第38話 五日目② ~仕事・蛇~
日本で私が仕事をすることは殆どない。その理由は、日本には死刑が制度として存在し、且つ現に執行されており、則ち死刑が有効に機能しているからだ。
刑罰の目的が懲罰であるか、更生であるか治安維持であるか
そしてハンムラビ法を
現在多くの国では廃止されている死刑制度の是非を論じるつもりは今更私にないが、死刑制度のない国の司法制度が、大切な者を喪った者たちが正義を求める心情に応えきれていない一面があることは否めない。
その点、日本では死刑制度が実体を伴って存続している以上私が介入する理由は
私が日本での仕事を原則として請けないのは、
ところで、私刑は法治国家では通常、禁じられている。沙漠の神が禁じたように。
それは禁忌であるよりも、人々への恩沢であり、愛であったかもしれないと思う。私刑が
私刑へと彼を駆った衝動が憎しみであろうと義憤であろうと、一朝正義の復讐を果たして
復讐するは我にあり。天から発せられたこの言葉は、福音だと思う。
或いはこの世には復讐を果たして一片の悔いもなし、天に
だが
神や国家が復讐の代理人たる聖務を放棄しつつある現代に於いて、私にその責務を負わせたいと云う者が出てくるのは、
今夜は仕事だ。
* * *
仕事前の夕食はスチームボート。これも華僑の好む料理で、マレーシアだけでなく華人の
仕切り板で二つに区切られたスープは、片方が
鍋の具は様々だ。鶏肉、海老、貝、餃子、揚げ湯葉、青菜にもやしに雲吞、豆腐、魚のすり身と次々抛り込む。
これでビールの進まぬ訳がない――と云いたいところだが、仕事が後に控えているのでここは我慢する。
食事が済めば仕事だ。
夜は更けたが街の灯りは衰えを知らず、夜空に月の在り
夕方に降ったスコールのお蔭で車道までが冠水していてタイヤの水を切る音が夜の
夜の景に見入っているうち我々の乗る車が刑務所の壁に横づけた。夜は更け周囲の森が真っ
睡眠薬の助けを借り私は眠りに落ちた。
目覚めたのは二段ベッドの下の段だった。同じベッドが二つ並んで、定員四人に囚徒は今三人
ときどき手や足を動かす気配から察するに、隣のベッドの囚人の
身の周りの爪や金属、薄刃状のものを探っていたところで、管のような妙な物体が窓から垂れているのに気がついた。
窓は横長の板を数枚合わせたもので、どうしても隙間が残る。決して手抜きの安普請と云う訳ではなく、熱帯雨林の強烈な太陽光に日々抗するマレーシアでは涼を
改めて窓から垂れる管を凝視すると、ずっと固まっているように見えて実は細かく蠕動している。
マレーシアで蛇を見ることは珍しくない。毒蛇も
今私のすぐ横を静かに進む者は、見紛いようなくそのコブラだった。地上の凡ゆる人類が忌み怖れ、
素早く首を捕まえると、蛇は残った躯を私の両腕に絡ませ口を大きく開いて威嚇する。好戦的な姿勢で何よりだ。
プトレマイオス朝最後の女王、絶世の美女クレオパトラと同じ死因で生を
ナイルの宝石の最後の耀きがローマからの濁流に飲み込まれるように、激しい眩暈に襲われ私の意識はそこで途切れた。
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