第8話 女子の距離感

「じゃあ先に部屋で待ってるよん♬」

「苺ポッチーだけじゃなくて、ポップコーンもあるかんね♡」


 志依は階段下でギャルA・Bの2人(+お兄さん1人)と別れた後、キッチンへと向かった。

 冷蔵庫から取り出したのは、赤いラベルの炭酸ジュース。


「お前、ずいぶん慎重だな」


 氷を入れたコップにジュースを注いでいく姿が一生懸命で子どもみたいだ。微笑ましくて俺は自然と頬が緩んでしまう。

 だけどその反面、何度も味わったことのある甘い匂いと、ぱちぱちと炭酸がはじける音に俺は少しだけ寂しさを覚えていた。


「今は夏休みだもんな。みんなで食っちゃあ喋って遊ぶんだろ? 女子だなー」


 おーいと呼ぶけど、


「ええっと、あとは丸くするやつ……」


 聞こえてねーや。



「何これっ、バニラアイス入ってるよ!」

「前にファミレスでしたカスタムと一緒じゃんか!」

「うん。栄子えーちゃんもびーちゃんも美味しそうに食べてたから、ちょっと真似してみたんだ」

「「えー!?」」


 余程感激したのか、2人は志依に抱き付いて、歳の離れた妹でも可愛がるように頭を撫でた。

 高身長で金髪に健康的な肌の2人は、小柄で髪も肌も染まっていない志依との見た目のギャップがあったが、すごく仲が良いらしい。


『すげー距離ちけーし……』


 聞こえるはずがないのに、なんとなく小声になってしまう。


『羨ましいの?』

『なっ、別にそんなんじゃ……』

『あはは。素直だね~』


 隣を見やると、お兄さんもさっきの俺みたいな顔をして笑っていた。


「しー見て! このショートケーキ味のポッチー可愛いでしょ?」

「うん」

「あ。今しーが食べてんのは、ついこの間発売されたばっかの苺大福味だよ。美味し?」

「うん」


 うん、と言う割りには喉を通らないみたいだ。最初のひと口も小さい。

 やっと飲み込んだかと思ったら、志依はポッチーを持ったまま俯いてしまう。


『おいおい、どうした。せっかく友達が来てやってんのに……——ぬあ!?』


 俯いた志依の膝の上に、ぽたぽたと涙が落ちる。


「2人ともありがとう……」

『えっ? そんなに美味いの!?』

『いやいや違うでしょ……』


 しくしく泣き出す志依を見ながら、笑った顔の次は泣き顔かよと思った。


『また見惚れてる~。泣き顔も可愛いよね、志依ちゃんって。でもいい加減、邪魔ばっかりしてないで表にでも行こっか、高校生。このまま女の子たちを眺めていたいのはわかるけど、ナンセンスだろ?』


 俺よりも志依のプライベートに踏み込んできたくせに、お兄さんは大人ぶってそんなことを言う。

 でもわからなくもない。女子同士の会話を盗み聞きするのは気が引けるし、俺だってそんな趣味はない。


『わかりました。行きましょう……げ! あいつまだ居ますよ!』


 部屋を出ようと何気なく見上げた天上の隅で、志依たちの動向を窺うおっさんを見つけた。

 というか忘れていた。同居人の1人に、顔だけのおっさんも居たことを。


『ああやって強制送還を免れたんだな。浮遊が出来るのとかって反則だろ。お兄さん、あいつどうしますか? ……お兄さん?』

『し……!』


 おっさんから視線を移すと、お兄さんはドアの前で志依の方を見ながら声を潜めていた。

 俺も見てみると、志依を慰めていたはずの2人が言い合いをしていた。そんな2人の間で、肩をすくめながらちまっと座る志依はなぜか顔を赤くしている。


 一体、何が起きているんだ……?


「お、お前っ、こんな時にどこ触ってんのっ?」

「ご、ごめん。しーの頭撫でようとしたら手が当たっちゃって……」

「いやいや、当たっただけならまだしも、ずっと摩ってたでしょーがっ?」

「だ、だっておっぱい触ったら、しーがピクンってして……じゃなくてっ、泣きんだからさっ。だからつい撫で回しちゃってた……」


 へ!? ちょっと目を離した隙に、どういう状況になったのこれ!?


『つ、つかお兄さん……さっき部屋から出るって言ってませんでしたっけ……?』

『しーぃ! 煩いよ。ナンセンス』


 はぁ? これだから色情霊は!

 まぁでも俺も裸でキスしちゃったし、似たようなものか……。


(ドキドキドキ)


「ごめん2人とも、心配してくれたのに……」

「しーが謝ることないって!」

「そうだよっ。ご、ごめん、私がちょっとエロい気分になっちゃって……」

「う、ううん。私こそ敏感になっちゃってた……」

「「……!?」」


 俺も2人と同じリアクションになる。心臓が飛び跳ねた。


「私ね、少し前から変なんだ……。誰も居ないのに男の人にキスされたり、身体を触られる感覚がしたりもして。あとそれだけじゃなくて、い、いやらしい声が聞こえる時もあって、実は2人が来てくれる前も……っ。はぁ恥ずかしいよぅ……なんだか私すっごいえっちだよね……?」


 色白の肌を赤く染めて、瞳を潤ませて、やばいやばいやばい。

 そんな台詞をその熱っぽい顔で言うなって。押し倒したくなるだろっ。


「べべべ、別に変じゃないよっ。びーもそう思うよねっ?」

「う、うんっ。そういう妄想って女の子もするって! あ」


 思いも寄らないBのカミングアウトに志依はきょとんとした。Bの顔が赤くなっていく。


「びーちゃん、そうなの……?」

「え、いや、その」

「ぷ! あははははは!」


 Aは笑い転げた。でも志依は解っていないようで、2人を交互に見ては、小首を傾げた。


 あっぶねー。このまま妙な雰囲気になっていたら色々もたなかったかも。


 そう胸を撫で下ろす俺の隣では、お兄さんが舌打ちをしていた。

 これだから色情霊は!


 しかし、そう思ったのも束の間。Aは志依ににじり寄りながら言った。


「ねぇ志依? 女の子同士って興味ある……?」

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