ひんやりした空気は体から一瞬で引き剥がされ、真昼の熱気で地面が歪んで見えた。しかし——
「じゃあ、あたしこっちだから——」
「はい!」
——いる。今日もいる。きらっとした水色のツインテ、今日はぴったりしたタンクトップに裾フレアのショートパンツ姿……。
「——ッ」
「?」
十分距離が離れた。
「誰よッ、あの女。別に誰でもいいけど? でも」
もし、あたしじゃない子を選んだら——殺す。姿を隠蔽したまま暗殺者の短刀を、握りしめて地下鉄に乗った。
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