03 江郷逢衣はアンドロイドである。
※
大助と琢磨は大学でロボット工学を専攻し、卒業後に大手の産業用ロボットメーカーの企業に就職。二人はそこで頭角を現し、開発と研究を重ね様々な特許を取得。それらを譲渡し、莫大な資金を得た大助と琢磨は退職し、テナントビルを買い取った。運動とは無縁であろう二人は何故かスポーツジムの事業を立ち上げ、地下の研究所の隠れ蓑にしていた。
「琢磨! 琢磨は居るか!」
「どしたの大ちゃん。ガラにもなく大声出しちゃってさ」
「いいから来い!」
「ちょ、ちょっと!? 何!?」
スポーツジムのロビーで受付をしている琢磨を呼ぶ声が
「いきなり何なの? いくらまだ有り余る程のお金があると言えどもジムをほっぽり出すのは――」
「そんなのどうだっていいだろ! それより聞け!! ついに完成したんだよ!!」
「完成って……まさか!?」
「そのまさかだ!!」
何かを察した琢磨は大助と共に地下の研究所を駆ける。万年運動不足の二人が肩で息をしながら最奥部へと辿り着くと、台の上に一人の、否、一機の少女が眠る様に臥せていた。
男はずっと待ち望んでいた。待ち焦がれていた。大学で研鑽を積み続けたのも、企業で馬車馬の如く働き続けたのも、莫大な資金を注ぎ込んで研究所を立ち上げたのも、この為だけにやってきた事なのである。
「おおおお!! こ、これが大ちゃんがずっと待望してたっていう美少女アンドロイド……!!」
「今からボタンを押すぞっ……!」
興奮冷めやまない大助がコンソールの中でも大きく目立つボタンを震える指で押し込んだ。
独特な作動音が室内に轟き、少女の閉じていた目蓋が開く。ゆっくりと上半身を起こし、二つのレンズを大助達の方へと向ける。台から脚を降ろし、地面を踏みしめて立ち上がった。それと同時に、首から下の無機質で装甲同士の継接ぎ部分が目立って仕方がない白いボディは忽ち人間の様なきめ細やかな肌の色へと変色し、繋ぎ目は跡形も無く消え去った。
「目が覚めたようだな。おはよう」
「……おはよう、ございます」
「やった……!! やったね大ちゃん!! 諦めなかった甲斐があったよぉ!! ……っていうか!! 服!! 着て!! 服!!」
大助の言葉に少女は目を合わせ、はっきりとした音声で応える。ついに男はアンドロイドの創造に成功したのだ。どれだけ失敗を重ねてきた事か。どれだけ時間を費やした事か。その努力がついに報われたと実感すると、何か胸に込み上げてくるものがある。そんな大助の心情をいざ知らず、琢磨は酷く狼狽えている様子であった。
「服……?」
「そうだよ!! 何で裸なの!!」
「いやお前、裸っつったってアンドロイドだぞ――」
「いいから服ーーっ!!」
アンドロイドのボディは大助が考案し、開発した特殊な化合物を素材にして作られたものである。その化合物というのは、電気を流すと忽ち化学変化を起こし、電流圧を調整する事で様々な色調と質感を再現、それと化合物同士の結合と分離が自在に出来るものとなっている。それを利用し、見たり触ったりした位では見破られない程度に人間の素肌を再現してみせている。つまり、どう見ても年端もいかぬ少女が素っ裸で突っ立っている光景にしか見えないのである。
「……それで、これからどうすんの大ちゃん。念願のアンドロイドがついに完成しましたー、やったー。はい、おーしまいっ。……っていうワケにはいかないでしょ」
急遽スポーツジムの在庫品の男性用のシャツを着せ終え、漸く落ち着きを取り戻した琢磨は、じっと明後日の方向を見つめ続ける少女を指しながら大助に問い掛けた。愚問だな、とばかりに男は鼻を鳴らした。
「琢磨、フレーム問題って知ってっか?」
「急に何? 人工知能の情報処理能力は限りがあるから現実に起こる全ての問題に対処しきれないってヤツでしょ?」
「そう。今のAIはどう足掻いても限られた
「と言うと?」
「中身を可能な限り人間に近付けさせてみようぜ。つまり、何が言いたいかっていうとだな、人間の心とやらの再現が今度の課題だ」
「また無理難題を……」
「ここまで人間に似せたアンドロイド創った時点でもう現実離れしてるだろ。ならとことんにまでやってやろうじゃねぇか。俺達科学者にゴールなんて無いんだぜ?」
「おい! えーっと……おい! こっち来い!」
「……?」
まるで犬か何かを呼ぶように素っ気なく呼ぶ。少女は怪訝そうな素振りを見せていたが、大助のこっちへ来いという命令を受けてか、反応して近寄っては来た。
「……大ちゃん、いくらアンドロイドとはいえ名前くらい付けてあげなよ」
「名前ぇ? じゃあ
「……承知しました。私の名前はアイ、です。これからそうお呼び下さい」
「よし、アイ。今日からビシバシ鍛えてやっから覚悟しとけよ」
「……承知しました」
こうしてアンドロイドの少女はアイという安直ではあるが名前を授かった。大助と琢磨はアンドロイド改め、アイに様々な事を学習させていき、人間の心というものを追究していくのであった。
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