肉塊 ・肉壊 ・ 肉戒 

北浦十五

第1章 肉塊は自我と自己同一性に目覚めるが感情の欠落により己の生誕意義は知らず



 



 西暦2029年 5月





実験体Fー37 経過観察100日目



 わ・・・・たし・・・・は・・・・ここ・・・・にい・・・・る

 


実験体Fー37 経過観察132日目



 私は・・・・ここに・・・・いる



実験体Fー37 経過観察147日目


 

 私は此処に存在している




「実験体Fー37は自我を完全に確立したものと思われます」


「これまでの身体能力、特殊能力、その他、諸々もろもろの能力もクリアしています。これは情緒面じょうちょめんを除いては初の実践実験体として登録しても良いのでは ?」


「これが仮にイレギュラーだとしても、ここまで到達した実験体は初めてです。私にはこの「Fー37」が最初で最後の実践体じっせんたいだと思えます」



 大きなコントロールパネルを見つめながら白衣を着た数名の科学者らしき人達が興奮気味に話している。


 その後方。パネルを見ながら興奮気味に話している白衣の人達を見下ろすような高い位置にある椅子に、その男は座っていた。


 男は皆と同じように白衣を着ていたが、その図体はかなり大きかった。長髪で髯面ひげづら。それらには白いモノも目立ち始めていた。そして、その男の最大の特徴と言えるモノはその鋭すぎる程の眼光だった。その眼光が更にギロリと光る。


「いくら実験体がエゴを持ったからと言ってアイデンティティになっていると言えるのか ? そこが問題だ。それに実験体にイドしくはエス、は確認できているのか ?」


「そんな事はお父様、いえ博士にもおわかりだと思いますが ?」


 振り返って、自分達を見下ろしている髭面の男に彼女は言った。 

 他の者と同じ白衣を来たその女性は博士と呼んだ男を睨みつけるようだった。

 年齢は30代半ば、と言った感じだろうか。


「お前、いや君の口から説明して貰おうか」


 博士と呼ばれた男は面白そうに舌なめずりをする。

 女性は「やれやれ」と言った感じでコントロールパネルの端末を操作する。

 先程までは興奮気味にしていた白衣の人達も今は静まり返って彼女を見ている。


「こちらの100日目の経過観察で実験体は初めて「わたし」と言う表現をしています。これは自我エゴの目覚めだと言って良いと思います。そして本日、147日目の「私は此処に存在している」は自己同一性アイデンティティを持った知的生命体でしか表現できないモノだと思われます」


 女性はプラスチック製のコップの水を飲むと再び喋り始める。


本能エスと特殊能力に関しては、これまでの実験で存在を確認しています。感情は欠落させていますので「あの子」なら情緒面も含めて制御できるでしょう」


「君は先ほど「これが最後の実践体になる」と言ったな ? その意味は ?」


 博士は冷静でありながらも自分の娘を恫喝どうかつするように詰問する。


「私達にはもう時間が無いからです」


 博士の娘は淡々とした口調で言う。


「彼らの指定した期日は既に半年しかありません。そして私は自分の言葉を訂正します。これは実践体です。この「Fー37」を実践体として実用化が出来なければ私達は彼らに抹殺されるでしょうから」


「・・・・クククク。・・・・抹殺か。確かにそうなるだうな。フフッ、フハハハハッ!」


 博士と呼ばれている髭面の男は高笑いをしながら椅子から立ち上がって言った。


「現時点より実験体「Fー37」を正式に実践体として登録する。コードネームは「maitreya・マイトレーヤ」だ」


 その時、培養液で満たされた水槽の中に居た「マイトレーヤ」がした動作をモニター越しに見た者は2人しか居なかった。




 同日 深夜




 「マイトレーヤ」の培養水槽のある研究所の一角のドアが音も立てずに開いた。厳重に幾重にもほどこしてある108桁の暗号ロックを事も無げに解除して。


 そこに立って居たのは「天才・神童」と言われている博士の7歳になる孫娘だった。しかし、実際には彼女は女でも男でも無かった。両性具有りょうせいぐゆうでは無く生殖器官がそもそも無かった。この子の出生の経緯いきさつは博士と母親しか知らない。


「ふうん。アナタがアタシの新しいオモチャってワケね」



 外観は奈良の興福寺の仏像のように気高く端正な「阿修羅あしゅら」は感情を全く感じさせない声で、そう呟いた。


 


  


 

 


 


つづく


 

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