涅槃の章 その五 現世に現れた弥勒ではあるが肉体がない故に真の力は出せず



 


 自分の横まで移動して来た弥勒みろくの気配を感じて釈迦しゃかは確信した。



 このかたは「真なる弥勒である」と。



 そんな釈迦の隣で弥勒は苦笑する。



「まさか7歳の子供の姿で現世にあらわれるとは思っていませんでした」



「しかし。阿修羅あしゅらの精神力は」



 釈迦の言葉を弥勒は制する。


「判っていますよ。年齢などには意味がない、と言う事は。ただ」


「ただ ?」


 釈迦の方を見て弥勒は悲しそうにする。


「これが思念体しねんたいでは無く生きている肉体であったら。と」


 弥勒の言葉に釈迦も申し訳ない、と言う顔つきになる。


「生物が生きている生命力は、何よりも強い「力」ですからね」


「そうなりますね。肉体を持っていない私では本来の能力の半分も顕現けんげんできないでしょう。これはアナタがたもそうでしょう ?」


「私は如来にょらいですから余剰次元よじょうじげんにアクセス出来るだけ、まだマシなのですが。四天王には可哀想な事をさせた、と思っています」


 弥勒は釈迦をねぎらうような言葉をかける。


「いえ。アナタはその時点でアナタが出来る最善の事をしたのです。立派な行いです」


 釈迦は少し救われたような顔になるが、眼の前の現実を直視する。


「アノ物体の質量は3分の2までは削れましたが地球に激突した場合は人類滅亡の可能性はまだ残っています。アナタの弥勒の能力で何とかなりますか ?」


「うーん、何とも言えないですね。エル・アル隕石から発見された地球には存在しなかった元素も含まれてますからね。私が肉体を持っていれば充分に可能ですが」


 釈迦は次元シールドに覆われた1m四方しほうくらいの物体を取り出す。


 弥勒は驚いたような顔をする。


「これは反物質はんぶっしつ集積体しゅうせきたいですね。よく、これだけの反物質を集めて集積できましたね」


「私が到達した7層目の次元が反物質で構成された次元だったのです。私は思念であり物質ではありませんから影響は受けません。それで反物質の濃度の高い所にいって集積して来たのです」


 弥勒は今度は感心した様子になる。


「スゴイですね。アナタの次元シールドは」


「それはオリジナルの私の能力ですから。それよりも、それだけの反物質でアノ物体を消滅させられるでしょうか ?」


「うーむ」


 と阿修羅あしゅらの姿の弥勒は考え込む。


 その身体は金色こんじきに包まれたままだが背面の光輪は明滅めいめつしている。

 弥勒の思考と連動しているように。


 そんな弥勒を見ている釈迦は末恐すえおそろしいモノを感じる。

 

 弥勒はまだ菩薩ぼさつの身でありながらも圧倒的な存在感を持っている。

 これが如来になれば、どれほどの能力を持つのだろうか ?

 ひょっとして阿弥陀あみだと同等、いやそれ以上の存在になるかも知れない。


 釈迦は身震みぶるいする。



「難しいでしょうね」


「えっ ?」


 釈迦は自分の考えに没頭していたので、いきなりの弥勒の言葉を聞き返してしまう。

 弥勒はそんな釈迦に構わず、すっと右手を伸ばす。


「その反物質で対消滅ついしょうめつ連鎖れんさを引き起こしてもアノ物体を完全に消滅させるのは」


「やはり反物質の量が足りないのでしょうか ?」


 弥勒は難しい顔になる。


「いえ、起爆剤としては充分です。私の本来の能力ならアノ物体をそのまま別の次元に飛ばす事も可能ですから。やはり肉体が無いのは致命的ですね。どのような命であれ「肉体を持って生きている事」に意味があるのですから。それに」


「それに ?」


 弥勒は両手を広げて阿修羅の思念体を見る。


「先程も言いましたが思念体では私の本来の能力は発揮できません」


「しかし、この宇宙空間で肉体を維持するのは困難な事かと」


 弥勒は微笑む。


 「そうなんですよね。今の状態がまさに「空即是色くうそくぜしき」であり、だからこそ私が現世にあらわれる事が出来たと言えるのですが」


「今は禅問答をしている時ではありません。出来る事をしなくは」


 釈迦がピシャリと言う。


「はい、仰る通りですね。しかし、この子は素晴らしい。私の精神波を正確に記憶して私と同調してしまうのですから」


「だからこそアナタは、この子の中に入ったのでは ?」


 弥勒は今度は澄ました顔になる。


「それは「拈華微笑ねんげみしょう」と言う事で。それでは始めましょう。消滅は無理でも「ホモ・サピエンス」と言う種が絶滅しない大きさまでは削りますよ」


 弥勒は釈迦から次元シールドに包まれた反物質を受け取る。


「対消滅をした後のアナタはまた阿修羅の中で眠るのでしょうね」


 釈迦の問いかけに弥勒は微笑みながら答える。


「そうなるでしょうね。阿修羅の事よろしくお願いします。この子はホントに良い子ですから」



 そう言い残して弥勒は背面の光輪を納めてアノ物体に突っ込む。



「対消滅連鎖 !」



 その思念が弥勒なのか阿修羅なのかは釈迦には判らなかった。



 しかし、その後すぐにアノ物体は光に包まれた。



 その光は次第に大きくなり遂には超新星のような光の爆発となった。



 釈迦はあまりの眩しさに眼を閉じて顔をそむける。




 数分後



  再び眼を開いた釈迦は見た。




 当初の10分の1以下になった金属塊。




 そして、その周りを漂う次元シールドに覆われた阿修羅の姿を。




 静かに寝息を立てているその顔は弥勒の面影を残しつつも年齢相応にあどけなさの残るものだった。

 

 

 


 



つづく

 

 



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