9-12.まさか……エルトって

 ついていないというのか、これもなにかの縁というのだろうか……。子どもたちの立会人になったから、貧乏神に呪われた、というわけではないだろう。


 巻き込まれた結果、ちびっ子たちの監視、教育、護衛任務、資産管理を請け負うことになったが、それは仕方がないこととして、フィリアは素直に受け入れていた。


 ちびっ子たちをこれ以上放置していたら、この先、もっと、もっと、とんでもないことが起こりそうで怖い。


 後始末で苦労するのなら、目の届く範囲で、しっかりと監視して未然に防ぐのが安全だ。

 

 目の届く範囲とは思ったが、この今の状況はどういうことだろうか。

 届くどころか、目の前にいる。

 かなり距離が近い。


 なぜ、今日、出会ったばかりの、十歳になるかならないかの少年を、連れ帰る……『お持ち帰り』することになるとは……フィリアは現実を受け入れることができないでいた。


(なにが……どこで間違えてしまったんだろう……)


 フィリアは頭を抱えこむ。


 あれは……。

 そう、あれは……。

 ギルド長の事情徴収から解放された後。

 女性陣のたっての願い――わがまま――で、打ち上げという名目の夕食を、ちびっ子たちも交えて食べることになった。


 食事をちびっ子たちに御馳走するとはいえ、大人の都合で出会って間もない子どもたちを夜遅くまで拘束するのはまずい。

 早めに食事を終えたフィリアが、子どもたちを送り届けようと、メンバーを残して店を出た。


 そこまでは、問題はなかった。

 順調だった。

 ちびっ子たちの監視、教育、護衛任務、資産管理を請け負う者として、フィリアは模範となるような、正しい行いをしていた。


 ここまでは、問題はなかった。


 だが、リオーネとナニは、眠ったままのエルトをフィリアの腕の中に残したまま、【帰還】の魔法を使って、さっさと帰ってしまったのである。


 あっという間の出来事だった。


 子どもたちが『帰った場所』には結界が張ってあるのか、フィリアはふたりの気配がぶちっと途切れてしまい、帰還先を追いかけることができなかった。


 つまり、フィリアはエルトと共に、その場に取り残されてしまったのである。


 油断していた。

 仲間を忘れる者などいるわけがない……。と、(幼馴染を酒場に置き去りにした)フィリアは思い込んでいたのだ。


 そこからフィリアの「どうしよう……困った……」という終わりのみえない呟きが始まったのである。


 通りの真ん中で立ち尽くしていても仕方がない。

 しばらくの間、いや、けっこう長い時間だ。

 フィリアはすやすや眠るエルトを抱き続け、店の軒下でふたりが戻ってくるのをじっと待っていた。

 ひたすら待ち続けた。


 が、リオーネとナニは戻ってこなかった。


 十中八九、わざと置き去りにしたのだろう。

 フィリアが会計をしている間に、リオーネとナニとの間でどんな会話がなされたのかはわからない。


 フィリアとエルトのただならぬ様子を面白がっての仕業なのか、子どもなりに気をきかせたつもりなのか……。


 店内に残っている仲間のところに戻っても、あのメンバーではこの問題は解決しない。

 むしろ、逆に事態が悪化する。


 迷った末、フィリアは自分の部屋にエルトを連れ帰ったのだ。

 やむなく、連れ帰ったのだ。


(これは不可抗力だ! どうしようもなかったんだ!)


 決して、ルンルンな気分でかっさらってきたのではない。


 ……と、自分自身にフィリアは言い聞かせる。


 トラブルだらけの一日だったような気がするが、まだ一日は終わっておらず、新たなトラブルに直面している……とフィリアは思った。


 フィリアのとまどいは、時間がたてばたつほど、大きく、深刻なものになっていった。

 ついに思考が行き詰まる。


「まさか……エルトって、皇帝の血筋ってことはないよね?」


 何気なく呟いた言葉だったが、フィリアはその可能性に思い当たり、大きく震え上がってしまった。

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