ダブルチェイン/ダブルフェイス
モモンガ・アイリス
第1話
乾いた風が吹きすさぶ荒野の端、岩山地帯。
普段はマナの光芒がいくつも描かれている空には分厚い雲が差しかかり、岩々の影からオオカミ型モンスター――グラウ・ヴォルフが姿を現した。
全部で六匹の灰狼が、身を屈めて唸り声を漏らしている。
対峙するのは、すらりと背の高い赤髪の女騎士だ。
腰の剣を抜き払い、勝ち気な眼差しをモンスターへ向けながら、女騎士レイナは、内心で困り果てていた。
――なんでこんなことに?
待ち合わせていた人物から遅れてくると連絡があった。だったらレベル上げでもしようかと思った。街の外に出て、適当にモンスターを狩っていれば遅れてきた人物がきっと自分を見つけてくれるだろう。
このゲームでは、お互いの了承さえあれば現在地を知ることができるのだ。
それがどうして狼の群に……そもそもレイナは自分がなんだってこんな場所にいるのか、現在地が何処なのかもさっぱり判っていないのだが。
レイナは極度の方向音痴だった。
ともかく。
フルダイブ型VRMMO『
ファンタジー世界がベースの、自由度の高さと体感性が評判のタイトルだ。レイナ自身はそこまで興味があったわけではないが、あまりにも流行しているので、どんなものかと手を出してみたのだが、思いっきりハマってしまった。
ゲームの面白さは、実はそこまでよく判らない。
元々それほどゲームをする方ではないから。
だけど今では『DC』にログインするのを心待ちにしている自分がいる。
「――来なさい。やってやるわ」
半ばヤケクソ気味に、しかし堂々と胸を張って強気にレイナは言う。それを合図に、グラウ・ヴォルフたちが飛び掛かって来る。
喉元に牙が届く一舜前、レイナは右へ跳びながら剣を滑らせた。
バチィン!
そんな破裂音と共にダメージエフェクトの光が飛び散る。この世界ではキャラクターに
体感型VRゲームが初体験とあって最初は戸惑ったものの、そういうルールなのだと理解すれば慣れるのも早かった。
細身の騎士剣で狼を打ち払いながら、有利な位置取りを意識して立ち回る。
が、それも次第にジリ貧になっていく。
「……くっ!」
たかがゲームなのだから、モンスターに殺されたって実際に死ぬわけではない。けれども、だからって諦めて動きを止めるのは嫌だ。
斬る。避ける。避ける。当てられる。
斬り返す。移動。打ち払う。体当たりで吹っ飛ばされる。
ここから崩されるとマズい――と態勢を整えた次の瞬間、横から『
ちょうどレイナに突進しようとしていた個体だ。
「レッドアイ参上! ダチの弟子のピンチとあっては動かざるを得ないぜ!」
決め顔で双剣を掲げる赤目の隻眼、自称の通り名前はレッドアイ。無精髭を生やしており、ワイルドな青年といった外見だ。職業は海賊。船を三隻も所有しているなんて話を聞いたことがあった。
「ちょーっと一人だと厳しい感じだねっ! ソアラたちにも手伝わせてよ!」
「レイナちゃん、大丈夫!?」
レッドアイのやや後方からハープを鳴らし、
だとすれば――と、レイナは期待を込めて彼らのさらに後方へ視線を向けるが、そこにはもう誰もいなかった。
「あいつは少し遅れるってさ」
軽い口調でレッドアイが言い、口調と同じくらいの軽やかさで宙へ飛び上がり、双剣を旋回させて狼たちを弾き飛ばしながらレイナのすぐ近くに着地する。
「……知ってます。助力、ありがとうございます」
「いいってことさ。それより、イベントが始まって何分くらい経った?」
「イベント?」
「『黒狼の住処』ってイベントなんだけど……もしかして、知らないでイベントに当たっちゃった?」
ありゃま、という感じに表情を崩すレッドアイ。本当にそういう表情をしているんだろうな、と思わせるくらいに存在感がリアルなゲームだ。
「なーにやってんだよぅ、レッド! こっちにヘイト向かってるんだけどぉ!」
ハープを掻き鳴らしながらソアラが文句を言う。その言葉通り、狼たちの半数がこちらからあちらへと意識を持っていかれている。
「ま、いいか。とにかくやっつけちまおうぜ」
「ええ、そうしましょう」
気楽そうに双剣を掲げるレッドアイに、レイナは頷いた。
そこからの攻防はレイナたちに優勢へと傾き、あっという間に形勢逆転となった。レイナだけでもある程度は保たせていたところに、三人もの加勢だ。グラウ・ヴォルフの数がひとつ減り、ふたつ減り、そこからは早かった。
荒野に横たわっていた狼の死体が、キラキラと輝くエフェクトを散らしながら消えていく。思わずほっと息を吐いた次の瞬間、
――ドォン、と。
なにか大きなモノが上から降って来た。
着地の際に生じた風圧を堪えながら、レイナは落ちて来たそれを確認する。
ひどく巨大な、黒い狼だった。
「こーれはちょっと、ソアラたちだけじゃマズいかもね~」
ポロロン、とハープを鳴らしながらソアラが言う。
彼女らしい甘やかな声音だったけれど、巨大な黒狼が放つ威圧感とはあまりにも場違いだった。
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