第18話 志依の特技
へそ出しってもんじゃ済まされないくらい露出されたセパレートタイプのユニフォームに俺は昇天した。
そ、そうだった。志依の部活は陸上競技って言っていたもんな。
「えろーい……?」
志依は俺が運動場にこだませた台詞を不思議そうに復唱する。
「しー、急に立ち止まったと思ったらどうしたの? えろーいは、君えっちだね~って意味だけど、それが何?」
「君えっちだね~……? えーちゃん。私、えっちだね~なの?」
身長差の所為だと思うけど、上目遣いになって訊く志依にAは固まり、頬を染めて頷いた。
「お、おう……えっちだ」
「だね。だってこのユニフォームだもーん。しーはさぁ、スレンダーな上に高身長で美しい、つまりモデル体型の私たちよりも小柄でおっぱいが大きいじゃん? だから変にえっち!」
「大きくて、変……?」
Bにそう言われて、志依は自分の胸元へと視線を移す……。
競技の妨げにならないように、しっかりと胸を包み込んだユニフォーム。それによって生じるこの窮屈そうな感じと、酸素を欲するように顔を出した谷間。
ご、ご馳走様です……。
しかも志依は童顔つーか可愛い系だから、余計にえろく感じるんだよな~。
今度はAが口を開く。
「ユニフォームって言えば、昔はマラソン選手みたいなのが主流だったらしいけど、今じゃあ海外の強豪選手を真似たこのスタイルが一般的になったんだってさ。私はむしろ背がでかいからこのユニフォームの方が様になるし、結構気に入ってんだ!」
「えーちゃん物知りだね。ユニフォームも似合ってるよ」
「しー、私はっ? 私はどう!?」
「うん。すっごく似合ってる。2人ともえっちだね~なのかはわからないけど……ん~何て言うか、すっごく格好良くてセクシーに見えるよ?」
「「まじ!?」」
おいおい、空気抵抗を軽減したユニフォームを着る選手へ向けて、いやらしい見方をするやつが居るって問題になっていなかったか? 当人たちが喜んだりしていてもいいのかよ?
まぁそれとこれとでは話が別なんだろうけど。って、常に志依を
きゃっきゃきゃっきゃする3人の様子を父親のような眼差しで見ていると、ふと背後から誰かが近付いて来る気配がした。
振り向くと居たのは大人の男性だった。
部活の顧問だろうか。前髪をセンター分けにしていて、スポーツメーカーの白い半袖Tシャツと黒いジャージを着ている。志依たちのユニフォームと配色が一緒だった。
「
「あ。
俺は飛崎の言葉に記憶を呼び起こされた。志依ん家の表札が、ぽわんと頭の中に浮かぶ。
そうか。誰のことだと思ったら
曖昧だったあいつのフルネームが、
年齢はお兄さんと同じくらいだろうか。先生にしては若い方だろう。でも夜に活動していそうなお兄さんと違って、この青空がよく似合う清潔感のある人だった。
ちょっと顔がいいのが鼻につくけど、常識をわきまえていそうだし、さすがに生徒に手を出すことはないだろう。
そう思った矢先。飛崎の手は志依の頭の上に伸びた。
「来てくれたんだな……ありがとう。それじゃあ怪我をしないように、準備運動は念入りに頼んだぞ?」
「はい。あの飛崎せんせぇ。色々とご迷惑をおかけして……あれ? どうしてだろう。お辞儀が出来ない……。あ、もしかして幽——ふぁふふぁふ」
ふぁふふぁふって何? と、志依はAとBの2人に笑われてしまう。
ごめん、志依。俺がお前の口を押えたからだ。でも幽霊と
「ははは。いいよ、お辞儀もお詫びも。さて今日はここを借りれたわけだし、本番さながらの練習が出来るぞ。他のみんなも到着したら早速始めよう!」
「はい」「「はーい!」」
3人は飛崎と別れて、これから走るレンガ色のトラックから俺が立つ芝生の中へと移動してくる。2人に比べて運動神経を感じさせない、
志依の察した通りだ。頭を下げられなかったのも俺の所為。後ろからユニフォームを引っ張ったんだ。だってその格好で、男に向けて前屈みになるとかはやっぱ嫌だし……って、おい!
「ん~っ」
そう思った矢先。芝生の上にお尻をつけた志依は開脚した。両足のつま先に向けて片方ずつ手を伸ばしながら身体を前へと倒す。
ストレッチか……。まぁ大事だよなぁ~。
だけどショートパンツがスパッツになったようなユニフォームは志依の形を拾う。目に毒だ。
そう思いつつも、見てはいけない部分をチラチラと眺めたりしていると時間があっという間に過ぎていて、気付いたら部員が10人ちょっと増えていた。俺が集中している間に、どうやら部員の全員が集まっていたようだ。
というわけで、話があった通り飛崎の指導の下、早速練習が開始された。
「みんな準備はいいか!?」
トラックの上に立ち、それぞれのスタート地点ではーいと返事をしたのは、志依とAとBの2人。そしてショートカットの髪型をした3年生の1人だ。
つまり今から始まるのは、4×100。志依が出場する100m走リレーの練習である。
「位置に着いて……よーい」
ピッ! と飛崎が甲高く笛を鳴らしたのを合図に、Aがスタートを切った。
速い。風を切ると言うのはこういうことを指すのだろう。それに、よくその足の長さで転ばずにコーナリングが出来るなと引いた。
第2走者はB。
曲線路を走ったAとは違って直線を駆けるからか、さっきよりもスピードが速く感じた。ユニフォームの空気抵抗がどうのこうのって言うなら、足が長いだけ長い方が有利になれるような気がしてきた。わかんねーけど。
そして第3走者は志依。いよいよ俺の嫁の出番だ!
どんな走りを見せてくれるのだろうか。
正直なところ、志依については人数の埋め合わせ要員だと思っていた俺。でも志依がスタートを切った瞬間、俺の考えが浅はかだったことを思い知らされる。
Bのスピードを殺さずにバトンを受け取る技術。それから地面を蹴る軽やかな足運び。
「志依もあんなにかっこいい顔をするんだな……」
志依の真剣な表情と意外な側面を見て、俺は人知れず心を震わせたのだった。
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