8.努力の理由とアドバイス
キーンコーンカーンコーン……と授業の終わりを告げるチャイムがセルフィアに鳴り響く。ミズキの号令によってミシュに挨拶を終えると、一同ははしゃぐのだった。
「よっしゃあっ! 授業終わりだぜっ!」
「部活、部活っ!」
なんと言っても、今日は究極研究部初めての活動日。ファーストクラスの生徒は部活動が始まる今日を心待ちにしていたのだった。
「じゃ、事前に説明した通り、六時にはここに戻ってこいよ」
「わかってるって、キリヤ」
「了解です」
「よし。ならここで一時解散」
キリヤがそう言うと、ファーストクラスの生徒は一斉に
転移先は人それぞれだ。
当初、活動場所はファーストクラスの教室としていたが、やりたいことが皆違っていたため、キリヤが事前に
キリヤ、イツキ、レイは魔法での対戦場、ミズキとライガは魔法と魔法道具の研究室、チユとフィーネは調理室だ。
各自に(これもキリヤが作った)その空間に行くための鍵を手渡しているため、その鍵を持っていない人は入ることができない。
キリヤとリリアはマスターキー的な鍵となっている。緊急時や悪用された時用だ。
「リリア。俺はイツキとレイが待ってるから対戦場に行くけど、リリアはどうする? 俺と一緒に……いや、イツキがいるから危険だな。どこに行きたい?」
「うーん、わたしは……」
リリアは特にやりたいことを決めていなかったので、どこに行きたいという希望はない。
だが究極研究部の副部長としては、どこかしらに行って部活動を楽しんだ方がいいだろうという考えだった。
「ミズキさん、と、ライガ、くんの、ところに、行くよ。わたしも、魔法の、勉強、したいし。魔法道具、も、気になるから」
「わかった。じゃあな」
「うん、また、あとで。……
リリアとキリヤの地面に魔法陣が展開され、二人はそれぞれのゆく場所へと消えていった。
「……ん。着いた、かな」
「! リリア様!」
「リリアさん……!」
リリアの目の前にはミズキとライガがいた。どうやら魔法について話し合いをしていたようだ。
リリアはミズキとライガの話を聴くことにした。
「なんの、話を、して、たの……?」
「あぁ。ライガの魔法道具の開発についての話を少々しておりまして」
「魔法道具……。どんなの? 見せて、ほしい、です」
「これです」
「あっ、ミズキ!」
ミズキはリリアにライガの魔法道具と思われるものを手渡した。それは魔法道具、と言うよりは魔導書に近いものだった。
リリアはそれを一枚一枚捲る。そこには様々な種類の魔法の魔法陣が描かれていた。
リリアはその魔法陣に触れる。そこから感じ取れたのは、ほのかに流れるライガの魔力だった。
(これは、まさか……)
「ライガさん。これは、魔力が、少ない、人でも、高等魔法、を、使える、ように、する、ための、魔法陣……いえ、魔法道具、ですね」
「! ……さすが首席の妹というところか。当たりだよ。それは俺が開発途中の低魔力値者用の魔法道具だ。魔導書だと思ってくれていいよ」
「すごい、ですね」
「……君は本当にそう思うか?」
「? すごく、ないん、ですか? わたしは、誰に、でも、できる、こと、じゃ、ないと、思います」
「…………」
ライガは少し黙りこくる。ミズキは二人の会話を邪魔してはいけないと思ったのか、「お茶を入れてきますね」と言って研究室から出ていった。
リリアはライガとの静かな過ぎていく時間が、思っていたよりも心地よかった。
「……君は、自分の……あ、いや、勘違いさせますね。僕のこと、どう思いますか」
ライガの言い方は一種の告白にも捉えられるものだったが、リリアがそういうことに疎いこともあり、話は噛み合わないことなく進んだ。
「すごい、と、思ってます。尊敬、してる人、とも、言えます」
「でもこの程度、キリヤさんになら簡単に成し遂げられますよね」
「…………」
リリアは否定することができなかった。
たしかにキリヤの力があれば、ライガの魔法道具をすぐ簡単に作ることができる。それはキリヤの力をリリアが一番知っているからだ。
だがーー。
「はい。キリヤ、なら、できます」
「……なら、これはすごいものなんかじゃ」
「でも」
リリアはライガの言葉を遮る。そしてリリアはライガをまっすぐと見て言った。
「キリヤは、こんな、素敵な、魔法道具、を、思いつく、こと、は、できない、と、わたしは、思い、ます。作れる、か、作れ、ない、かの、問題、では、ありま、せん」
「…………」
リリアは悟った。
ライガは自分を軽視している。ライガのような人は誰かと比べて自分を卑下し、だんだんと自信をなくしていくタイプだ。
リリアはそんなライガのために、ちょっと昔の話をすることにした。
「キリヤ、の、話、を、して、も、いい、ですか」
「え、あ……はい。大丈夫です」
「ありがとう、ございます」
リリアはお礼を言って話し始めた。
二、三年ほど前の話だった。
リリアは記憶のある頃からキリヤと一緒に過ごしていた。
父親や母親らしき人はいなかった。
キリヤはその頃からずっと勉強や武芸、魔法の鍛錬を重ねていた。
隙を見つけては一心に努力をするキリヤを見て、リリアは不思議に思った。
なんでキリヤはあんなふうに頑張っているのだろうか、と。
リリアはキリヤに訊いた。
『どう、して、キリヤ、は、がんばる、の?』
キリヤは少し迷った後、リリアに教えてくれた。
『……俺には大好きで、守りたかった人がいたんだ。その人は太陽のように明るくて、暖かい、素敵な人だった。だけどある日を境に俺はその人に助けられ、そしてその人は俺の命を代償に死んでしまったんだ。何度も後悔したよ。自分が強ければ、その人を死なせずに済んだのに、って。だから俺は今後そんなことが起きないようにするために、今、頑張ってるんだ』
リリアはその話を聞いて泣いてしまった。
あまりにも酷で、悲しいお話だったからだ。
そしてもう一つ訊いた。
『その、人、には、もう、会え、ない、の?』
キリヤは少し驚いたように見えた。
『そう……だね。俺が死んだら会えるだろうけど』
『! や、やだ! キリヤ、しぬ、ダメ!』
『あっ、ごめんごめん。死なない。死なないから安心して、リリア。泣かないで』
きっとその人は天国にいるから、キリヤは死んだら会えると言ったのだろう。
リリアはキリヤに背中を摩ってもらって落ち着くことができた。
『キリヤ』
『なぁに、リリア……っ!?』
リリアは屈んでいたキリヤに抱きついた。
そしてキリヤの頭を優しく撫でながら『いいこ、いいこ』と言った。
『……リリア?』
『キリヤ、むり、しちゃ、めっ! だよ』
『……わかってる』
『やく、そく、だよ』
『わかったよ。約束するよ』
「これが、キリヤの、お話、です」
リリアは過去の話を話し終えた。ライガは泣いていた。リリアはライガに持っていたハンカチを手渡す。
そんなライガにリリアは言った。
「前に、キリヤ、に、さいきょう、まおう、どうこう、かい、の人が、訊いた、の」
リリアは同好会イベントの出来事を思い出す。
『……あ、で、では次に我らの最恐魔王同好会からの質問です! 魔王の強さの秘訣を教えてください!』
『人によると思うが、己の大切なものを守るために強くなる、ってことを意識して練習すると精が出る。あとは、それがどれだけ大切かを知ることが重要だと俺は思う』
リリアはふっと哀愁混じりの笑みを浮かべる。
「……キリヤが、前に、言った、の。キリヤが、頑張る、のは、大切、な、もの、を守る、ため、だって。その時、キリヤは、その、大切、な、もの、を、わたし、って、言った。けど、それは、嘘です。だって、キリヤの、大切、な、人、は、もう、この世、に、いない、から」
リリアはこう思っている。
キリヤがリリアに優しくしてくれるのは、キリヤが昔守れなかった人の代わりに守っているのじゃないかと。
自死を選択しないのは、それを最もキリヤが望んでいること、逃げ道だからだろう。
(わたしは、その人の、代替え品……)
キリヤは昔、リリアにこう言ったこともあったのだ。
『リリアはその人によく似ている』
リリアはキリヤの言うその人が誰なのかを知らない。だからどんな人なのか、キリヤから教えてもらったこと以外はわからない。
だけどーー。
「でも、こんな、わたしで、いい、なら、キリヤの、そばで、支え、て、あげ、たい、の。それが、わたしの、できる、こと、だから」
リリアがそう言うと、ライガは鼻を啜って話した。
「……なんか、自分が馬鹿みたいに思えてきた」
「え? なん、で?」
「勝手に他人と比べて、できないって思い込んだりしてたところ。聞く限り、キリヤは自分よりめっちゃ努力してる。なのに自分は元からキリヤはなんでもできた天才だと決めつけてた。そういうのがよくなかったんだね」
リリアはライガに好感を持った。
ライガは自分の欠点を見つけることができる。それは簡単そうに見えて、誰にでもできることじゃない。そしてそれを直そうとしている。
「ライガ、くん」
「リリアさん?」
「頑張って、ください」
「……!」
「ライガくん、なら、できます。わたしは、ライガ、くん、なら、できると、思って、ます。応援、して、ます」
「……ありがと」
ちょっぴり照れたライガは、リリアの瞳に幼く映ったのだった。
そしてそんな二人をミズキは陰で見ていたのだった。
「〜〜っ! ……なんか嫌な予感がする」
一方キリヤはレイとイツキと共に鍛錬を積んでいた。そしてその最中、背中に悪寒を感じた。
「すき、ありっ!」
その一瞬の隙をレイは見逃さない。
竹刀をキリヤの頭上からまっすぐ、速く落とす。が、キリヤの右手に握られた竹刀によって躱される。
次に攻撃を仕掛けたのはイツキだった。
イツキは
だがキリヤはそれを軽く飛んで躱す。
そしてーー。
「……遅い」
竹刀でレイを後方に飛ばし、イツキを足で蹴った。
相当の威力だったのか、キリヤの反撃を受けたレイとイツキはすぐに立ち上がることができなかった。
レイはキリヤの竹刀による攻撃を受け身を取って威力を半減させたが、それでも痛みはかなりのものらしく、レイは腹部をさする。
イツキは受け身を取り損ねたらしく、室内に横たわった。半減の威力で立ち上がらないのならば、直撃したイツキの痛みは誰にもわからないだろう。
キリヤはイツキの様子を見るため、そばに歩み寄ろうか迷ったが、その前にイツキは自分で自分に
「……キリヤ、強すぎ」
「手加減するなと言ったのはお前だろ、レイ」
「限度があるだろ、限度が」
「ほぉ。火神族次期族長はこの程度で弱音を吐くような雑魚だと?」
「〜〜っその言い方はずるい」
無駄口を叩ける余裕があると見たキリヤは、レイに近づき、もう一度竹刀を当てようとする。
さすがのレイも二度目の攻撃、しかも同箇所に当てられると死に近づくと悟ったのか、「降参! 降参するから!」と言って攻撃を免れた。
「き〜り〜や〜?」
するとキリヤの背後にいたイツキがよろよろと立ち上がった。どうやら
「まだやるか、イツキ。別に構わないが」
「やるわけないでしょ、魔王様。冗談はよしてよ」
「そういうイツキも冗談はよせ。それと俺のことを魔王様と呼ぶな。日頃の鬱憤を全部お前に魔法でぶつけるぞ」
「うわー、それはご勘弁願いたい」
イツキは顔を歪ませる。心底嫌そうにするイツキを見て、キリヤは息を吐く。
(そんなに嫌かよ……)
だがイツキの反応は正しい。キリヤが無我夢中に容赦のない魔法をぶつければ、人の命など一瞬で消え失せる。
キリヤもそれは理解しているので、本気で行動に移そうとは思っていない。
するとーー。
『チユです。お菓子を無事に作ることができたんだけど、結構余っちゃったんだ。できれば大量消費してほしいんだけど、できるかな? 調理室で待ってるよ〜』
キリヤはレイとイツキに菓子の頂戴の有無を尋ねる。案の定、二人はいると答えた。キリヤもチユとフィーネの作った菓子を食べてみたかったので、一旦休憩にすることにした。
「じゃあ俺、チユとフィーネから菓子をもらってくるから、二人は待っててよ」
「了解」
「ありがと」
(
キリヤは心の内で
(……得体の知れない奴だ)
キリヤは先程の模擬戦を思い返していた。
(全く手応えがない)
模擬戦中、キリヤは何度かイツキに攻撃を入れている。竹刀による攻撃だ。
半分ほどは躱されるのだが、もう半分は掠る。
掠る程度ならば手応えがないように感じるだろうが、何故だかキリヤは風を切っているかのように手応えが全くないのだ。
また、キリヤはイツキが本気を出しているように思えなかった。まるで、力を制御しているかのように感じたのだ。
(
だが
キリヤの脳内にイツキの言葉が蘇る。
『まぁ大丈夫か、だって俺、リリアと「両思い」だし』
『本当の兄妹でもないくせにね』
リリアとの両思い発言に加えて、一部の者しか知らないはずのこともイツキは知っていた。
リリアと両思い、という言葉だけでキリヤは苛立つのだが、それ以上に何故イツキはキリヤとリリアが本当の兄妹でないことを知っていたのかが不思議でならなかった。
(いったい、イツキは何者なんだ)
リリアとの両思い発言。知らぬはずの事実。手応えのない模擬戦。読めないイツキの強さ。
無知ほど恐ろしいものはない。
イツキ・ルルーシュ。彼には謎があり過ぎた。
(嘘をついているわけではなさそうだった。嘘をつく理由もない。……そう言えば、初めて会った時、リリアとまるで会ったことがあるかのように話していた気がする。気のせいだろうか)
キリヤは勘が鋭かった。
だからこそ、邪魔が入らなければ全てを早くに知れたはずだった。
(イツキ・ルルーシュ……どこかで見たことがある気がする。いや、聞いたことがあら、の方が合っているような……)
そう、邪魔が入らなければーー。
「どこかで…………っ!?」
そこでキリヤの思考が停止した。
口の中に広がる辛さ。キリヤの意識が現実に引き戻されたのはこの時だった。
「きーりやっ! チユの声、聞こえる?」
「大丈夫、キリヤ?」
「……チユ、フィーネ」
キリヤは自分が
「あっ……ごめん、考え事してた」
「そうなんだ。で、どう? チユ特製の激辛マフィンは?」
「どうりで辛いと思った。普通に上手い」
「それは残念。水、水っ! って言うキリヤを見てみたかったんだけどなぁ」
このセリフがイツキだったのなら、キリヤはすぐに最大火力の
チユだから許されたのだ。
「ん、でもトマトとチーズを入れたらもっと美味しくなると思う。ピザみたいに」
「ドッキリ用で作ったから、真面目にアドバイスもらっても困るんだけど。でもそれならフィーネも食べられそう。ありがとね」
「あ、でもそれだと
「ガチになってんじゃん」
キリヤはチユとフィーネから(甘い)マフィンを受け取ると、「じゃ、また後で」と言った。
だが
「キリヤ。何かあったら私たちに頼ってもいいからね」
「……何のことだ?」
「さっきの考え事、リリアに関係していることじゃないの?」
「…………」
半分当たりで半分外れだ。
だがそんなことをフィーネに言う気はなかった。
「キリヤが用心深いの私たちは知ってるし、個人の自由だからそれでいいと思ってる。でも、そのせいでいつかキリヤは自分で自分を壊しちゃうよ」
余計なお世話だ、とキリヤは思う。
だが、フィーネの言葉は妙に心に刺さるというか、予言のように感じたのだ。
「リリアはキリヤのこと大好きだからさ、キリヤが倒れたら泣いちゃうよ? そんなことさせたら、私、キリヤでも許さないからね」
女子を敵に回すと地味に怖いことをキリヤは知っていた。キリヤは「わかった」と言った。
「わかってないでしょ。だから一人で抱え込むんだよ。別に、私たちを信用しろと言ってるわけじゃないんだよ。ただ、キリヤの味方となってくれる人をちゃんと大切にしろって言いたいだけ」
「……今のところミズキぐらいだな」
「じゃあミズキだけでも大切にしな。わかった?」
「わかった」
キリヤのわかったにフィーネは満足したのか、「じゃ、私からはもう何もないから、早くレイとイツキにお菓子渡してきてあげてよ。あと、今度感想聞かせてね」と言って、チユと共に調理室の片付けをし始めた。
キリヤはマフィンを見る。
チョコ入りやレーズン入りなど、種類は様々だ。
「……アドバイスをどうも」
キリヤはボソッとそう呟くと、心の内で
チユとフィーネが振り返った時にはもうキリヤはいなかったが、キリヤなりのお礼の言葉なのだと思うと、少し可笑しく思えた。
くすっ、とチユとフィーネは笑う。
そんな笑い声は部屋に溶けていった。
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