15.片手間
ヴィルフリートの部屋に入ると、フェリクスはベッドの上、クリストフとヴィルフリートは椅子に座り、それぞれ『作戦』を考え始めた。中でもヴィルフリートはより真剣に考えており、時折「そうか、炎……」「……で、いけるか……?」などと小さな声で独り言をつぶやいている。
「ドラゴンの弱点が額の宝石……
やがて独り言の海から浮上したヴィルフリートの言葉に、「うーん」と唸りながらクリストフが答える。
「高い場所から剣で攻撃できればいいんだが……。ああ、フェリクスはヴィルに広範囲治癒魔法教えてやるんだろ?」
「うん」
「そう、俺がフェリクスに教わるんだ。広範囲治癒魔法も蘇生魔法も、詠唱なしで使えるようにする。そして俺が、クリスに中級炎魔法を教える。詠唱なしでやれよ。フェリクスも、詠唱なしで聖魔法を使えるようになれたらもっといいな」
真面目な表情を作るヴィルフリートに、クリストフとフェリクスが「……は?」と言いながら呆れた顔になる。
「正気か? 俺は簡単な炎魔法しか使えないんだぞ。しかも詠唱なしって、無理に決まってる。というか、炎属性のドラゴンに対して炎って、効果ないんじゃないか?」
「炎でいい……じゃなくて、炎がいい。魔力は中級一回分くらいなら余裕だろ? 俺らジジイだから体力が心配だし、額の宝石を剣でも魔法でも壊せなかった時のために、考えがあるんだ」
「……何だよ、考えって……いやその顔、おっかねえわ」
何かを企み、目に挑戦的な光を走らせるヴィルフリートに、クリストフは体を引いてみせた。
「クリスが前に手がかりをくれたんだ。俺が詠唱なしで魔法を使える理由が、その時わかった。コツをつかめば誰だってできるぞ」
「ただのコツだけで詠唱なしにできるものなのかな。レオンと対戦して、もう負けるって状況みたいにならないと無理なんじゃない?」
フェリクスの疑問に、悪巧みをするような笑みをにじませるヴィルフリートが答える。
「いや、無理じゃない。コツってのはな……」
**********
三人で相談した結果、馬のユキエルはクストの町のギルドに預けることになった。標高が高い西の辺境への道のりは舗装された道が少なく、辺境へ近付けば近付くほど寒さが厳しくなると聞いたからだ。もう若くはない馬一頭に、そんな環境でたくさんの荷物と男三人が乗った馬車を引かせるのは酷だと、特にクリストフが心配していた。
「ユキエル、いい子で待ってろよ」
「ユキエルはいつもいい子だから大丈夫だよ、クリス」
「俺は、ユキエルと仲良くなる機会がなかったなぁ」
ユキエルの代わりにとギルドが用意した大きな馬は、どことなくヴィルフリートたちを馬鹿にしているような面持ちで馬車に繋がれている。立派な首をブルブルと横に振る仕草は、ユキエルのようにかわいらしくは見えない。
「まだ若いオスで、名前はラースです。すみません、急だったので貸し出せる馬がこの子しかいなくて……。大丈夫かしら……私の言うことはよく聞くんですけど……」
「女好きな馬なのか。よし、フェリクス、じょそ」
「それ以上言ったら
「……はい……」
リーゼロッテの説明を受けて冗談を言おうとし、フェリクスにギロリと睨まれるヴィルフリートをよそに、クリストフが「大丈夫だよな、ラース」と首を触ると、ラースは意外にもされるがままになでられている。クリストフはしばらくラースの艷やかな毛をゆっくりとなでていたが、おもむろにリーゼロッテを振り返ると笑顔で言った。
「リーゼ、ありがとうな。助かったよ」
「仕事ですから」
「なるべく早く戻るよ」
「お気を付けて。戻ったら登録書を見直してください。そのうえで変更がある場合は、受付でお伝えください。あ、クリストフさんはもうご存知だと思いますが、変更手続きは他の町のギルドでも可能です」
相変わらずの仕事ぶりに三人は苦笑を浮かべるが、リーゼロッテは一旦下を向き、意を決したように顔を上げるとクリストフにはっきりと告げた。
「必ず、戻って来てください。必ず」
「ああ」
「絶対に油断したらいけませんよ。絶対に、です」
「……わかった」
「命が一番大事ですから」
「ああ、そうだな」
「……必ず、戻って、きて……」
「ああ、戻ってくるよ」
「嘘、は……いけませ……」
また下を向いてしまったリーゼロッテの涙声に「仕事熱心だな」と返すと、クリストフは彼女の頬に手を当てて涙を拭いてやった。
「……困ったな。すぐに戻って来るから、笑顔で見送ってくれないか」
「は、い……。行ってらっしゃいませ」
リーゼロッテは涙をいっぱいに溜めた目を細め、にこりと微笑んだ。ギルドの服装規定に反するのだろう、青水晶は服の下に隠れていて見えないが、その首元には細いゴールドチェーンがわずかに見えている。クリストフは安心したように穏やかに笑い、リーゼロッテの頭にぽんと手を置いた。
「じゃあ、またな。ユキエルのこと頼むよ」
クリストフの言葉で、ヴィルフリートは御者台に上り、フェリクスはクリストフと共に馬車の中へ入る。
まもなくギルド前を出発した馬車の窓から手を振るクリストフを、リーゼロッテは手を振り返しながらずっと見続けていた。
**********
クストの町を出て草原を抜けると、道の両側に崖が迫る切通しに差し掛かった。ヴィルフリートは御者台に座り、馬のラースの手綱を握っている。一人で話し相手がいないせいか、先程からずっと愚痴が止まらない。
「俺、またリーゼちゃんの眼中になかった……こんなんばっかり……。おい、ラース、聞いてるか? ……何だよ、急に立ち止ま……あぁ? 魔物? ちょうどいい、今の俺は機嫌が悪いんだ」
ごろつきの定番セリフを声に出して言い、ヴィルフリートは魔物と対峙する。
「ラースが驚くといけないから、大きな魔法はやめとくか」
そうつぶやいてから双手のダガーに氷魔法のエフェクトをかけ、蛇の魔物であるペルーダの横を素早く駆け抜けると、その弱点である尾を切り裂いた。
「はい、一丁上がり、と」
そうしてペルーダの死体に火を放ち、跡形もなく消えたのを確認してから御者台に上がって馬車を再出発させる。
「そりゃ俺にはミアがいるからいいけどさ、こう、ちょっとくらいさ、別れ際に愛想良くしてくれてもいいと思うんだ。ラースもそう思うだろ? 前に笑顔見せてくれたのは、俺がクリスを蘇生させたからって理由なんだよ、きっと。悲しいよな……え、また魔物?」
ヴィルフリートは愚痴の途中で再び馬車を停め、蛇に手足が生えたようなバジリスク三体に
「はぁ……俺、モテないんだなぁ……。ジジイだからって言い訳もあの二人見てると使えないしなぁ……。え、次もバジリスク?」
ヴィルフリートが御者台に戻ろうとすると、また三体のバジリスクが行く手を塞ぐ。
「うざったいなぁ、攻撃魔法使っていい? いいよな? ラース、ちょっとあっち向いてろよ。やっぱり複数体で面倒な時は魔法に限るわ。便利でいい。そういえば本気で戦闘してる俺が格好いいって前にクリスが言ってくれたけどさ、こんなところ聖女が見つかるまでは女の子に見せるわけないんだよな、よく考えてみたら」
誰からの返答もないのにしゃべる口を止めることなく、ヴィルフリートは
バジリスクの死体を始末してから御者台に戻ると、ラースがヴィルフリートから顔をそむけた。その大きな体は心なしか震えているように見える。
「ラース、どうした? 魔物ばかりで怖くなったか? あ、もしかしておまえ、蛇嫌いなのか? 気持ち悪い蛇の魔物ばかりだもんな、わかるよ。でも俺がやっつけてやるから安心しろ。な?」
そう優しく話しかけてみるが、ラースの怯えたような様子は変わらない。
「あーあ、もうジジイだからか、魔法のキレが悪くなってる気がするし……嫌になるよ」
ヴィルフリートがラースの様子を気にすることなく次から次へと愚痴を垂れ流している最中、馬車の扉が開いてクリストフが中から出てきた。
「何だ? 昼休憩にはまだ少し早いが」
「広いところだけじゃなくてこういう切通しの狭い道でも連携……って、ラースが怖がってるぞ。ヴィル、何かしたか?」
クリストフはラースが震えている様子を見て、眉根を寄せる。
「いや、別に何も。ただ、さっきから蛇の魔物ばかりでラースが怯えているような気はする。きっと蛇が嫌いなんだな」
「……そうかもしれないが……おまえのことだから、さっさと倒してるんだろ? 何体倒した?」
「ペルーダ一体、バジリスク三体が二回、合計で七体だな。っと、クリス、後ろにバジリスクいるぞ。えいっ」
クリストフが後ろを向く前にヴィルフリートがその背後に迫っていたバジリスクを
「それだ、怖がられてる原因は。もういい、俺かフェリクスが代わるから」
「えー、何でだよ、俺でいいだろ」
「いいから。おーい、フェリクス、御者やるか? 俺がやってもいいが」
「あ、僕やる。けどどうしたの?」
クリストフが馬車の中に向かって大声で呼ぶと、髪と目をブラウンに変えているフェリクスが馬車から顔を出した。
「ラースがヴィルに怯えてるんだよ」
「ヴィル……何したんだよ……」
御者交代の理由を知ったフェリクスが、ヴィルフリートにじとっとした視線を送る。
「蛇の魔物を倒しただけなんだが……」
「倒し方が怖いんだよ、ヴィルは。もう中に入ってろ。じゃあフェリクス、防寒具着けてこいよ。ラースのためにも、しばらく派手な戦闘はやめておこう」
「わかった」と言って手袋などの防寒具を身に着けたフェリクスに、ヴィルフリートは「ペルーダは尾が弱点だぞ」と一言告げて馬車の扉を入った。
「倒し方が怖いって、氷魔法とダガーしか使ってないぞ」
「攻撃の種類じゃないんだよ。さっきみたいに、何かしてる最中に片手間で攻撃して魔物倒すってのは見てると怖いものだぞ」
「片手間とかひでえ。俺はいつだって真剣勝負なのに」
「うん、わかった、そうだな、うん。とにかくヴィルは御者やらなくていいから」
クリストフに御者失格の烙印を押され、ヴィルフリートは仕方なく馬車の中で座る。その後馬車はしばらく順調に走っていたが、そろそろ昼食だという時に停車した。それからまもなく、フェリクスの「えいっ」という声と、グチャッという何かが潰れる音が聞こえてきた。
「あの声と音、きっとペルーダの尾をモーニングスターでぶっ潰したな」
「ああ、そうかも」
そんな会話をヴィルフリートとクリストフがしている最中、また「えいっ、えいっ! ……あー楽しかった」という声が聞こえる。
ヴィルフリートが馬車の扉を開けてフェリクスに「三体か?」と話しかけると、フェリクスが「うん。尾が弱点って本当だね。簡単に倒せたよ」とうれしそうににっこり笑う。
「なあクリス、フェリクスの満面の笑み、たまに怖いよな……?」
「ああ、怖い時あるよな……。レオンは薄笑いで魔物ぶっ殺してたが」
「あーそうだ、あれも怖かった」
「つまり、王族の血が為せる
「王族こええ……」
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