第2話 できなかったお別れ
灯りの落ちたロビーを学生服を着た男が早足にかけていく。受付時間は遠に過ぎてしまい、誰もいない病院のロビーに彼はいる。すると背後から声をかけられた。
「……翔。日向翔だよね」
彼は立ちどまり、振り返りる。
知らない。全く知らない女性が立っていた。
長い髪をブリーチして黄色に染めている。そこから覗く瞳は人にはあり得ないピンク。そしてピアスのある鼻にはチューブが差し込まれ、片側の頬にはチューブのついたおしゃぶりのようなものがテープでぶら下がっている。また、長い髪に絡まるように10本近いコードが垂れ下がっている。
手術着の 胸元の深緑色の襟が開かないように握っている腕から液体が流れているチューブが垂れ下がっている。襟口からコードも伸びて、垂れてきている。彼女が歩いて来ただろう廊下には何かの液体が垂れ落ちているのが見える。
「あなた、誰ですか? 人違いじゃないんですか?」
それを言われた女性は自分の手を見て、その手で髪を手繰り寄せて見て、
「これじゃわからないよねぇ」
と独りごちた。
☆
彼は踵を返してロビーを進んで行った。
残された彼女は体を落としてひら座りになり、そして横に倒れてしまった。
彼はエレベーターで3階に上がりナースセンターへ立ち寄り、
「松元茉莉さんの病室に行きたいのですが」
と尋ねてみる。時間外になるのだからダメだと言われると思ったのだが看護士はお互いの顔を見やり、一人が翔に話しかける。
「松元さんはお亡くなりになりました。ご遺体はご家族のご希望で、既に引き取られています」
「どこに行ったかわかりますか?」
「私たちではちよっと」
まあ、それは看護士の仕事ではないのだから聞き出すことできなかった。
親の知り合いが、この病院に勤めていて彼女の危篤を知った。
急いだのだけれど高校生である彼には公共機関を使うしか、ここにくる方法はない。結局、陽が落ちて夜になってしまった。間に合わなかったのだ。
「大学の合格を知らせなかったのに」
彼の呟きは病院の壁に消えてしまう。
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