追いかけてきた幼馴染 3
二日後の昼過ぎ、ジラルドを乗せた馬車が離宮に到着した。
「アドリアーナ!」
玄関で出迎えたアドリアーナのもとに、馬車を降りたジラルドが満面の笑みで歩いてくる。
「急に来るなんて言うからびっくりしたわ」
「ごめんごめん。あ、でもちゃんとお土産もあるよ。はいこれ。グラートから」
「お兄様から?」
「あまり他人に預けたくないというから俺が持って来たんだ」
「そういうことだったのね。ジラルドをお使いにするなんてお兄様ったら何を考えて――」
「ああ違うよ、俺がここに来たのは俺が来たかったからで、グラートの手紙の方がついでだ」
ジラルドはそういうけれど、東の国境の離宮にジラルドは何の用事があると言うのだろうか。
玄関先でいつまでも話し込んでいられないので、ジラルドを案内してサロンへ向かう。荷物を見るにしばらく滞在する気満々なようだから、お茶を飲んでいる間に使用人が荷物を部屋に運ぶだろう。兄からの手紙は後から部屋に一人きりになったときに読めばいい。早馬を使わなかったから急ぎではないはずだ。他人に預けたくないということは中身をほかの人間に見られたくないということでもあるだろう。
「ここでの暮らしはどう?」
「一応幽閉ってことになっているからこういう言い方をするのはどうかとも思うけど……快適よ。とっても。王都の方はどう?」
「ああー……うん」
ジラルドが言葉を濁したので、アドリアーナはサロンの隅で待機していたメイドに下がるように伝えた。
サロンの中が二人きりになると、ジラルドが重たいため息を一つ吐く。
「正直、王都は今ごたついてるよ。とはいえ、陛下が殿下を廃嫡にしなかったことと、それから陛下がブランカ公爵家を重用していると示したからか、今のところ表向きはほとんど無風だけど、水面下では勢力図が少しずつ動いてはいるね。下級貴族の中にはミラネージ男爵家についたら甘い汁が吸えると勘違いして男爵家と懇意にしようとしている連中もいるけど……、状況をきちんと判断できる上級貴族はむしろ王家から離れようとする動きの方が大きかったりする」
「おおむね予想通りの動きね。オリーヴェ公爵家の方は?」
「うちには貴族の何人かが王位継承をどうするのかと探りを入れに来たみたいだね。父と兄が対応していたけど、殿下を廃嫡にして兄が王位を継いだらどうかというようなことを回りくどく言われたらしいよ」
「……それも予想通りね」
アドリアーナやジラルドだけでなく、少なくとも国のトップに君臨する上位貴族や王族は、こうなると見通していたはずだ。正しく理解できていなかったのは、騒動を起こしたヴァルフレードだけということになるだろう。下級貴族の、それも政治とのかかわりが少ない貴族たちが予測できないのは仕方がないが、王太子でありながら予測が立てられていなかったヴァルフレードは愚かとしか言えない。どうしてもプロムの日にアドリアーナを追い落としたかったのなら、未来でどういう動きがあるのかまで見通して対策を取らなければならなかったのだ。
「うちは今のところ中立で行くと父が判断したから、様子見ってところ。兄も王位には興味がないし……まあ、誰もなり手がいなかったら考えるだろうけれど、国王になるための勉強をしているわけじゃないからね。今から慌てて学ぶくらいなら、アロルド殿下を上げた方がいいと言うのが本音かな。ヴァルフレード殿下が相当な巻き返しを見せない限り、遠くない未来で殿下を廃嫡にすべきだという声は上がるだろう。上級貴族の大半がその動きを見せれば、いかに陛下とて殿下を守り切れないだろうね」
「陛下も大変ね」
「そうだけど、まあ、自分の息子だからね。教育係に任せていたとはいえ、陛下に責任がまったくないとは言えない。何故ならうちもグラートも、学園での動きは連絡を入れていたんだから。学生のすることだから表立って介入できなくとも、殿下に対して余計なことをしないように釘をさすことくらいで来たはずだ」
「たぶん、釘を刺してくださったと思うわよ。……抜けちゃったみたいだけど」
「それじゃあ釘を刺したことにはならないよね」
ジラルドは肩をすくめて、ティーカップに手を伸ばした。
喉を潤してから、小声で続ける。
「王都はこれからまだ荒れると思うよ。特に、殿下はクレーリア・ミラネージを正式な婚約者にして王太子妃にしようとしている。下級貴族はともかく、上級貴族や城の人間は猛反対しているらしい。このまま対策も取らずに強行しようものなら、いつ殿下が島流しにあってもおかしくない」
「島流しなんて大袈裟な……」
「そうとも言えないよ。これだけ大混乱を巻き起こしたんだ、国に留まられるよりは隣国に婿に出したほうがいい」
「……そうね」
ジラルドの言い分はもっともだった。
もしこのままヴァルフレードが巻き返せなければ、他国へ飛ばされる線が濃厚だろう。かといって、ヴァルフレードがここから巻き返せるとはとてもではないが思えなかった。もし本気で巻き返しにかかるのならば、少なくともクレーリアとの縁談は白紙にした方がいい。けれどもクレーリアを王太子妃にするつもりでいるのならば、ここから先はいばらの道どころではない。
「とまあ、王都は今こんな感じだよ。面白くない話はこのくらいにして、これからの相談をさせてくれないか」
「これからの相談って?」
ほかに何か相談があるのだろうかと首をひねると、ジラルドが茶目っ気たっぷりに片目をつむった。
「父上と母上からは許可を得た。だから俺も、ここに住まわせてくれないかな」
アドリアーナはぱちぱちと目をしばたたく。
そしてたっぷり沈黙した後で、思わず立ち上がって叫んだ。
「ええ――――⁉」
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