7-12.帝都内の薬草園で盗ってきてくれた方が

「ああ。普通の見習い冒険者で、仲間に運良くエルフかハーフエルフがいたとしてもだな……三週間はかかる。そんな時間がかかる採取依頼をだな、ちびっ子たちは、日帰りでやっちまったんだよな……」


 ルースの視線がさらに遠くなった。

 これを関係各所にどう説明したらよいのか途方にくれる。


 もう、いっそのこと、各国の冒険者ギルドの代表を、夜のうちにこっそり殺してしまうのが一番簡単なような気がしてきた。

 

「すげ――な。前々から思ってたけど、エルトの転移魔法って、最強じゃん!」

「ちょっと、リオーネちゃん、喜んじゃだめ。それめちゃくちゃヤバいコトだから!」


 無邪気にはしゃぐリオーネに、ミラーノが慌て口を挟んだ。


「そうなのか?」

「あのね、【転移】魔法ってね、座標さえちゃんと把握できたら、行ったことがない場所にでも、行けちゃう魔法なの!」


 常識外れの展開に興奮しているのか、ミラーノの声が自然と大きくなっていく。


「でもね、消費魔力量が多かったりとか、熟練度とかでね、移動距離が限られてたり、結界があったら移動できなかったり……色々な制限がある魔法なの。でも、エルトちゃんは、ナニちゃんとセットなら『惑わしの森』の結界をすりぬけられるんでしょ! で、その日のうちに、行きと帰り、最低でも二回【転移】魔法が使える!」


 エルトは軽く首を傾けている。

 【転移】魔法が当たり前の存在すぎて、ミラーノの言いたいことが、伝わっていないようである。

 自分の発言が子どもたちには響かなかったようで、ミラーノはこめかみを押さえながら嘆息した。


「エルトの【転移】魔法はもっとすごいよ。これから、もっと伸びると思う。ただ、他の移動系魔法と違って、【転移】を使える人はとても少ないんだ」


 エルトの頭を優しく撫でながら、今度はフィリアが諭すように語る。


 【転移】は、行き先の座標さえわかれば、初めての場所でも行くことができる。


 移動系の魔法は様々あるが、目に見える範囲での移動に限られているとか、本人が行ったことがある場所限定であったり、移動先に移動元と同じ魔法陣を仕掛けていないと発動しないタイプなど、細かな制約が多い魔法であった。


「……そして、【転移】は色々な『悪いこと』に使えるよね」


 フィリアの声が悲しみに沈む。


 【転移】魔法はただの便利な移動手段ではなく、窃盗や暗殺といった闇の部分でこそ、真価を発揮すると考え、悪用する者もいるくらいである。


「ぼくもね……いまだにというか、ますますなんだけど、色々な職業の人から『お誘い』を受けて迷惑しているんだよ」

「…………」

「暴力で従わせようとする人や、拉致しようとした人もいた。まぁ【転移】で逃げたけどね……。帝国からは、定期的に仕官命令がきているけど、ギルド長に断ってもらっているんだ。便利な移動用魔道具扱いされるのは目に見えているからね。奴隷紋を埋め込んで、服従させようとした人もいたよ……」


 奴隷という単語に、子どもたちの表情がさっと凍る。


「…………」

「大丈夫! エルトはおれが護るから! 絶対に護ってやるから!」


 怯えるエルトの手を握りしめ、リオーネが宣言する。


「わたしもエルトを護る」


 ナニも静かに言い放つ。

 頼もしい仲間だね。とフィリアは思わず目を細めた。


「やってしまったことはしかたがない。これは、先輩からの忠告。今後は、【転移】の『扱い』は気をつけるんだよ。そして、それを利用しようとする奴よりも強くならないとだめだ。ま、エルトなら大丈夫だとは思うけど。ただね、帝国が本気になったら、なりふり構わずで相当ヤバいから、気をつけてね」


 エルトが小さく頷いた。


「フィリアの言葉は、脅しじゃないぞ。本当のことだ。あんまりやりすぎると、ギルドではかばいきれなくなる」


 苦味を含んだルースの言葉に、エルトがもう一度頷く。


「……どっちかっていうと、帝都内の薬草園で盗ってきてくれた方が、ありがたかったんだがな……」


 最後にギルド長の本音がぽろりと漏れてしまったが、大人たちは聞かなかったことにしようと、こっそり目配せし合った。


「さて、薬草問題は片付いた」


 そう、薬草問題は片付いた。

 しかし、ゴブリン討伐がまだ残っていた。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る