——3

「——重い重い重い重いッ! 内臓圧迫されっ‼︎⁉︎ 体重がさッ、攻撃力になってるんだが⁉︎ 何だよッ……?」


 忘れられない思い出がある。俺の親は仕事で海外に行っているのだが、出発の日に、ガブリエルの親父さん(※俺の父でもあるのだが、俺とは血縁がなく日本人でもない)が、俺を呼んだ——


『彗星くん、今までこの部屋、ずっと鍵かけてました……』


 俺はその部屋に招かれた。俺はその部屋……VTuberのお部屋紹介で見るキマった感じの部屋の中でも一握りの上位者しかなれない天井まで本やグッズが積み重なった部屋で言われたのだった。


『ここ、秘密の部屋』


 秘密。


『ガブリエルに、とても悪い。秘密。オーケー?』


 ……俺は、言えなかった。『秘密? ああ、そうなんですか。ちなみに俺とガブリエルは八歳の頃からここが最高の遊び場でしたし、積んである本は全部二人で読み合いっこしましたよ?』、とは。代わりに……お父さんドルヲタなんですね! とせめて明るい声で言ったら五時間講義を受けることになり、奴は飛行機を二時間止めた。


「何って——関心してたぎそ。きっと、これが汚いおっさんの気持ち……女の子が抵抗しようとしても、押しのけようとしてもできない愉悦、それがいいんでぎそな? 性癖がまた広がったぎそー!」


 おー! っと俺の真上に馬乗りのまま、無邪気な笑顔と突き上げた腕の腋がとても綺麗で、おなかと同じくらいプニッとした胸が弾むように揺れる。これが——俺の妹だ。だが、その時玄関のチャイムが鳴ると、ガブリエルは目を細めて意地悪く微笑し、俺を踏んだ。


「二陣目ぎそな?」

「痛ッッエ‼︎⁉︎ は⁉︎」

「そのリアクション……もうちょっと強めと見たぎそ」


 ガブリエルは自室を開け、着替えだした。薄紫のセーラーワンピを頭から被るともぞもぞし……一応着れると、アンダーリムの赤い眼鏡をつけて髪を結んだ。俺はその間に、まずシャワーを止めた。目線の一段下で廊下を純銀の房が靡いて横切る。

 玄関を開けると……大きな荷物が床に置いてあり、隣では一人の少年が土下座していた。


「あら。無事帰ったのね? 全然期待していなかったわ。買えなかった物はあるかしら? ——」


 ガブリエルが指先を顎に当て、別人のような声音で少年に頭上から言った。少年が姿勢を崩さないでいると……俺は目を見張った。若干引いた。今日は……同人誌即売会の日だ。クレカを登録することができず、ダウンロード販売ができないガブリエルは毎年始発で参戦している。


「全部あるみたいね。朝四時から並んだのは、どんな気持ち——?」


 俺はだから、今日なら家でゆっくり休めると思ったのだがッ。


わたくしのために自費でお買い物をして、お金を貢ぐのはどんな気持ち?」

「……ッ」

「快感——でしょ? 言葉がすぐに出るようになさいっ、グズ!」


 ガッ、とサンダルを履いて玄関に出たガブリエルは躊躇せず少年を踏み抜いた。そのまま頭をぐりぐりと弄る……。他人に並ばせている。妹なので何ともだが、諸々全ての問題がなければ確かに、性癖が狂っても『好き? ああそう』となる程にガブリエルはかわいい。かわいい、がダメだろう——。


「お外まで、四本足で歩いてきなさい? ご主人様が見てるんだからっ」


 ——玄関を閉めると、ガブリエルはお茶目にウインクした。だが、すぐにまたチャイムが鳴って、外を覗いたガブリエルは今度は俺を見て言った。


「新刊、増えたぎそ! あと何人、無事で帰って来るぎそかなぁ〜? っ、ふひひ——あっ、これは……お兄ちゃーん♡」

「……」

「役目ぎそ」


 ……役目ッ? 玄関の外——折悪くご近所のお姉さんが通り過ぎる後ろ。壁にぴったりくっつくようにして今度は女の子が二人いた(そのうち一人はオーバーサイズのパーカー姿にフードをすっぽり被っていて顔が見えなかったが、やたらと巨乳で凄く目立った)。幸い土下座はしていなくて、とろんとした目で何事か囁きあっているが。


「みんな、ありがとうぎそ! じゃ、お兄ちゃん——?」


 この場に何の役目があるんだ。は? だが荷物を受け取るとガブリエルは俺を見た。女の子たちも俺をじっと見ている。何か、


「この子たちに、サインして上げてくれぎそな? 本当ならー、予定ではうちがもらって後で渡すつもりだったけど帰っててくれてちょうどよかったぎそ!」


 変だ——一瞬、何を言われているか意味がわからなかったが理解すると俺は戦慄した。こいつ……まさか俺のことを友達に触れ回ってるのか⁉︎ ダンジョン攻略者=動画配信者なので、トップギルドの——〈彗星の騎士団〉はけっこうな人気(※コラボカフェをやる位)なのだが。

 注目されることで俺自身の人気が上がっているのか⁉︎


「どっ——⁉︎」

「おなかでおねがいしまーすっ。……っ♡」


 ここに書け、とばかり女の子の一人がぺろんとシャツを捲りあげた。軽く肋骨の浮いた胸元すれすれまで。

 ——効いている。


「素顔はかっこいいんですねーっ……♡」

「いやッ、バレてるじゃねえか‼︎‼︎⁉︎⁉︎」


 女の子が帰ってしばらくすると俺は、廊下の床に寝転んで新刊を読むガブリエルに詰め寄った。不穏な声音で全身運動をしながら喘ぎ、時折多分キャラの解釈違いが起きると、アンダーリムの眼鏡を外したりつけたりしている。

 シチュだけでよくてセリフは脳内補完するタイプかッ。


「俺がやってることを喧伝するのはやめろッ。俺がッ……俺が誰でどこに住んでるかバレると、とんでもないことになる! 何が起こるか俺にも想像がつかないんだッ。あと、見えないところでやれ‼︎」

「——」


 ガブリエルはスッと立ち上がり、廊下の奥へ歩いた。


「っ、♡ お兄ーちゃんっ——」

「ッ⁉︎」


 そして、奥の扉をぐっと押しながら言った……俺には、その開く音がギロチンの刃が迫り上がる音に聞こえた……ああっ——。

 喉の奥が乾き——。息を吸うと空気が猛烈に寒い——。


「——バレない秘密なんて、ないぎそな? でも秘密は悪くないぎそ。アニメ大好き。声優ファンクラブかけ持ち。重度のドルヲタ。税関で同人誌を没収された数全一。親はきっと、どれ一つとして知られたくなかったぎそ。でも、秘密があったおかげでうちとお兄ちゃんは仲良くなり、んーっ。ちゅーっ。二人は幸せなキスをしてしゅっ——」

「おまえは何もわかってねェえええッ‼︎‼︎ 自分だけは大丈夫と思って! 刃物を持ったヤンデレがデレデレで、それでどんなことになるかッ、この能力を得る前の俺と同じようにおまえは想像することも、……。……——? 今のは何だッ」

「お兄ちゃん?」


 ……急に変な感じがした。頭の中を一瞬鋭い針で刺されたみたいな。何だかわからず、その感触はすぐにかき消されていく——。


「——あの時のことかッ。何で今……思い出したんだ……?」


 消えかけの感触をかすかに掴み取って、自室に戻り鍵をかける。「お兄ちゃん⁉︎ 開けて!」扉によりかかると、鍵は壊れなかったが体当たりされたらしく、反動で俺は弾きとばされた。

 なお——俺が能力を得る前まで、ガブリエルは土下座の少年にする感じで俺に接していた。この力の恐ろしさを最初に恐怖した瞬間である。


 俺が、その時思い出したのは幼い頃のことだ——が、いやそんなことよりッ、早急に何とかしないとまずい。俺の正体を制御不能の奴が触れ回って拡散させてるなんて!


 ——

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