『 緑の人 』

桂英太郎

第1話 『 フィアンセは “ グリーン ” 』

 はしの文子は緊張していた。 両親にはもう彼のことは話してあるし、 そうだからこそ事態はこのように動いているのだ。

 助手席でカーオーディオの音楽に合わせ鼻歌を歌っている文子の彼は、至ってリラックスしているように見えた。それどころかむしろ楽しんでいる風情だ。

「お腹空いたね」

 彼がにわかに話を振ってきたので文子はハンドルを手にしたままハッとして目線を彼からフロントガラスの向こうに戻した。

「そうね。 さっきライスパーガー食べただけだからね」

 文子がそう言うと彼はオーディオのポリュームを絞り、「ひょっとして緊張してる?」とすまして言った。

「そういう訳じゃないけど…。でも、やっぱりそうかな」

 文子は後半翻って正直に告白する。彼のその深い眼差しの前では文子は結局そうならざるを えない。

 前はこうじゃなかったのにな…。文子はふと以前の意地っ張りだった自分を懐かしんで一人微笑する。

「大丈夫だよ」

 彼の、男性としては幾分高い声が言った。


「僕のことなら心配いらないよ。それよりもむしろ、君はご両親が実際どんな目で僕のことを見るのか、そのことが気になってるんだろ」

 文子は言葉を失った。“ グリーン ”が細胞レベルで“ ノーマル ”と決定的差異があるのはもはや世間的にも自明のことだ。しかしそれを承知の上で彼と交際してきたこの二年あまり、文子には日常生活でそのことを意識することはほどんどなかった。むしろその差異を補って余りあるほど彼は〝 普通 〟だった。それはいささかこちらが拍子抜けするほど。

「ご両親は文子のことを心配されてるだけなんだと思う。二人のこと、特に今日の君の笑顔を見たらきっと許してくれるさ」

 彼の緑色の顔を見た。深い知性と自愛に満ちたその表情、眼差し。言われるまでもない。文子も同感だ。彼を両親に会わせることになってからずっとそう自分にも言い聞かせてきたのだから。

「そうね。今気がついたわ。 私だってあなたと初めて会った時、やっぱり“ グリーン ”として見てたはずだもんね」文子は言った。

「そうだよ。それが自然なんだよ。だって僕らは違うんだから」

 彼は前を向いたままそう言う。文子の胸の内をある思いが過った。

「でもそれは何も僕が “ グリーン ” だからじゃない。 もともと僕らは一人一人違うんだ。だからこそやっていけるし、惹かれあっていくんじゃないかな。僕はそう思う」

 彼はそう言って文子にあらためて笑みを向けた。

 違いない。その通りだ。文子は彼の言葉には応えずに、もうあと数キロになった実家への方向に大きくハンドルを切った。これからしばらく上り坂が続く。中古エンジンが回転を速めた。

 なんとかなるさ。文子は久しぶりの故 郷の空にそう呟いた。

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