星の方舟

トルティーヤ忠信

 長いこと私は早めに休むようにしていた。もう夜に何かをするほどの体力はなく、その体力のなさを補うような若さもなくなっていた。照明の明かりの落ちた寝室は暗闇に支配され、ベッドに横たわる私は眠らなくては、という思いに常に囚われているが、かえって思考が促されて眠りに誘われる気配はまったくと言ってよいほどなかった。

 目が暗さに慣れると周りの状況がなんとなくだが察せられる。普段の、明かりが灯っている寝室の間取りと今こうして感ぜられる寝室の空間的広がりは微妙な差異を持つ。それは私の思考がこの暗黒の世界を記憶を頼りに普段のそれとに一致させようとする努力が起こしてしまった不本意な誤差なのだろう。それにしてもこの感覚と記憶の不一致は私にとっては随分と懐かしいものに思えた。私は持て余している思考を使ってその懐かしさがどこからやってくるのかを突き止めようと老いて濁ってしまった記憶の泉を慎重に慎重に底へ底へと潜っていく。深みにいくにつれて私の意識は段々と現在から離れ、澄んだ遠く遥かな過去へ沈んでいく………。


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