10 江郷逢衣はデートに誘う。

 高校での学校生活を始めてから六日が経過し、日付は五月二日。生徒達は三連休を如何に過ごすかの話題で持ち切りだった。逢衣もまた本屋以外の休日の過ごし方を調べるべく、クラスメイトに聞いてみる事にした。


「そういや皆はゴールデンウィークは何処行くの?」


 昼休み。逢衣がいつもの様に机を囲んで他の女子生徒と昼食を共にしていると、早速麻里奈が話題に出してきた。


「ウチはカレシとデートする~!」

「……えぇ? 美也子、カレシ居るの? ウソでしょ?」

「美也子、エイプリルフールはもう過ぎてるわよ?」

「ていうか美也子はゴハンがカレシみたいなモンっしょ」


 いつも重箱三段を平らげる程の健啖家、飯田いいだ美也子みやこが何気無く放った発言に一同が驚愕していた。彼女の人物評はというと、人間が持つ三大欲求の内の一つである食欲で全てを司っている様な人物である。そんな恋愛に無縁な美也子に恋人が出来ている様だ。


「ひ~ど~い~! ホントだよ~! そんなに言うんだったら見てよ~!」


 恋人の存在を疑われている大食い女が頬を膨らませながらスマホのデータ内にある写真を見せつける。そこには細身で爽やかそうな男子と一緒に笑顔で写る美也子の姿があった。全員が身を乗り出してそのツーショットを覗き込み、捏造写真かどうかを確かめた。


「……え、マジなの美也子? あたしを差し置いて?」

「私、女として自信無くしてきた……」

「美也子様、私にも彼氏を作る秘訣を……!」


 未だに疑いの目を掛けている者、絶望の表情を浮かべる者、平伏しへつらう者。美也子に彼氏が居るという事実を目の当たりにした友人達は様々な反応を示していた。その中でも逢衣だけが静観していた。


「飯田さん、デートとは何をするのですか?」

「えぇ~? 早速聞いちゃう~? 困っちゃうなぁ~、どうしよっかなぁ~?」

「さっさと言いなさい。この唐揚げを食べられたくないならね」


 重箱の中の唐揚げを強奪して脅迫する女子の一人、武田たけだ沙保里さおりは増長している美也子に苛立っていた。常日頃から彼氏募集中と宣言しているほど男を追い掛けるが、未だに彼氏居ない歴=年齢のままである。美也子が食欲に思考を支配されているとするなら彼女は性欲に支配されているのかもしれない。

 

「分かった分かった言う言う~! えっとねぇ、まずオシャレしてぇ、池袋の通りを一緒に歩くでしょ?」


 うんうん、と真剣な面持ちで美也子の話を聞く一同。


「それで有名なクレープ屋さんに行ってクレープ食べるでしょ?」


 うんうん、と真剣な面持ちで美也子の話を聞く一同。


「それで暫く歩いていたらお腹が空くからビュッフェ行ってお昼ご飯一緒に一杯食べるでしょ?」


 ん? と疑問の表情を浮かべ始める一同。


「最後にシュタバでゴールデンウィーク限定のフラペチーノとスイーツを食べるの~! きゃ~! 楽しみ~!」


 殆ど食べ物を食べるだけで美也子の食欲を満たすしかないデートプランだったので落胆する一同。逢衣も参考データとして記録していたが、食事が出来ない構造である為に止む無く破棄した。


「……まぁ、美也子らしいっちゃらしいよね」

「彼氏さんデブになったらアンタの所為だからね」

「大丈夫~! 私と同じでどれだけ食べても太らない体質らしいから~!」


 どうやら似た者同士の様だ。人間は性質が近い者同士だと円滑なコミュニケーションが可能なのか。しかし大助と琢磨は正反対であり頻繁に口論を起こしているにも関わらず二人の仲は良好である。逢衣に更なる研究課題が追加された。


「ていうかウチだけ言うのはズルい~! そんなに言うなら皆のデートプラン教えて~!」

「面白そう! 予習って事でちょっと考えてみようよ!」


 麻里奈の提案により、自身に付き合っている人が居ると想定して如何に充実した過ごし方をするかを考えてみる事となった。


「私はやっぱデートの定番、デゼニーランドね!」


 常に愛に飢えている女、沙保里は千葉県にある日本でも一、二を争う程の大人気テーマパークで遊ぶ事を提案した。しかし連休で確実に混雑する事、何よりそこはカップルが破局する可能性が高いスポットとして有名だったので却下された。


「井の頭公園で一緒にボートに乗ってのんびりまったりとかいいっしょ? きっと風が気持ち良くてよく寝れそうだし!」


 授業中の大半を寝て過ごして先生に叱られている茨木いばらき莉奈りなは東京西部にある都立公園の中にある池の真ん中でゆっくり休日を過ごす事を提案した。しかし評価は芳しくない様である。年寄くさい、退屈そう、そもそもデート中に寝るな、等の酷評の嵐であった。


「逢衣ちゃんは何かある~?」

「私は……。すみません。よく、分からないです」

「江郷さん全然男っ気無いもんね」

「沙保里がそれ言うのは違うっしょ」

「あんですってぇ!?」


 莉奈と沙保里の諍いを尻目に逢衣は周囲を見渡してみる。他の動物は雄と雌が本能のままにつがいとなり繁殖して数を増やす。人類の場合だとコミュニティを作り、其処からコミュニケーションを図り、相性の良い者同士が巡り合ってようやく種を繁栄する事が出来る。生物としては遠回り過ぎる手段であり、それが当たり前の事だと認識している。


「……江郷さん、誰か気になる人でもいる?」

「……よく、分からないです」

「取り敢えず誰でもいいから試しに付き合ってみるとかどうっしょ? 例えば――日野辺りとか?」

「試しに? 日野さんと、ですか?」

「冗談だとしても言っちゃいけないわ。日野だけはぜっったい無いから」

「そういや沙保里ちゃん、中学の時日野君と付き合ってたような~?」

「美也子!! 怒るよ!!」


 美也子の失言により沙保里は過去に雄太と付き合っていた事が発覚した。ただ彼女にとっては触れられたくない過去の様であり、声を荒げて怒りを露にしていた。人との付き合い方を間違えれば拒絶されてしまう場合がある事を逢衣は学んだのであった。


 ※


 放課後。いつもの様に逢衣が帰ろうとバッグを手に取ると、スマートフォンの通知音が鳴り響いた。大助か琢磨からの御遣いの達しである可能性があるので直ぐに起動してみると、隆司からのメッセージが届いていた。それを確認した逢衣は直ぐに返信した。


『江郷さんごめん、今日は会えそうにない』

『承知しました』


 連絡は済んだ。改めて帰ろうとした時、逢衣は昼休みの時に発言していた莉奈の言葉を思い出してみた。


『取り敢えず誰でもいいから試しに付き合ってみるとかどうっしょ? 例えば――』


 大助と琢磨以外の男性とのコミュニケーションをとる事で何か理解が深まる切っ掛けが生まれるかもしれない。逢衣は隆司とデートというものを試みる事にした。


『城戸さん、三連休の間に何か予定はありますか?』

『? 無いけど……どうしたの?』

『デートをしてみませんか?』


 一瞬で既読が表示されたのに返事が来ない。彼の身に何かあったのかと思い、無料通話のボタンを押そうとしたら丁度隆司からメッセージが届いた。


『何で?』

『私がしてみたいからです』


 またしてもレスポンスが遅くなった。特段身の危険が無い事を想定して逢衣が暫く画面を眺めていると、メッセージが無事届いた。


『四日なら空いてるよ』

『分かりました。では四日にしましょう』

「おー!! 江郷!! 何だお前デートするのか!? いつも無愛想な顔してるのに意外だな!! 相手は誰なんだ!? 気になるから俺に教えてくれ!!」


 逢衣のスマートフォンの画面を覗き込むなり、雄太がいつも通りの大きな声量で質問をしてきた。その爆音は教室内に居る全員に響き渡ってしまい、二人に注目が集まった。


「日野……アンタって奴はホンット……」

「逢衣ちゃんもデートするの~!?」

「そ、そんな……まさか江郷さんにすら出し抜かれるなんて……」


 このままでは隆司の件が早舩達に露呈する危険性がある。逢衣がそう判断すると、雄太を連れて教室を後にしたのであった。


「何だ江郷ー!? 恥ずかしがってんのかー!? デートくらい別に恥ずかしがる事でもないと思うぞ!! 俺も武田とした事あるしな!!」

「……日野さん。静かにして下さい」


 情報漏洩の権化たる男を黙らせ、逢衣は誰も居ない所まで雄太に連れていった。そして色々と聞きたがっているので、彼女は隆司の件を伝えたのであった。


「城戸とデートしに行くのか!! それはいいな!! アイツは多分悪い奴じゃないから喜ぶと思うぞ!!」

「……誰にも言わないでくれますか?」

「分かった!! 江郷がそう言うなら言わないでおくぞ!! 城戸と仲良くな!! ワハハハ!!」


 疑問を解決して満足したのか雄太は笑い声を上げながら大股で去って行った。約束を反故にされる場合もあるが、雄太の口が堅い事に期待する他無い。逢衣も隆司と何処に行くのが最適なのかを検索エンジンで調べながら学校を後にするのだった。

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