モップは魔法よりも悪魔よりも強し!(土日更新です)

神美

清掃おじさん、実は最強説

第1話 ただの清掃員です

「わぁ~また派手にやった感じだなぁ」


 まだ授業中ということで閉ざされていたスライドドアを開けて教室の中に入ると。中は高温多湿のようなムンとした空気が充満していた。


“魔法学校に入学したばかりの新一年生なら、よくあること”だ。まだ魔法がうまく扱えず、このように失敗してしまうことは。


 教室の床には怪しくグレーに光る魔法陣がある。このルラ魔法学校に入学し、自身の知識より高度な魔法を学んだ新一年生は大体好奇心に負け、覚えたばかりの魔法を使って騒動を引き起こす。時に校内を真っ赤にしたり、時に食虫植物を校内に生やしたり、時に獣の群れを呼び出したり。


 成功した魔法は火や水を生み、人に恩恵をもたらすけれど。失敗した魔法はとにかく誕生パーティのように楽しい?事態になる。

 それの清掃が自分の仕事だ。


「はいはい、みんな教室の周りに下がりなさい! 清掃おじさんが来てくれたぞ!」


 室内にいる二十人の生徒達に声をかけたのは新一年生の担任。そして三十二歳で同い年なのに自分を“おじさん”と言った黒髪で細身の憎めない男だ。


「……おじさんで悪かったですね」


 十代の生徒達から見たら確かにおじさんである、最近は腰も痛いし息も切れやすい。だがあえて指摘しないでほしい、悲しくなるのだ、一応。

 教員であり、友人でもある男は、からかったことを笑って謝った。


「あははは、すみません。あらためて紹介します。みんな、この白髪で糸目の、のほほんとしてツナギ着たおじさんは、このルラ魔法学校の清掃員であるレオさんです! 失敗した魔法陣はこの人がなんでも綺麗にしてくれるので、ちゃんとご挨拶するように!」


 皺のない黒いタキシードに似た制服に身を包む生徒達は「はい、よろしくお願いします!」と律儀に答える。そこまでかしこまらないでもいいんだけどな〜と思う。だって自分は“ただの清掃員”だから。


「……ジャン先生、のほほんおじさんってなんですか。あと白髪じゃないです、これはシルバーの地毛」


 白髪はそれでごまかしているけどね、と内心で思いつつ。レオは片手にモップを持ち、もう片方の手で自身の腰に着けたウエストポーチを開けた。中では手の平に収まるサイズの小さな筒状の入れ物がジャラジャラと音を立てている。


 その中の二本を手に取り、蓋を開けて魔法陣の上に撒く。すると魔法陣の光は白に変わり、シューッと蒸発音を立てた。周囲の生徒達が「わぁ〜」と小さな声を上げる中、自分の友人ジャンは「さすがだね」と感心していた。


「高度魔法の失敗なのに一発で消しちゃうんだもんなぁ」


「うん? 別になんでもないよ」


 自分にとっては“ただの清掃”だ。学校がある週五勤務で毎日こなしている。薬剤かけてモップで拭くだけ。あっという間に床は綺麗な木目を見せた。


「みんな〜、というわけで先生がいない時に勝手に練習をすると清掃員さんの手をわずらわせることになります。清掃はレオさんは簡単にやっているけど数ある薬剤の組み合わせ、分量など記憶しないとめちゃめちゃ面倒な作業です」


 ジャンはこれも授業の一環とばかりに生徒達に説明する。そこまで気にする必要もないんだけどなぁ、だってただの清掃だもん。


「でも覚えてしまえば大したことじゃないってこと、ですよね?」


 レオがモップを動かしていると生徒達の中から凛とした声がした。


「というより、魔法を失敗する方が魔法使いとしてどうかしている」


 その言葉に生徒達がどよめきだす。誰だろ、そんなものすごいことを言っている人は。


「こら、クラヴァス。いくら成績優秀でも言って良いことと悪いことがあるぞ」


 ジャンは表情を曇らせ、言葉の主を呼んだ。

 生徒達の中からスッと現れたのは黒い制服がとても似合う長身スタイルに青い髪、青い瞳をした生徒だ。生徒の中でもひときわ異彩を放っている。


(……クラヴァス?)


 頭の中で名前をつぶやくとクラヴァスは細めた青い瞳をチラッと向けた。その瞳に宿るのは他者、そして“ただの清掃員”である自分を見下す冷めた色だ。この年になると、子供のことは雰囲気でわかる。優秀だと言われ続けた子供が抱いてしまう慢心だと。


(クラヴァスくん、か……すごい子、なんだろうな)






「すまなかったなぁ、レオ」


 教室内の清掃が終わり、生徒達も帰ったところで。ジャンが申し訳なさそうに頭をかいていた。


「はは、今年はやんちゃな子が多そうだな。ジャン先生も大変だ」


 モップを片付けながらレオは笑う。やんちゃな生徒が誰かしらいるのは毎年のこと。

 けれど先程のクラヴァスという子は段違いでレベルが高いかもしれない。


「そうなんだよ。さっきのクラヴァスがさぁ、有名な魔法使いの家柄なんだけど、ま〜あんな感じ。同級生からも白い目で見られているんだけど全然気にしねぇし。能力が高すぎるから誰も文句言えないっていうのもあるけどな」


「そうか、やっぱりすごい子なんだ」


「性格もすごいけどな、厄介」


「先生がそんなこと言っちゃダメだよ」


 けれどそんな優秀な生徒なら自分の出番はあまりないだろう。自分は失敗した魔法を綺麗にする清掃員なのだから。

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