続ける気のない短編集
洞江ジェーン
へやのおしろのおひめさま(ホラー)
わたしはずっと――覚えてる限りの一番最初の記憶から――家の部屋から出たことがない。
部屋にはふたつのドアがあって、ひとつはトイレとシャワーにしか行けない廊下だ。もうひとつはママやパパが入ってくる、外に出られる廊下。わたしは絶対に開けちゃいけなくて、近付いたらママもパパもすごく怒る。
毎日、こっそりカーテンを開けて色んな人が来るのをこっそり見ている。その人たちは家に入って、ママやパパと話をして、しばらくすると出ていく。そうするとママかパパが何かを持ってきて、わたしの部屋に捨てていく。それは紙だったり本だったり人形だったり写真だったり、おもちゃ、はさみ、包丁、キラキラした石のネックレス、指輪、縄、くつ、ランドセル、メガネ、大人の着る服、きもの、赤くなった白いもの、焦げたなにか、鏡、透明ながいこつ……とにかく色んなものを捨てていく。わたしが寝て起きるとたいていのものは消えていて、ごくたまに何日も残ってたりする時もあるけど、最後にはなくなってしまう。
わたしはいつもテレビを見ている。昔は勉強のテレビを見ないといけなくて、ママが持ってくるドリルをしないとすごく怒られた。間違いが多いとパパも来て一緒に怒るのに、勉強のことはテレビしか教えてくれない。テレビの説明が分からないのに。だけど今はもうあんまり勉強はしなくていい。ママもパパもドリルを持ってこないから。いろんなボタンで番組を変えてぼーっとしながら寝る時間を待ってる。
他にも部屋に捨てられたものをいじってたりする。捨てられたおもちゃで遊んでる時にママに見られて、初めて聞いた大きい声をされたけど、怒られることはなかった。たぶん大丈夫なんだと思う。でも、それからちょっとの間はご飯をくれるのはパパだった。
わたしの家とわたしのママとパパが変なのは、テレビで知ってる。でも外のことは窓で見ることしか出来なくて知らないから、部屋から出たいのか出たくないのか分からなくなってきた。わたしはご飯も食べられるし、怒られることはあるけど痛くないし、ベッドもふかふかにしてって言ったらふかふかの布団をくれるから。
――
「わざわざ二階に水回りを持ってくるリフォームをしたんですよ、あのガキにはもったいねぇで!パイプを上まで引っ張るってんでね、まあ大層な工事して莫大お金が掛かりましたよ!」
男は大袈裟なほど仰け反って、嫌な顔を隠さずに大声でまくし立てた。横で彼の妻らしい女性が、鋭い声で「ちょっと!」と止めるが、勢いは止まらないどころかますます強くなる。
「気持ち悪いでしょう、二階。毎朝ねえ、散歩に出て家を見るんですよ。
そしたらまあ、カーテンも窓も締めてるのにあそこからカビでも出て空気に舞ってるような、呪いなんて信じちゃいませんがね、ああ。いや、信じちゃいませんよそんなもの。まあそれでも二階のあれからはそういう不幸なもんが出てそうなんでね。それが外に出てきて私まで降り掛かって来そうじゃないですか?
本当ね、こうやって役に立ってなければ施設にでもやるのにねえ」
金になるから飼っている。顔中に書いてあるようなくらいの下品な笑みを見せられた上座の客は、「そうですか」と意味の無い愛想笑いを浮かべた。
「それで?」
目の前の男の顔が締まり、ようやく本題に入れそうだ。
「どんなモノですかいね、その呪いのもんは」
隣の女性も居住まいを正して顔を柔らかくさせる。
「うちに置けばどんなモノでも、最後には普通の物になりますからねぇ」
続ける気のない短編集 洞江ジェーン @uminonagi
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