chapter 11

 浅倉サトルは無事だった。


 カプセルの方を見た。

 すでに用を成してはいないようだったが、中のサクラは無傷だった。


 サトルはゆっくりと彼女に歩み寄ると、カプセルの土台部分に背中を預けて座り込んだ。


「サクラちゃん……やっとわかったよ……痛いね。苦しいね……でも、ゴメン。僕は君のことをよく知らないんだ。そして僕には守らなくちゃいけない子供たちがいる。だから、君をこの苦しみから救ってやることはできない……」


 落ちていた拳銃を拾い、銃口を自身のこめかみに当て、引き金に指をかける。


 サトルはそうしたまましばらく動かなかった。

 早乙女はカプセルの裏から顔を出し、その様子をジッと見つめる。


「オ……オオオオオオオオオオッ!」


 突如として咆哮したサトルは、カプセルの土台に左手をのせ、荒々しく振り向きながらに立ち上がった。

 サクラを血走った眼で睨み、口を大きく開ける。


「暴走――ッ!」


 早乙女は咄嗟に拳銃でサトルを撃った。


 サトルはゆっくりと振り向いて早乙女を見つめると、口角を過剰なまでに上げて笑んだ。


「来るぞぉ……来るぞォ!」


 絶叫する早乙女に、サトルが飛び掛かった。


 早乙女は床を転がってそれを回避。


「浅倉サトル君ッ! ハッ、どうした! 動きが! 鈍いじゃないか!」


 早乙女は唸るサトルを手招きする。


「素晴らしいぞ浅倉サトル君! 漲る怒り! 闘志! 凄いぞぉ!」


 サトルは右の拳を繰り出す。


 早乙女は後ずさりしながら首を逸らしてそれをかわす。


「だがもっと……もっと激しく!」


 左の拳をかわす。


「もっと激しく!」


 右の拳をかわす。


「もっと激しく!」


 左の拳。

 それまでよりもずっと速く、ずっと重い。


 早乙女はそれを右の頬に受け、打ち上げられた。


 三メートルほど吹っ飛ばされて、床に転がる。


「回復してきたな……いいぞぉ……しかし、しかしなぁ!」


 早乙女は胸ポケットから携帯電話を取り出して入力する。


『隔壁閉鎖。これより、打ち上げシークエンスに入ります』


 天井のスピーカーからのアナウンスとともにサトルの背後の扉が閉じるのを確認すると、早乙女はサトルをニヤリとした。


「ここで人類の未来を絶やすわけにはいかんのだよ」


『離陸まで三……二……一……』


「サトルくん、熱海に行ったことはあるかね? あそこは実にいいところだ。私ももうかれこれ十年近く行ってないんだが……」


『テイクオフ』


 けたたましい音。

 揺れる床。


 それは、アシュロンに備えられた脱出用ロケットだった。

 早乙女がシキシマ秀典に偽のマップをつかませたのは、これを秘匿するためであった。


 ロケットは、早乙女とサトルを乗せて離陸した。


 咆哮するサトル。


「君は、コイツが落ちるより先に力を取り戻して私を殺すんだろうな……まあいいさ。全ては計画通りに……」


 サトルは早乙女に歩み寄る。


「そうか、もう……」


 サトルは右腕を振り上げた。

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