古びた喫茶店の中で

まなた

第1話あの日の君へ

「もし君が選択肢を間違えていなかったら一緒にいることが出来たのだろうか」



あの日、僕が君の気持ちを受け止めていたら君は今も生きていたのだろうか?


僕は古びた喫茶店に何気なく入った。


カランコロン。昭和に取り残されたような喫茶店の内装はなぜか僕の心を癒す。


「いらっしゃいませ」


僕は軽く会釈をしてカウンターに腰を落とす。


マスターと思わしき50代くらいの男性が水を持ってくる。


「コーヒーをお願いします。」



「かしこまりました」


マスターは礼儀正しく答えるとコーヒーを煎れる準備を始める。



あの日、今から5年前。僕は幼馴染の真紀から告白を受けた。


20のころだった。僕は就職をしたばかりで恋人を作る気もなかった。


それに相手は真紀だ。


小さいころからずっと兄妹のように育ってきたのにまさか告白をされるとは思っておいなかった。



思えば朝から真紀の様子はおかしかった。


「ねえ良介、今日仕事終わりに時間ある?」



「え、うーん。仕事も忙しいからな何時になるかわからないけど」



「いいよ、何時でも待つから。場所はいつもの居酒屋ね」



めんどくさいな。僕の気も知らないで勝手に話を進めるなよ。



「あまりに遅くなったらひとりで帰ってくれよ」



「ナンパされたらどうするのよ」



「おまえをナンパするやつなんていないよ」



「失礼なやつ」


真紀は僕のわき腹を軽く叩く。



駅に着いて目的地が違う僕たちは自然と反対側のホームに分かれる。



僕はホームでボーっと立っていた。反対側には真紀が手を振っていたが僕は気づかない振りをしていた。


次の瞬間、真紀は大きな声でホーム越しに何か叫ぼうとしていた。しかしちょうどやってきた電車がそれをかき消していた。



僕は早速出勤して仕事を黙々と始める。相変わらず仕事は定時で終わりそうにないな。



気づいたときにはすでに23時になっていた。


毎日のことなので気に留めてはいなかった。はぁ帰るか。僕はふとスマホの画面を見る。


すると真紀からのメッセージが10分前にあった。


「まだ、待ってるよ」


まじかよ、すっかり忘れていた。


僕は急いでジャケットを着て駅に向かう。


朝、憎まれ口を叩いてはいたがこんな時間まで女一人で居酒屋に居るのはいささかどうかと思ったが僕は電車に揺れながら目的地に向かう。


僕たちが利用する居酒屋は地元の駅から近い場所だ。僕は早歩きで居酒屋に向かい扉を開ける。



「いらっしゃい」


僕は店長に軽く会釈をして真紀を探す。



「こっち、こっち」


真紀が大きな声を出しながら手を振っている。


僕は一番奥のカウンターに座る。



「悪酔いしてるの?」



「良介が遅いからいけないんでしょ」


真紀は明らかにいつもより酔いが回っている。



「もう帰ろう。24時になるよ」



「今から来たのに帰るなんて許さないから」


真紀は僕を睨む。



「分かったよ、大将、ビールをひとつ」



「あいよ」


店長の意気のいい挨拶とは裏腹に僕の気持ちはすっかり落ち込んでいた。


明日も遅くまで仕事なのにさっさと家に帰って眠りに着きたい。



「良介っていつも暇よね」


真紀が唐突に突っかかってくる。



「暇じゃないよ、仕事が忙しいんだ」


僕はムッとなって言い返す。



「それが暇なのよ、仕事人間。恋人の一人くらい作りなさいよ」



「だからそんな暇ないって」


僕はいらいらしながらビールを一気に飲み干す。



「大将、もう一杯」



「あいよ」



「お、いいじゃない」


真紀がうれしそうに僕の飲みっぷりを評価する。



「それで何のようだこんな遅くまで」



「いいじゃない、ただ一緒に飲むだけよ」



「それにしても一人でこんな遅くまで」



「じゃあ、さっさと来ればいいじゃない」



「もう一杯飲んだら帰るぞ」



「まだ始まったばかり。今夜は飲むよ」



「大将お会計」



「ちょっと良介!!」



「俺は明日も仕事なんだよ。付き合ってられないよ」



「そう・・・」



「ほら、行くぞ」



しぶしぶと真紀は僕の後に付いてくる。



外にでると真紀は大きなため息をつく。



「どうしたんだよ。なんかあったのか?」



「別に、ねえ良介。今の生活楽しい?」


突然の質問に僕は戸惑う。



「楽しくは、ないかな。仕事ばっかだしな」


僕たちは歩道橋を歩く。




「彼女でも作りなよ」


真紀はふらふらと歩きながら言う。



「そんな余裕はないよ。出会いもないし」


真紀はその場で立ち止まる。



「私じゃだめ?」



「えっ!!」


僕はいきなりの言葉に思わず声が出る。



「何を冗談を言ってんだよ」



「真面目な話よ」


真紀は真剣に僕の目を見つめる。



「どうしたんだよ、今日の真紀は変だよ」


すると真紀はいきなり僕に抱きついてくる。



「ちょっと真紀」



「ねえ、キスして」



「・・・ごめん」


僕は真紀の肩を掴んで離す。



「冗談よ。なにマジになってるのよ」


ふふっと笑いながら真紀は後ろを向く。



気まずい空気が流れて僕は立ち止まる。


時計は1時を回っていた。



「さあ、帰ろう。真紀」


僕が後ろを振り向いた瞬間にドスンと大きな音が聞こえた。


それと同時に車の急ブレーキ音と悲鳴が聞こえる。


何が起こったのか僕にはわからない。今分かるのは目の前にいた真紀がいない事だ。



「真紀!!」


僕は歩道橋から体を出す。


真紀は道路に倒れこんでいる。



「嘘だろ」



次第に人だかりが増えていく。



救急車を呼ぶ声も聞こえてくる。


僕はそのまま立ち尽くしていた。


何が起きたのか。


真紀はどうして。



僕は気づいたらその場から走り去っていた。


数名の男が僕を追いかけてくる。


おそらく僕が突き落としたのだと勘違いしたのだろう。


僕は当てもなくただ只管走り続ける。


気づいたら追いかけていた男達はいない。



「なにが、どうして。これは悪い夢だそうだ」


僕は独り言を言いながら家に向かって歩き出した。



「お客様コーヒーができました」


ボーっとしていた僕にマスターがコーヒーを差し出す。



「あ、ありがとうございます」



「なにか悩み事ですか?」



「いえ、ちょっと昔のことを思い出していたんです」



「そうでしたか、非常に寂しそうなお顔をされていたので」


寂しそうな顔。そんな顔をしていたのか。



「5年前」


僕は自然に口を開いた。



「ええ」


マスターはゆっくりと自分のカップにコーヒーを入れる。



「僕はあの時どうしてればよかったのか。今も悩んでいるんです」



「あの時?」


僕は5年前の話をマスターにする。



「そうでしたか。お葬式には?」



「僕に行く資格はないですよ」



カランコロン


勢いよく喫茶店の扉が開いた。



「相変わらず、閑古鳥がないてるね、マスター。レモンジュースね」


入ってきたのは金髪のいかにも悪さしかしていないような中学生か?の女の子だった。



「残念、今日はお客様がいますよ。それよりまた学校はサボりですか」



「へえ、珍しいこともあるもんだ。学校は謹慎中」


少女は僕のほうをしげしげと眺める。



「なんだい?」



「なんだか辛気臭い顔してるなって思っただけ」


ずけずけと生意気な子供だな。僕は露骨に不愉快な顔をする。



「で、何話してたの?」


女の子は僕の隣に座ってくる。



「デリケートな話ですよ」


マスターが女の子に飲み物を渡す。



「いいじゃん、教えてよ」



「もう、わかったよ。教えてやるから」


僕は投げやりにことの経緯を説明する。



「ふーん」


女の子はストローを咥えながら興味なさげに返事をする。



「興味ないなら聞くなよな」


僕は席を立とうとする。



「だっておっさん嘘ついてるんだもん」


女の子の言葉に思わず僕は椅子にもう一度座る。



「嘘ってなんだよ」


僕はごくりと息を飲む。



「あんたの話からは創傷感がないんだよね。むしろ清々しているように聞こえる」



「何が言いたい?」



「あんた、その人を突き落としたんだろ?記憶から消してるだけでさ」



「ば、ばかなことを言うなよ」



「あんた、そのとき彼女がいたんじゃないの?」



「え、なんでそれを」



「あんたの幼馴染が事故死する一週間前に女性が死んでいる」



「・・・」



「それがあんたの彼女。違う?」



「なんで知っているんだ。僕の彼女が殺されたことを」



「やっぱりね。あんたの幼馴染が犯人だったんじゃない?あんたはそれを知っていた」



「ば、ばかなことを言うなよ」



「それであんたは迷っていた。その人を殺そうか・・・でその日の夜その人は選択肢を間違えた」



「選択肢・・・」



「そう、あんたに罪の内容を話すか。ぜもその人はあんたを求めたんだ。そこであんたの中の悪魔が動いた」



「ちがう、僕は、僕は」



「別に私の妄想話だよ、本気にすんなよ」



「マスターお会計を」


僕はゆっくりと立ち上がり会計を済まして逃げるように喫茶店を出る。



「気づいていたんですか」


マスターは金髪の少女に話しかける。



「なんとなくね。話してるときに嘘をついてる感じがした。それとあの人の事件の前に殺人事件が起きてたのは親父に聞いてたから」



「お父様とお母様の影響がすばらしいですね」



「どうだろうね、まあ後半は推測で話しただけ出し」



「そうですか。それで彼はどうするでしょうか」



「さあ、自首するもよし、このまま普通に過ごすのもよしなんじゃない」



「あそこまで追い詰めて放置ですか」


マスターはやれやれと呆れた顔をする。




僕はどうすればいいのだろうか。


この5年間ずっと悩んでいた。


あの日、真紀が真実を話していてくれたら僕は真紀を許せたのだろうか。


真紀の気持ちはずっと分かっていた。でもまさかあんなことをしていたなんて。


それなのに僕に気持ちを伝えてきた。そうだ真紀は僕が殺したんだ。


そう僕が。


僕はゆっくりと宛てもなく歩き始めた。



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